【17】では失敬【09】
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王鴉のノアは、人間の子供くらいの身長を持つ大きな黒い鴉だ。
ノアが羽を広げればとても大きい。だがそれでも、レッタちゃんを一人背に乗せるくらいが限界だ。
けども、ノアには術技がある。
【大小可変】と狼先生は言っていた。
自分自身の大きさを変えることが出来る術技だ。
可愛らしい手乗りサイズから、五人くらい軽く乗せられる超ビッグサイズまで、自由に変えられる。
レッタちゃんは、長い緑色の髪を靡かせてノアの首にある手綱を握る。その後ろに、オレとハッチが乗って、飛んでいる。
風が冷たい。……その上で、確かに焦げ臭さが風に交じってる気がする。
ノアが飛ぶ方向は──山の方。つまり、西側。
そっちの方角には町が、幾つかある。
ただ、めぼしい大きな町は、一つ。崖沿いの町。
オレらの今いる場所から、馬車でだいたい2時間くらいの町だ。勇者ギルドもある。
だから……今日はその町に用事があった。そして、その用事を引き受けたのが。
「オスちゃんが、買い物と換金に言った町、かな」
「……それは」
違うといいとも、そうかもしれない、とも言えない。
オレが口籠ったからか、レッタちゃんは真っ直ぐに山の向こうを見ながら、頷いた。
「たぶん、そう。……音の距離的に、そっちっぽいかな」
レッタちゃんの耳は、物凄く良い。というか、良くなりすぎてないか?? どんな距離の音を拾ったんだ。
もしかして、レッタちゃんが患ってた病が治ったから? いや、よく分からないな。今度聞いてみよう。
「レッタちゃん。もしかして、聞こえた悲鳴って、まさか」
「ううん。オスちゃんじゃないよ。だけど……嫌な音がする」
「嫌な、って?」
ハッチの質問に、レッタちゃんは目を伏せた。
「……人が、死んじゃう音。それから、燃える音」
◆ ◆ ◆
彼は、人間族にしては背が高い。
まるで鬼人族か獣人と言った方が納得出来そうな背丈だ。
長い艶やかな桃色ヘアーに、どこで売ってるのか、ド派手な豪金の反射布ドレス。
はち切れんばかりのドレスは、背中と肩から先が大きく露出するデザインだ。
丸太のように太く、岩のように硬そうな筋肉。その背には、鬼の形相のような筋肉の隆起。彼が、『ただ(の変質)者』ではないと言うことは、一目瞭然だ。
──そして、四件先の家の壁が切り崩された。
木と岩の外壁が崩れた。瓦礫が崩れる圧音がし──重力の通り、家の下へ──落ちていく。
(なんてことしてんのよっ、あの鳥野郎!!)
二関節筋、内転筋。中腎筋でバランスを整え、最高の瞬発速を行う。
脚は彫刻のように隆起し、地面を蹴った。体幹よく、一瞬で最高速度。
今、空から落ちて来た外壁を蹴り飛ばした彼の名前はヴァネシオス。──筋肉魔女のヴァネシオスである。
そしてすぐに着地し、力いっぱいに地面を踏んだ。
子供程に大きい一枚の石畳を、浮き上がらせて掴むと──次の攻撃を防いだ。
甲高い音。まるで蜂でも突っ込んできたかのような風切り音。
風の魔法。風弾を細くして貫通制度を上げた『風針弾』という魔法だ。
とはいえ──『風針弾』は広範囲な攻撃魔法だ。
石畳一枚では全てを防げない。
擦り傷を受け、左の足の甲から血が滲む。
だが、彼は何食わぬ顔で振り返った。
「ボーイアンドガール、大丈夫かしら?」
子供たち。震えていて、何か言おうとはしているが、言えない状態だ。
ヴァネシオスは、『バヂン』とウィンクして見せた。
「お礼は良いから、向こうへお逃げなサイナ♪」
そう言ってからヴァネシオスは目の前の──敵に向かって一歩踏み出した。
後ろで、少年少女の足音がした。逃げたのは背中でも分かった。
「……我は、貴方達みたいな種族の人を友人に持っているから、出来るなら戦いたくは無いけど。無差別な殺戮を見逃せる程、エロい筋肉ではないのよネ」
「最後は意味不明だが、離反するということか?」
そう言葉を発したのは、目の前にいる、翼の半人。
人間との大きな違いはその腕。人間でいう腕は存在せず、代わりに翼が生えている。上半身は布切れ一枚だけ。
下半身は鳥の脚だ。膝下は枝のように細い。そして足は、三前趾足 ──鳥らしく細い前向きの三本指と、後ろ向きの一本で木に止まり易くなる足の指だ。
鳥の半人──鳥人。
その男は、足で斬首刑に使う様な断刀を掴んで飛んでいる。
「離反?」
「ああ。お前は、あれだろう? 鬼人族か、それとも魔鬼族か……いや、純粋な鬼族か?」
「失礼ね!?!? 我は100%天然人間族よっ!!!」
「なんと……そうか。敵、ということか。ならば殺すまで」
「敵とか殺すとか。言ってくれてるけど。貴方ね……。
なんでこんな子供まで殺そうとするのかしら。弱い者を甚振るなんて、良い筋肉がすることじゃないわよ!!!」
「そうだな。なんで子供まで殺すんだろうな」
「あら。何、良心が呵責ってる? それなら改心して終わりでどう?」
──そう言いながら、拳を握る。ヴァネシオスには鳥人の男の言葉には『敵意』しかないことが、分かっていた。
「我が種族、そして我が同胞は、子供まで生きたまま焼かれ殺されたッ! 報復は当然だ!」
鳥人は高く上昇し──一気に下降する。
その足には断刀。下降の加速に合わせて身体を捻り、文字通り相手を叩き斬る代物だろう。
滑空断刀。速度の乗った斬撃。
対して。
「報復するなら、それをした相手にしなさいよッ!」
両拳を強く握り、腰を少し低くし息を吐くヴァネシオス。
武器は無手。
「胴部七所、身心急所。呼吸、感覚、機能を封ず。
【肩口】、すなわち──」
「風、加速せよ! 風、刃に纏え! 風、滑空斬撃ッ!」
戦闘における反撃を成功させる為の前提条件がある。
それは、臆さないこと。
一秒にも満たない一瞬の攻防において、躊躇いや恐怖は『相手の攻撃よりも深く自分を傷つける』。
『脳筋』。ヴァネシオスはその言葉を好んでいる。
技を行う時、『脳みそ』を『筋肉』に任せる。何も考えずに無駄のない攻撃を行う。
刃物を持ち滑空する鳥人。
その弾丸のような相手の『両肩』へ、同時の両拳が強打んだ。
「──腕部筋力を殺消す!」
ダブルアッパーカットのような構図で鳥人を空中に打ち返した。
空中で踏ん張ろうとしたのだろうが、それは叶わない。
何回転かし、地面に叩き付けられた。
「かっ、こっの……」
「あらん。意識があるのね。でも、残念」
「なっ……羽っ! 動かっ」
「そう。貴方の肩は完全に外したワ。良い筋肉だったわよん。
新鮮で正しい筋肉。それ故に、外すのも正しく外せたワ!」
「っ……!」
「さ、後は」
ヴァネシオスは鼻を鳴らす。
「……この構図からなら、こうっ!」
そのまま両腕を頭の後ろに運び──腹筋に力を入れる。
「どうかしら、今日の勝利は……正面向腹筋見せッ!!」
服が弾けそうだ。誰に向けてか分からない筋肉アピールを終え、ふぅと息を吐く。
「さて、後は勇者にでも突き出そうかしら。それで──っ!」
その瞬間、気配がした。人──振り返る。
「……って、なぁーんだ、脅かさないでよ!
え、何、我の戦い見てたの?? もぅ、声掛けてよ……って、貴方、傷だらけじゃない。どうしたのよ!?」
「いえ──別に」
「というか、ヴィーヘ。……何で貴方、ここにいるの?」
彼は蛇の爬虫人。
額に横一文字の傷。両目の下には四本ずつの縦の傷。合計九つの傷を顔に持った男。
ヴィーヘは舌をチュロチュロと出した。
「ちょっと野暮用がありまして」
「野暮用?」
「ええ──時に、ヴァネシオスさん。貴方って──人間でしたっけ?」
「ヴィーヘぇ!? 長い付き合いじゃないっ!? 人間よっ! もう鬼イジリはいいのよっ!」
「そうでしたか。では失敬」
「? ……え?」
ずぶり、とその腹に──ナイフが刺さっていた。
「もう人間なんて──見たくないんですよ」
がくん、と膝から崩れ──前のめりにヴァネシオスは倒れた。




