【18】ルキ VS ナズクル②【23】
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村だった窪地には、血と肉と鼻がもげる程の悪臭が立ち込めていた。
一歩進めば、鼻の奥に粘り付くような泥のような肉の悪臭。振り返っても木々が燃え腐った腐臭。
踏みしめる土にすら人の皮がへばり付く戦場。
深革靴を血で濡らし、その男は進む。
──これは十年以上前の人魔戦争の最中の出来事。
《雷の翼》という『冒険者』たちの活躍が聞こえ始めた頃であり、彼らを『勇者』と讃える声が高まった辺りのこと。
その男は──赤褐色の髪を黒いバンダナに黒い軍正袴。ただ一目を惹くのは彼のワイシャツだろう。夥しい量の血がこびり付いた、元は白かっただろうワイシャツ。
深革靴を血で濡らし、その男は進み、『村だった窪地』に辿り着いた。
瓦礫に、木片。砕け散った家屋の破片と、路肩に転がる死体の山々。犬も、人も、何もかもが死を広げ、唯一の生は飛び交う小虫だけ。
その中央の広場に彼が顔を向けた時──目を丸くした。
瓦礫の上に、少女が座っていた。長く伸びた髪は、星空を切り取って作ったような鮮やかな紫色。目深に被る三角帽子、黒い術衣。傍らには、まるで長槍か矛のようにまっすぐな大杖が一つ。
「……お前、この村の人間じゃないな。何者だ?」
男が問うと少女は瓦礫の上で足を組み直す。帽子を被り直して、その猫のような目で男を見、頬杖を付いた。
杖を軽々と振り、その先端を男の方に向け、猫目の少女は鼻を鳴らした。
「その問いに答えるより先に答えて貰おう。キミがこの派手な戦場を作るように指示をした司令官かい?」
男は首を横に振った。
少女は、だろうね、と枯れたように笑う。
「司令官がそんな格好な訳がないね。何にしてもキミがそうじゃ無くて良かったよ。この惨状を作った相手だったら、怒りで危うく殺していたかもしれないからね」
「そうだな。……爆撃の魔法なんて、な」
「ふん。ただの爆撃の魔法じゃない。千は下らない爆撃の魔法だし、腐敗と溶解の魔法を混合してある。キミ、どういう意味か分かるかい?」
「……ああ。無差別な虐殺だ」
「ふん。虐殺より悲惨な言葉が欲しいよ。これをやった軍人は、正直言って邪悪だ。相手が魔族だからと言って、宣告なく空中からこの魔法を雨のように降らせるなんて、正気の沙汰ではない。人間の、生き物のやることじゃない」
忌々しく言葉を吐き出した少女に、男は目を伏せる。
「正義の行いだと、聞かされていた。被害規模も半分以下だと……」
「知らなかったら仕方ないと? はっ、軍人。事実はこれだよ。大虐殺。これは正義じゃない。ただの殺しだ」
「ああ。そうだな。これはやり過ぎだ。だから、俺はここに来た」
「何?」
「遅いのは分かっている。だが生存者がいれば救出しようと思──」
鋭利な氷が、男の喉元にあった。
少女の魔法は発動の予備動作の一つも無い。魔法に長けている次元を超えていた。
「それは侮辱だ。貴様の階級や意思は不明だが、その立場は軍人だ。
その作戦を内部から止める力が無く、止められなかったのは事実。
そんな軍人が、今更、救出? ここに生き残った者たちへの侮辱の他に無い」
「侮辱か。そういう考え方もあるのか」
「そうだ。兵士含む村人は半分も生き残ってない。だから」
「半分以下でも、生存者がいるなら救わねばならない。償いはせねばならない」
「ほう。償い。何をするんだ? 生存者の救出が償いというなら、見当違いも甚だしい」
「そうだな。それは理解しているつもりだ。だから、俺は。この戦争を終わらせようと思った。
そしてまず、この無差別な攻撃はもう今日で終わる」
「へぇ、どうして終わると言える? これだけの戦果だ。この大量虐殺魔法は他の前線でも無慈悲に撃たれるに地代無いだろう?」
「簡単だ。この魔法の存在を知り、発動を推奨する将校と、発動出来る魔法使いは皆、殉職した」
「……キミ」
「流れ弾でな。きっと」
「ふん。悪党だね、キミ」
「ああ。だろうな。だが、どんな手段を使っても守らないといけない物は分かっている」
「……どうやってこの長い戦争を終わらせるつもりなんだ?」
「魔王を討つ。この戦争は、それで終わるはずだ」
「キミ一人で魔王を討てると」
「いいや、無理だ。だから、『バケモノ』の仲間になろうと思っている」
「ほう?」
「冒険者上がりで、雷の如く強い男いると聞いた。勇者と言われているそうだ。こんな馬鹿げた戦争を終わらせられるのは馬鹿げた強さのバケモノと行動するのが一番早い。魔王を討ち、戦争を終わらせる。一刻も早く」
「……そうか。なら最初の問いに答えねばね」
「?」
「ボクの名前は、ルキ。──ルキ・マギ・ナギリ。
キミの探すバケモノの仲間さ。で、キミの名前は?」
「……ナズクルだ」
「そうか。よろしく、ナズクル」
差し出された手を、彼は握り返した。
──その時は、お互いに道は同じだった。
水は、変わらない。流れ続けて変化はするが、本質的には変わらない。
炎は、変わる。消えない炎などは無く、燃焼反応は物質を変化させ炎自体の存在も消し去る。
その時は、どちらも。そして誰も。道が違えることになるなんて、考えることも無かった。
◆ ◆ ◆
誰の手も握らない──その右手を見つめて握り込む。
「【魔王書】より偉大なる獄界盟主の名を借りる。七番目の大いなる侯爵より拝命」
浮き上がったのは黒と銀の書物。
「『阿門の炎蛇』」
炎が生まれた。赤黒い炎がナズクルの右肩の上に、ぼうっと燃える。
それは、まるで蛇のように腕にぐるりと絡みつき、ぼうぼうと暗く燃えていた。




