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【18】女湯【14】


 ◆ ◆ ◆



「やだ。もう上がる。お風呂にそんな長く入る必要性がないもん」

「駄目ッスよー、ちゃんと肩まで浸かって100数えないとー」

「効率悪いし。シャワー浴びて、入って、一息ついたら出たらいいじゃん」

「まぁ個人の自由ッスけど」

「じゃあ上がる」

 とはいえ、ヴィオレッタは湯に浸かったばかりだ。もう少し入った方が良いだろうし、何より『もう少し湯に居て欲しかった』。


 ハルルは腕を組んでから、悪巧みしたかのように笑って見せた。

「まぁ~、熱いのが苦手な方も多いッスからねぇ」

「……いや、苦手じゃないし」

「無理しなくていいッスよ~。まぁ、もし、お風呂に長く入った方が勝ち、っていう勝負だったら、私の勝ちになるッスけど」

「はぁ? 勝負なんてしてないんだけど」

「だからもし、って言ったじゃないッスか~」

「……くすくす。安い挑発。でも、乗ってあげる」

 ざぱんっ、と湯が溢れる。


 この旅籠(ホテル)は、オトナの旅籠(ホテル)でもあるが、半分は普通の旅籠(ホテル)の面も持っている。その為、共同浴場があった。

 大浴場と銘打たれているが、四人も入ったら満員の湯船を『大』とは表現できないだろう。浴場自体が地下にある為、外の風景も一切見えない。

 そんな女湯で、湯船に髪が浸からないように頭にタオルを巻いた少女二人──ハルルとヴィオレッタは隣り合わせに座って身体を伸ばしていた。

 同じく女性のハッチと、心が女性の(厳密には男性が好きで、女性の格好が好きである)ヴァネシオスは後で入るとのことであり、今は二人で湯船に浸かっていた。


「……で、何? 何の話?」

「え?」

 ハルルが首を傾げると、ヴィオレッタがため息を吐いた。

「『もう少し一緒に居て欲しい』って聞こえたから。話したいこと、あるんでしょ?」

 ヴィオレッタの紫色の目がハルルを見た。

「あはは。流石、凄い耳力(みみぢから)ッスね」

「その言い方なんか嫌なんだけど」


「嘘とか隠し事、通じないんでしたっけ」

「うん。そう。どういうこと考えてるとか、なんとなく分かる感じ」

「大変そうッスね。なんか、嫌なこととかも分かっちゃいそうッス」

「……くすくす」

「? どうしたんスか? 急に笑って」


「ううん。貴方、ジンと同じこと言うんだなって思って」

「同じこと言ったんスか?」

「うん。そう。普通の人たちは、凄いとか羨ましいとかなのにね」

「そうッスかね? 皆、大変そうって思いそうな気もするッスけど」

「……カッコつけ方まで二人とも、よく似てる」

「に、似てないッスよー、もーっ」

 くすくすっと笑い、ヴィオレッタは腕を伸ばす。

 ハルルは首元まで湯に浸かって、程よく煮えた魂を吐き出すように、ほゎあぁ、と声をあげた。


「……ハルル」

「はい?」




「ごめん。色々、巻き込んじゃって」




 ヴィオレッタは、湯面(すいめん)に写った自分の顔を見ながら、言葉を続けていた。


「貴方の命を助けたから、その命を自由に使うって、傲慢なのは分かってた。

でも、焦ってたのもあったから。

だから……貴方の術技戻法(スキル・リバーサー)は、無理矢理に抉じ開けて使った……だから貴方。

『無い』んだよね」


「……何がッスか?」




「──『記憶』。多分、『魔物に襲われた以前』の記憶は、かなり曖昧になってるんじゃないかな」




 ハルルは、答えなかった。

 そして、ヴィオレッタはハルルを見ないで言葉を続けた。


「お姉ちゃんの術技(スキル)を、貴方に付与した代償請求(バックラッシュ)は……貴方の記憶に、虫食いみたいに穴を開けた。親や姉妹の顔が思い出せないくらいに。……それに気付いたのは、実験が終わった後だったから」


 その言葉に、ハルルは少しだけ微笑んだ。

「……ちょっと、思い出せるッスよ? 何かの切欠で思い出せるんス。

例えば、誰かに家族の話題を振られたら、家族のことを思い出せるんで。

全部消えた訳じゃないッスよ」


「だとしても。思い出せていない部分もあるだろうし、永遠に失った記憶もあるかもしれない」


「それは、まぁそうなのかもしれないッスけど。別に、記憶はいつか無くなるものじゃないッスか。

特に15歳以下の記憶なんて十年後には全部なくなるってジンさんは言ってたッスよ。

だから、今に不都合が無いならいいかなと、思うッス」

「……それでも。奪い取った事実は変わらないから。ハルル」

「はい」

 ヴィオレッタは目を閉じて、唇を結んだ。それから、口を開く。





「……ごめん」





 ぴちゃんと天井から水滴が落ちた。

 ハルルは、にこりと笑った。

「駄目ッス。それじゃあ、許しません、ス」

「……え」

 ハルルは、ヴィオレッタの手を握っていた。

「謝る時は、ちゃんと目を見てください。相手の方を向いて。

どんな顔をしているか、ちゃんと見ながら謝ってくださいッス」


「……ハルル。ごめんなさい」


 ヴィオレッタが謝ると、にひっとハルルは微笑んだ。




「ほら、怒ってる顔じゃないっしょ私。それに多分、心音も!」




「……本当。くすくす。凄いね、ハルルは」

「え?」

「ありがと、ハルル」



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