【18】考檻【19】
◆ ◆ ◆
王子は疑う。そして、王子は決めなければならない。
知ってしまった秘密を誰に告げるべきかを、決めなければならない。
誰が味方かも分からない広い庭の中。
誰を味方だと信じるか狭い頭の中で。
笑顔を取り繕った少年王子、ラニアン・P・アーリマニアは、広くて狭い庭の中で戦っている。
『王国の転覆をナズクルが謀っている』。
知ってしまった覆しようのない真実は、安易に誰にでも触れ回って良い物ではない。
ナズクルという人物は、王国中枢──元軍部である『参謀府』に所属する人物だ。
人望も厚いと王子自身も耳にする機会が多い上、王子自身も信頼していた人物だ。
王城の中、半分以上が彼の配下だと考えるのが妥当だった。実際は、もう七割以上は彼の配下になっていると言っても過言ではない。
誰彼構わず、ナズクルを捉えよ、と叫ぶことは出来ない──ただでさえ王からも拒絶されている王子にはそんな力がない。
時間さえあるなら。王子は完全に信頼のおける人物二人に連絡が出来た。
王子に忠誠を誓う側近である『じいや』。そして、現在は取り上げられている『騎士』がいる。
『じいや』は病床で一時的に都の外。『騎士』は国外へ勤務。
──今更ながら気付いても遅いが、自分の騎士が『特殊案件の為』という建前上で一時的に国外に派遣されている。それは王殺しや革命など、何かしらのことを起こす為のナズクルの下準備だったのであろう。
王子は状況を整理した。
そして、笑ってしまう程、簡単な状況だと理解した。
(はは……ただの『三択クイズ』である……ッ!)
『ナズクルの陰謀』である『王の暗殺』。
それを食い止める為には、ここに居る三人の『英雄』の中から誰か一人以上を選び、『真実を伝える』しか他ない。
『鬼姫サクヤ』、『聖女ウィン』、『賢者ルキ』。
この三人の誰かに真実を伝える。
されど、誰かは──ナズクルと繋がっている可能性が高い。
(よくよく考えれば、全員が繋がっている可能性は少なく感じられた。
王を殺すという作戦を……あの高名な《雷の翼》のメンバーがそう簡単に賛成するとは思えない。
いや、まぁ、ナズクルも《雷の翼》なのだが……)
──誰にも伝えずにこの会を終えるという選択肢もあった。
だがそれはリスクが高くなっていた。
(もう『余方が何かを知っている』とナズクルには勘付かれている。会が終わってから、ナズクルの配下としか連絡が取れない状況にされたら終わりである)
王子は疑う。
誰が、ナズクルの味方か。
そして王子は決める。
誰にナズクルを止めるよう打ち明けるか。
鼻歌を歌いながら席を離れていた麗人が戻って来る。
この会に参加している男の貴族たちは、その横目で誰もが彼女を見ていた。
立食パーティーの中央テーブルで料理をしこたま更に乗せた、上背のある麗人。長い氷のような髪の女性、『鬼姫サクヤ』。
「ふっふーん、珍しく緊張してるな、ラニアン王子!」
天真爛漫に微笑んだサクヤ。喋らなければどこに出しても恥ずかしくない見た目を持つ女性だが、良く言えば、中身は7歳の王子と意気投合出来てしまうような純粋な心を持つ。悪く言えば。
「子供かい? こんなに皿に山積みにして」
賢者ルキが深く溜息を吐いた。
両脚と、右腕が義足の賢者。ラニアン王子は、彼女と直接話すのは今日が初めてだった。
そんな彼を気遣ってか、そっと優しい視線が彼に絡まった。
「まぁまぁ、サクらしくてええじゃないの~」
北部訛りのあるおっとりとした聖女ウィン。
桃色の短い髪の聖女は、白く濁ったような目の色──視力をかなり失ったそうだ──。
そして、同席するのは赤褐色の髪の男。黒いスーツ姿の参謀長、ナズクル。
彼はラニアン王子を一瞥してから、指を組んだ。
「王子のご希望通りだが、楽しんで頂けているか?」
その言葉にも、ラニアン王子は細心の注意を払って『子供』を演じる。
「ええ。ありがとう、ナズクル」
弾んだように礼を言ってから──王子は考える。
「? やっぱ緊張してる? 大丈夫だよ、ルキはいつも機嫌悪そうにしてるだけだから」
──サクヤは、余方と最も親しい。
雪禍嶺と王族の特殊な関係も去ることながら、余方の数少ない普通の友人。
……だが、それは周知の事実。ナズクルも分かっている筈。
「な。機嫌悪そうにしているつもりじゃないのだが。すまない」
──ルキさんは、あまり知らない。
貴族や王族が嫌いというのは有名な話だし、何年も王城には来ていない人だ。
ただ、だからこそ、この時期に王都に現れたのは、怪しい。ナズクルが呼び寄せたと考えられる。
「ち、違うのだ。確かに緊張はしているのだが、《雷の翼》のメンバーが揃うなんて、壮観過ぎてっ」
「あはは。ウチらもただの人や~、別に緊張しなくていいのにね~」
──ウィンは、サクヤの次に親しい。だが、主にそれはナズクル経由の話。
彼女は《雷の翼》解散後、王国に勇者として残った少数派の一人。
つまり、最もナズクルに近い人物。
「そうだ。《雷の翼》に加入した当初の話を聞かせて欲しいのだ!」
話題を彼女らに振り、その間にラニアン王子は思考する。
「え、か、加入当初!? ぼ、僕は加入当初から、その、凄く皆と打ち解け合って頼りに、さ、ささささ、されてたよ」
何も考えずに選ぶなら、サクヤ一択。
戦闘力も申し分無い。現最強勇者は彼女だと言っても良いくらいだし、ナズクルとも渡り合えるだろう。
だけど、一番仲のいいサクヤ相手に何も仕掛けない訳が無い。
「あはは~、嘘吐け~。一番人見知りやったじゃんね~?」
「そうだな。最も馴染むのに時間が掛かったと記憶していたんだがね」
「ち、違うしっ! それより、ルキの加入時のこと聞かせてよ!」
「──な、ボクの加入時のことも話すのかい? まぁ、色々あったとしか」
「隠さないでね~、ウチらにもあんまり話さん内容やし~」
「そーだそーだ! 初期メンぶってるけど、一応は途中参加組っしょ!」
「いや、別に、話せるような内容がある訳では」
ルキさんは、詳しく知らない。
ただ知っている情報は《雷の翼》の時、ナズクルとは犬猿の仲。
戦闘面は……車椅子だし腕もあの状態で魔法が使い辛いと聞いている……。
「本当に王の命令だけさ。加入後は色々揉めたがね。
それよりウィンの加入時の話の方が面白いんじゃないかい?」
「え、ウチはおもろくないよ~? ナズクル経由でね、来ただけやし。
目力で魔王のストック見破るのが主な役目やったしね~」
「目力って、言い方」
「あはは~、ええやん、目力。【霊眼】なんて言い方よりあんなんただの目力や目力~」
ウィンは、ナズクル派の可能性が高いけど、争いを好まない人物だ。
だから、王を殺すなんて話が出たら……反発すると思う。
いや、でも、それは余方の感覚で。
「ラニアン王子」
低い声。だが、どこか挑発的な。
「ナズクル殿、なんだろうか」
「いや──楽しんでいるかな、と確認しようと思ってね」
──っ。
「──それはもちろん! 楽しんでいるのだ!」
「そうか。なら、いい。ぜひとも、じっくりと楽しんでくれ」
ナズクルは立ち上がった。
混乱した直後、ナズクルは仏頂面のまま仲間たちを見た。
「残念ながら、次の仕事がある為、離席させて貰う」
サクヤやルキ、ウィンたちが何かを言っていたが、ラニアン王子の耳には入らなかった。
予想外だった。最後までマークされると思っていたからこそ。
チャンス、なのだろうか。
それとも、罠なのか。




