【18】ルキ VS ナズクル①【22】
「世間ではね。炎と水のような二人だと言われているそうだよ。
月並みな言葉だがね。正にそうだろう?」
──ルキの姿は見えない。だがくぐもった声がした。
声で位置が分からないようにか、声は反響して二重か三重に響いて聞こえていた。
ナズクルは左の手の甲を、薄青い光を纏った手で撫でる。それは簡易な回復の魔法だ。血止めの魔法とも呼ばれるそれは、戦場で役に立つ。とはいえ一時しのぎの魔法であり、怪我が完全回復した訳ではない。動けば裂けて血も流れる。
傷を塞いでから、ナズクルは壁に背を預ける。
その『手銃』は、この世界に流通『していない』。
『超技術者』により作られたその銃は、五十年は先の技術であろうと言われている。
精巧に作られた銃口の内部には施条と呼ばれる溝があり、命中精度を格段に高めている。
そして弾丸には火薬が押し込められ、殺傷性能が格段に上昇している。そんな弾丸が八発も入った弾倉。乱射速射で弾幕を張ることも可能だ。
弾倉を付け替え、ナズクルは息を整える。
「的を射ているじゃないか。その属性は俺たちが得意とする魔法の属性を象徴してもいる」
「それは確かにそうだね。《炎熱》だったかね、昔の二つ名は」
ナズクルは足元に違和感を覚えた。
冷気を感じた。それはルキの十八番と言ってもいい『冷気の魔法』。鼻を鳴らしながらナズクルはその場を動かない。
「《水麗のルキ》と呼ばれていたな。お前は昔から『水系魔法』が得意だったな」
足に纏わりついた冷気が一瞬で固形化する。『氷結』した。
だが、来ることが分かっていれば、ナズクルは吐き捨てるように『徐熱』と呟いた。
足に生まれた熱が僅かに火花を散らし、氷を砕け飛ばす。
「この程度の氷魔法。効かんぞ」
「だろうね。それが本命じゃないさ」
空気が揺れた。目の前、僅かに光る。
(前から何か来る──いや、これは違う)
ナズクルは直感し、前方に走った。
背後──冷たい冷気が背を覆う。振り返らずとも分かったが、ナズクルは横目でチラリと確認する。先ほどまで居た壁際に、巨大な氷塊があった。
(厄介だな。『無音』、『透明化』の組み合わせの攻撃は)
「何故、覇王になろうとしているんだ。キミは何をしようとしている?」
「……その問答に意味は無い」
「確かに。キミを捕まえて尋問した方が早そうだ」
狭い空間。三階建ての建物はルキの魔法で外へ音は響かない。
だが、罠系の魔法は無い。ナズクルは確信しながら見つけた扉を乱雑に開けて中へ入る。
(魔法は、重複『し難い』。『同じ物質に複数の効果』は掛かり難いそうだ。
そして、大きくなればなるほど、その操作自体が難しくなる。
建物自体に魔法を掛けるという高度な魔法は、建物自体には罠を仕掛けられていない、という証明でもある)
ナズクルは扉を閉めて、扉に背を預ける。この部屋は厨房のようだ。この建物が料餐亭のだと今更ながら気づいた。
壁にぶら下がった無数の包丁、天井から吊り下げられた小鍋、棚に並ぶ銀食器。
「加入初期の頃から。まぁ、炎と水に擬えるようにボクたちの性格も合わなかったね。
理屈染みた考えのキミに、何度もイライラさせられたのは、まぁ、若さゆえもあったんだがね」
どこからかくぐもったルキの声がしていた。
建物全体に響くのだろうかとナズクルは眉を顰めながら、厨房を凝視する。
「俺もそうだ。俺も若かったからな。お前にイライラする場面もあった。
お前もそうだが、あの頃は多くのメンバーが感情的が過ぎた」
「そうだな。度々ぶつかり合った」
ゴソッ。と音がすると同時に、銃声が響く。
ナズクルは確認せずに引金を引いた。どんな罠か分からない以上、即射撃は間違っていなかった──からんからん、と小鍋が落ちる。
「おっと、撃ったか。やれやれ、悲しんでるぞ、彼ら」
二重にくぐもるルキの声に──ナズクルは彼女の術技を思い出した。
ルキの術技は自分の所有物に命を与える特殊なモノ。
【支配人】。それは、命令や指令を与え、そのモノたちが独立して行動するその術技。
壁に掛けられていた包丁、天井の小鍋、棚の銀食器が全て落ち──加速してナズクルに向かってくる。
撃ち落とすのも不可能な量。ドアノブを握──凍り付く。文字通りに、手が凍り付いた。扉も動かない。
「ッ!!」
背後に無数の包丁と、小鍋が迫った。
◆ ◆ ◆
扉は凍り付いている。
ナズクルの行動の幾つかは読めていた。
(勝利へのアプローチは、主に二種類ある。『過程重視か』『結果重視か』。
何でもいいから勝てばいい、という結果主義にアイツは見えるがそうじゃない。
アイツは意外と『過程を重視する』。戦闘は理論の積み上げ、相手を倒すことだと考えている。
それは悪いことじゃないし、その考え方が強いんだ)
ルキは二階へ上がる階段の途中に居た。無音と透明化と浮遊の三種類の魔法を駆使し、静かに凍り付いた扉を見つめている。
(それ故、アイツはボクが主導権を握っているなら、まず場をリセットしようと考えるだろう。
主導権を握り、確実に勝利へ向かう戦術を取る。
だから、あそこに逃げ込むか、階段へ来るという二つの予測をした。
こっちに来たら直接戦闘。その部屋に入ったら、ボクが術技で仕掛けた『罠』がある──だが)
じゅぅ、と音が鳴る。
氷が溶け──扉が、蹴破られた。
その身体からは煙が出ていた。蒸気。いや湯気だ。
空気が歪む程の高熱を全身から放ち、その男は辺りを見回す。
頬には擦り傷があった。数発は掠ったようだ。
(だが、致命傷にはならない。まぁ想定通りだ)
「氷魔法が効かないとは。嫌な相性だよ」
「お互い様だ。お前には炎が通用しない上に、術技までバレているからな。
嫌になる程、相性が悪い。そしてどこに居るかも分からない……やれやれだ」
熱は炎となり、ナズクルの右腕に纏わりついた。
「仕方ない。炙り出してやろう」
「ほう。出来るものなら、やってみるがいい」




