【18】戦闘の極意:ライヴェルグの奥義【01】
──術技無し。
黄金の獅子の兜は大剣を、まるでバトンのように空中に投げる。
空中で回転する大剣は、通常の回転速度じゃなかった。まるで嵐の日に固定紐が壊れたかのように、爆速で回る風車。
向かって来た砲を、その風圧で叩き潰すという曲芸まがいの無茶な技。
──魔法無し。
回転しながら落ちて来た大剣を受け取り、そのまま敵地に直進する。
地雷。罠に誘う魔法。物理的罠。矢襖、大砲の雨、集中魔法攻撃。
一切、無効。
厳密に言えば。
地雷は踏んだ直後に、爆風より早く動き、破片を弾ける。
罠に誘う魔法も同じ、罠で仕掛けられた魔法自体が発動するより先に、躱すか破壊する。物理的罠なんて、挟まるより先に動ける。
──剣術と、動体視力のみ。
城壁が斬り砕かれた。まるで大砲を乱射されたような大穴が生まれ、瓦礫片が舞う。
それは、戦場に現れた異物である。
石器時代の戦争に、戦車が現れたような『物理的戦力差』。
魔族側に、彼ほど絶望を与えた存在はいないだろう。
魔王討伐隊《雷の翼》、隊長──金獅子の兜の男。
彼の武器は三つ。
『絶景』という、時が止まったように見える技。
対魔族、対魔王の為に鍛え上げた『剣術』。
そして『読み』の力。
城壁を突破し、彼はすぐに『絶景』を使う。
まるで『一時停止』をしたように世界が停止に近い動きに切り替わる。
──右側残存、砲兵14。弓兵26。全て錯乱。
──左側残存、砲兵8。弓兵14。一部冷静、何故、ああ司令がいるな。
──事前情報の通りだ。戦力約300の魔族の拠点。
絶景を解き、彼はすぐに左側へ跳ぶ。跳躍速度も速い。
矢が飛び、魔法が舞う。だが一つたりとも当たらない。
魔族側からしたら、堪ったもんではない。
遠距離攻撃は全て叩き落とされ、近距離ですら傷を付けられない。
爆薬にすら臆さず、作戦と言う作戦を嘲笑うかのように破壊する化け物。
──ここを落とさないと翌日には近隣の村が落とされるという切羽詰まった状況だった。
──仲間の到着が間に合わないのも分かっていた。だから、やるしかなかった。
──前日に、死に物狂いで戦況把握と城の地図を暗記し、予想される敵の行動をシミュレーションして。はげるかと思うくらい、目を血走らせて考えに考え抜いた。
──正面奥の戦力は……200くらいの歩兵か。問題なし。
絶景により『一時停止』し、師匠から叩き込まれた戦況を『読む』力で分析。
まるで上空から見た地図でも開いているかのような、最短距離での攻城戦闘。
一対一では止められる筈がない。魔族200の戦力が投入されたが。
単騎にて殲滅完了。
その直後に──彼は『その男』と初めて遭遇した。
『貴様……ッ!』
「……?」
黒き靄を纏いし闇の王。──魔王は影を縫うように現れ、その靄の一撃を振り下ろした。
魔力の塊は、剣で防げない──筈だが獅子の兜の勇者はそれを斬り伏せた。
「魔王……か?」
『是也……!』
先に動いたのは魔王だった。怒りからか、それとも人間への嫌悪なのか。右手を前に突き出し魔法を放とうとした。
だからこそ、それより先に、頭が冷え切ったその勇者は──魔王の腕を輪切りしてみせた。
『なッ……!? っ!!』
腕を再生しながら空中に『影の弾丸』を撃つ。だが、それは蹴りで弾かれる。
『ッ!?』
「なんだよ。様子見すんなよ」
──初めて魔王と対峙した時ですら、恐怖はなかった。
──感情も感覚も全て骨になって、冷たく冷え切って、冷静に戦える。
「本気で来てくれ。戦争、早く終わらせたいんだから」
師匠から教わった『戦いの極意』とは、冷静に分析すること。
そして、記録を集めていく。
後は、戦闘しながら『記録』を検証していく。
過去の戦いの記録と現状の敵とを見比べながら戦えばいい。
記録と似ている攻撃で有効なものがあれば、試す。
記録と似ていない敵であるなら、試したことない物を試す。
魔王との戦いもそうやって、機械的に処理していき、後は詰めていくだけ。
魔物相手だろうが、魔王相手だろうが、戦闘に恐怖を感じない。
ライヴェルグの戦闘とは、そういう次元のモノだった。
◆ ◆ ◆
絶景。──秘義『空天絶景』。
俺の『術技無し』状態の絶景の秘義である。
絶景は世界をゆっくり見る技。
この『空天絶景』は、『絶景』に『絶景』を重ね掛けし、世界を殆ど一時停止に近い状態で見る技。
この間、俺は身動きを取れないが、頭だけは回転する。
さて──分析を開始する。
正直、魔王との戦いよりも恐怖を感じている。
何故なら、記録の一つも持っていないからだ。
ぶっちゃけどうすればいいか分からない。
俺は一体、どうすればいい。どうすれば、この局面をッ!!
挨拶? 微笑む? 否。天気、そうだ天気の話題。それが一番か。
いや、でも今日の天気は曇りのち雨プラス小雨。くそ、駄目だ。
そうだ、ライヴェルグの話題。いや待て何で俺自ら黒歴史を語らなければならんのだ。
朝食! はさっき食べた! くそ、俺は。俺はどうしたらっ。
もうダメだ。空天絶景の時間を使い切った……俺はもう。
「師匠、どうしたました?」
ぴと、っと。ハルルの手の甲が俺の額に当たった。
少し冷たくて、それでいて温かい手。
手の甲で触れるんだな、ハルルって。いや、そうじゃなくて。
ハルルはまるで小動物みたいに微笑んでいた。
柔らかい白い髪。先だけちょっと染めた桜色。
頬は柔らかそうで、その目は吸い込まれそうな程大きくて。
「えへへ。……師匠」
「な、んだよ」
「……付き合っちゃいましたね、私たち」
「……か、確認しなくてもいいだろ」
ええ──そうです。お忘れでも良かったのですが。
俺は、ハルルに告白した。付き合ってくれと言った。
状況は、凄まじかったが。ともかく、伝えた。そして。
「えへへ。嬉しいッス」
そして、オッケーを貰った。
ええ。っと。
ジン・アルフィオン。元ライヴェルグ。26歳、便利屋。
……初めて、彼女が出来ましたッ!!
でも。
付き合った後、どうすればいいんだ。俺ッ!!
戦闘の蓄積記録の所持数、無数。
恋愛の蓄積記録の所持数、ゼロ件。
──ジンは、敵前逃亡も視野にいれて、挙動不審になっていた。




