【18】慣れたら別に恥ずかしくない【13】
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「ここまで来ると、あれか。因縁染みたというより、呪い染みた何かを感じるな」
「くすくす。そーだね。よりにもよって宿が同じって、ひっどい呪いみたいだね」
ヴィオレッタ──その長い髪は、『黒緑色』。
そんな彼女は不敵に微笑んだ。
「ヴィオレッタ。……何が目的だ?」
「目的? くすくす。お姉ちゃんの慰霊碑に祈りに来ただけだよ?」
「そうか。本当にそれだけか?」
「くすくす。それ以外に何かある?」
「そうだな。例えば、敵討ちとかだな。ナズクルを殺す気でここに来た、とかな」
「……くす」
ヴィオレッタは一拍置いた。それから少し細く冷たい目を俺に向けてから流して俯く。
「そうだとしたらどうするの?
私の師を奪った相手を同じように無残に殺すのが目的だって、私が言ったら。貴方、止めるの?」
「止めるね。ただ……その時は、ナズクルの両手両足を叩き砕いてお前の前に突き出す。謝罪させる」
「くすくす。謝罪で人が生き返るのかなぁ? 人を殺した罪は償えない。永遠の罪なんだよ」
「そうだな。お前がそれを言い出すなら、俺は魔王も同じだと言うぞ。魔王の罪だって──」
「冗談だよ、ジン。くすくす──私はね。ナズクルっていう男を殺したいっていう気持ちは確かにあるよ。
師を奪ったあいつを、今も、身体を蝕むような怒りがある。
……あるけど、殺す為に、生きたいとは思わないんだ」
ヴィオレッタは少しだけ微笑んでから、言葉を続けた。
「ナズクルは、許さない。目の前に出てきたら殺しちゃうかもね。
でもね。それが目的じゃない。……殺すことが復讐でもないしね」
「じゃぁナズクルに接触する気はないんだな」
「ううん。あるよ」
「あるんかい」
「うん。師の術技を返して貰いたいし」
「……あれか。いつぞやの鳥ガラみたいな魔族も言ってた【魔王書】ってやつか」
「うん。魔王の証。発動したら、魔法効果の増幅器にもなる術技」
「魔王はあんまり使ってる様子が無かったが……凄い術技なのか?」
「うーん。師曰く、凄くは無いらしいけど。
増幅効果は確かに使い勝手は良さそうだなぁとは思うけどね」
「じゃぁなんで返して欲しいんだ?」
「盗られた物を返してって言うのに理由がいるの?」
「そりゃそうだが。
鳥ガラ魔族もナズクルも追っていた【魔王書】には何か秘密がありそうだって思うのが普通だろ」
「……別に大した秘密は無いよ。ただ、歴代魔王の『研究の記録』が載ってるだけ」
「研究の記録?」
「魔王書は、そもそも魔王たちが次の世代でも更に魔法を発展させたいという願いから出来た物。
術技っていう概念が生まれる前に作られた【魔法ではない魔法】。
だから、師が研究していた魔法の記録も残ってるはず。
……形見、みたいなものだから」
形見。そう呟いた時のヴィオレッタの物憂げな顔にジンは目を細めた。
「……そうか。ただ、ナズクルは何か目的があってその術技を奪ったんだよな。
だったら簡単には返さなそうだが」
「そうなったら戦うしかないかもね。平和的に終わらせたいけど、無理なら仕方ないよ」
「二人とも、よくもまぁ、その恰好で普通にシリアスな会話できるわね……」
「ん? あぁ」
ヴィオレッタは、所謂、水着姿。
それも学舎指定の『繋型水着』である。
胸の辺りに『れった』と書かれていた。
そしてジンは顔だけ出すタイプの黒猫の着ぐるみ。とても歩き辛い恰好である。
「「慣れたら別に恥ずかしくない」」
ジンとヴィオレッタがハモり、反目し合う。
今は、ジンとハルルの部屋に『全員』がいた。
この部屋に戻るまでに様々な『散々な事態』があり、全員、服装がおかしなことになっていた。
「仮装大会みたいね」
「収穫祭はまだ先ッスけどね」
赤金髪の長身のハッチはミニスカート看護師。
ハルルは黒いマントを棚引かせた眼帯付きの海賊。
ヴァネシオスは女中、黒い肌のガーは金のスパンコールまみれのワンピース姿となっていた。
尚、動物には判定が無いらしく、羽有小獅子と王鴉はそのままである。
「まぁ、目的は分かった」
「くすくす。捕まえる? 貴方達、勇者だし、私たちは賞金首だしねぇ」
ジンとヴィオレッタの視線が交差した。
ジンは、溜息を吐く。それから腕を組──めない。着ぐるみで腕が組めないことに気付き、締まらず腰に手をやった。
「お前が大暴れしようって考えてないなら、捕まえるだの何だのは二の次だな」
「くすくす。考えてるかもしれないよ。王国を無茶苦茶にしてやろう、ってさ」
「いや。考えてないね」
「ふぅん」
「お前みたいに心音が読める力は無ぇが、目を見たら分かる。やらんだろ、変な暴れ方は」
「くすくす。そーだね、暴れるなら変に暴れず、大暴れするよ」
「ま。念の為、王都に入るなら同行する。
お前らが暴れ出したら即鎮圧出来るように──いや、つか、王都にお前ら入れないだろ。
通常時なら抜け道くらいあるかもしれないが、今は警戒がガチガチだぞ」
「それなら大丈夫。裏ルートがあるらしいから。ね、ガーちゃん」
ふと、ジンは椅子に座った男を見た。
「そういや、さっきからガーが静かだな。いつももっと凄いのに」
ガーの隣に居る看護師姿のハッチが呆れた顔を浮かべていた。
「ガーならレッタちゃんの姿見て、目を開けたまま意識失ってるの」
「うふん、最後は『脚ぃ』って言って、果ててたワよ。脚フェチらしいワ」
「あ、意識を失ってっから静かなのか」
「流石、ガーちゃんさんッスね」




