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【17】では失敬【09】



◆ ◆ ◆


 王鴉(オオガラス)のノアは、人間の子供くらいの身長を持つ大きな黒い鴉だ。

 ノア(かのじょ)が羽を広げればとても大きい。だがそれでも、レッタちゃんを一人背に乗せるくらいが限界だ。


 けども、ノアには術技(スキル)がある。

 【大小可変(サイズチェンジャー)】と狼先生は言っていた。


 自分自身の大きさを変えることが出来る術技(スキル)だ。

 可愛らしい手乗りサイズから、五人くらい軽く乗せられる超ビッグサイズまで、自由に変えられる。


 レッタちゃんは、長い緑色の髪を靡かせてノアの首にある手綱を握る。その後ろに、オレとハッチが乗って、飛んでいる。

 風が冷たい。……その上で、確かに焦げ臭さが風に交じってる気がする。


 ノアが飛ぶ方向は──山の方。つまり、西側。

 そっちの方角には町が、幾つかある。

 ただ、めぼしい大きな町は、一つ。崖沿いの町(イガケゾ)

 オレらの今いる場所から、馬車でだいたい2時間くらいの町だ。勇者ギルドもある。 

 だから……今日はその町に用事があった。そして、その用事を引き受けたのが。


「オスちゃんが、買い物と換金に言った町、かな」

「……それは」

 違うといいとも、そうかもしれない、とも言えない。

 オレが口籠ったからか、レッタちゃんは真っ直ぐに山の向こうを見ながら、頷いた。


「たぶん、そう。……音の距離的に、そっちっぽいかな」


 レッタちゃんの耳は、物凄く良い。というか、良くなりすぎてないか?? どんな距離の音を拾ったんだ。

 もしかして、レッタちゃんが患ってた病が治ったから? いや、よく分からないな。今度聞いてみよう。


「レッタちゃん。もしかして、聞こえた悲鳴って、まさか」

「ううん。オスちゃんじゃないよ。だけど……嫌な音がする」

「嫌な、って?」

 ハッチの質問に、レッタちゃんは目を伏せた。



「……人が、死んじゃう音。それから、燃える音」



 ◆ ◆ ◆



 (かのじょ)は、人間族にしては背が高い。

 まるで鬼人族か獣人(ベスティム)と言った方が納得出来そうな背丈だ。

 長い艶やかな桃色ヘアーに、どこで売ってるのか、ド派手な豪金(ゴールド)反射布(スパンコール)ドレス。

 はち切れんばかりのドレスは、背中と肩から先が大きく露出するデザインだ。

 丸太のように太く、岩のように硬そうな筋肉。その背には、鬼の形相のような筋肉の隆起。(かのじょ)が、『ただ(の変質)者』ではないと言うことは、一目瞭然だ。


 ──そして、四件先の家の壁が切り崩された。

木と岩の外壁が崩れた。瓦礫が崩れる圧音がし──重力の通り、家の下へ──落ちていく。


(なんてことしてんのよっ、あの鳥野郎(・・・)!!)


 二関節筋(ハムストリングス)、内転筋。中腎筋でバランスを整え、最高の瞬発速(スプリント)を行う。

 脚は彫刻のように隆起し、地面を蹴った。体幹よく、一瞬で最高速度(トップスピード)


 今、空から落ちて来た外壁を蹴り飛ばした(かのじょ)の名前はヴァネシオス。──筋肉魔女(マッヂョマン)のヴァネシオスである。


 そしてすぐに着地し、力いっぱいに地面を踏んだ。

 子供程に大きい一枚の石畳を、浮き上がらせて掴むと──次の攻撃を防いだ。


 甲高い音。まるで蜂でも突っ込んできたかのような風切り音。


 風の魔法。風弾を細くして貫通制度を上げた『風針弾』という魔法だ。

 とはいえ──『風針弾』は広範囲な攻撃魔法だ。

 石畳一枚では全てを防げない。


 擦り傷を受け、左の足の甲から血が滲む。

 だが、(かのじょ)は何食わぬ顔で振り返った。


「ボーイアンドガール、大丈夫かしら?」


 子供たち。震えていて、何か言おうとはしているが、言えない状態だ。

 ヴァネシオスは、『バヂン』とウィンクして見せた。


「お礼は良いから、向こうへお逃げなサイナ♪」


 そう言ってからヴァネシオスは目の前の──敵に向かって一歩踏み出した。

 後ろで、少年少女の足音がした。逃げたのは背中でも分かった。


「……(あたい)は、貴方達みたいな種族の人を友人に持っているから、出来るなら戦いたくは無いけど。無差別な殺戮を見逃せる程、エロい筋肉(にんげん)ではないのよネ」


「最後は意味不明だが、離反するということか?」


 そう言葉を発したのは、目の前にいる、翼の半人(デミ)

 人間との大きな違いはその腕。人間でいう腕は存在せず、代わりに翼が生えている。上半身は布切れ一枚だけ。

 下半身は鳥の脚だ。膝下は枝のように細い。そして足は、三前趾足(さんぜんしそく) ──鳥らしく細い前向きの三本指と、後ろ向きの一本で木に止まり易くなる足の指だ。


 鳥の半人(デミ)──鳥人(ガルダラン)

 その男は、足で斬首刑に使う様な断刀(ギロチン)を掴んで飛んでいる。


「離反?」

「ああ。お前は、あれだろう? 鬼人族か、それとも魔鬼族か……いや、純粋な鬼族か?」

「失礼ね!?!? (あたい)は100%天然人間族よっ!!!」

「なんと……そうか。敵、ということか。ならば殺すまで」


「敵とか殺すとか。言ってくれてるけど。貴方ね……。

なんでこんな子供まで殺そうとするのかしら。弱い者を甚振るなんて、良い筋肉がすることじゃないわよ!!!」


「そうだな。なんで子供まで殺すんだろうな」

「あら。何、良心が呵責ってる? それなら改心して終わりでどう?」

 ──そう言いながら、拳を握る。ヴァネシオスには鳥人(ガルダラン)の男の言葉には『敵意』しかないことが、分かっていた。



「我が種族、そして我が同胞は、子供まで生きたまま焼かれ殺されたッ! 報復は当然だ!」


 鳥人(ガルダラン)は高く上昇し──一気に下降する。

 その足には断刀(ギロチン)。下降の加速に合わせて身体を捻り、文字通り相手を叩き斬る代物だろう。

 滑空断刀。速度の乗った斬撃。

 対して。


「報復するなら、それをした相手にしなさいよッ!」

 両拳を強く握り、腰を少し低くし息を吐くヴァネシオス。

 武器は無手。


「胴部七所、身心急所。呼吸、感覚、機能を封ず。

肩口(ジョイント・ポイント)】、すなわち──」


「風、加速せよ! 風、刃に纏え! 風、滑空斬撃ッ!」

 


 戦闘における反撃(カウンター)を成功させる為の前提条件がある。



 それは、臆さないこと。

 一秒にも満たない一瞬の攻防において、躊躇いや恐怖は『相手の攻撃よりも深く自分を傷つける』。

 『脳筋』。ヴァネシオスはその言葉を好んでいる。

 技を行う時、『脳みそ』を『筋肉』に任せる。何も考えずに無駄のない攻撃を行う。


 刃物を持ち滑空する鳥人(ガルダラン)

 その弾丸のような相手の『両肩』へ、同時の両拳が強打(めりこ)んだ。





「──腕部筋力を殺消(さっしょう)す!」





 ダブルアッパーカットのような構図で鳥人(ガルダラン)を空中に打ち返した。

 空中で踏ん張ろうとしたのだろうが、それは叶わない。

 何回転かし、地面に叩き付けられた。


「かっ、こっの……」

「あらん。意識があるのね。でも、残念」

「なっ……羽っ! 動かっ」

「そう。貴方の肩は完全に外したワ。良い筋肉だったわよん。

新鮮で正しい筋肉。それ故に、外すのも正しく外せたワ!」

「っ……!」

「さ、後は」


 ヴァネシオスは鼻を鳴らす。


「……この構図からなら、こうっ!」


 そのまま両腕を頭の後ろに運び──腹筋に力を入れる。


「どうかしら、今日の勝利(ポーズ)は……正面向腹筋見せ(アドミナル・アンド・サイ)ッ!!」


 服が弾けそうだ。誰に向けてか分からない筋肉アピールを終え、ふぅと息を吐く。


「さて、後は勇者にでも突き出そうかしら。それで──っ!」


 その瞬間、気配がした。人──振り返る。

「……って、なぁーんだ、脅かさないでよ! 

え、何、(あたい)の戦い見てたの?? もぅ、声掛けてよ……って、貴方、傷だらけじゃない。どうしたのよ!?」


「いえ──別に」

「というか、ヴィーヘ。……何で貴方、ここにいるの?」


 彼は蛇の爬虫人(リザードマン)

 額に横一文字の傷。両目の下には四本ずつの縦の傷。合計九つの傷を顔に持った男。

 ヴィーヘは舌をチュロチュロと出した。


「ちょっと野暮用がありまして」

「野暮用?」


「ええ──時に、ヴァネシオスさん。貴方って──人間でしたっけ?」

「ヴィーヘぇ!? 長い付き合いじゃないっ!? 人間よっ! もう鬼イジリはいいのよっ!」


「そうでしたか。では失敬」

「? ……え?」



 ずぶり、とその腹に──ナイフが刺さっていた。



「もう人間なんて──見たくないんですよ」


 

 がくん、と膝から崩れ──前のめりにヴァネシオスは倒れた。

 

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