【17】みんなと……【06】
◆ ◆ ◆
なぁにぃ? 世界の色がだいぶ暗いって?
この空気を換えられるのはオレしかいないって?
わーってるって、オレがやらなきゃ誰がやる、このガーちゃんに任せてくれよ! レッタちゃん、キミに涙は似合わないぜ!
いや。それよりも。
見てくれ、レッタちゃん! 四つ葉のクローバー見つけたんだ!
え? 何、三つ葉の一つを裂いて作ってるって!? はっはー!
バレちゃったかぁ! だけどこの四つ葉は本物の四つ葉より凄いんだぜ。
そう、オレの愛が籠ってるから、な!
これも、違うな……。
オレはガーちゃん。人生通算、本名よりも愛称を呼ばれた回数の方が多い男、ガーちゃんです!
──ああ、いや。何か心配かけたらごめん。
オレ、おかしくなった訳じゃないぞ。
そういう空気じゃないのも分かってるんだけどさ。
……狼先生が、死んだ後。狼先生は靄になって消えた。
骨も残らなかった。だから、墓なんて立てられなかった。
レッタちゃんは、泣き叫んだ。泣いて泣いて。オレも、泣いた。
皆……悲しかった。
語彙力無いから、悲しいしか言えないけどさ。
狼先生がいなくなって辛いって気持ちは、全員同じだと思うから。
だからこそ、オレが、しっかりしなきゃいけないと思ったんだ。
レッタちゃんを愛する者として。オレが!!
……という決意が、鉢植えに向かって『お道化る』という現在を作り出しているので、ご理解の程を頂けると幸いだ。
──ちなみに、今、オレらがいるのは西方地域の北部に位置する辺鄙な廃墟。
廃墟にしては綺麗だった。生活感こそ無いが、少し掃除すればすぐにでも住める一軒家。
……まるで、レッタちゃんがいつでも暮らせるように狼先生が準備していたみたいだったけど、それは言わないでおいた。つか、言わなくても皆分かったか。
レッタちゃんは、部屋で眠っている筈だ。……オレは一睡も出来ていないけどな。
まだ深夜。陽も昇らない深夜だ。
……嘘みたいだな。昨日の今頃は、狼先生がまだ隣に居たのに。
「ちなみに、アンタ、さっきから思ってること全部口に出してるけど、大丈夫?」
「……唐突に喋りかけて来たのは赤金髪の女性、ハッチ。彼女は短い金髪を耳に掛けて」
「ガー、誤字報告案件と思われるから、ちょっとまともに戻ろうか?」
「ごめんなさい」 笑顔って動物の威嚇から進化したものだ、って説、すっげぇ納得いく笑顔だったよ。
……で、ハッチは机を挟んで向かい側に座った。
何か飲む? って聞いたら、温かいの、って返って来た。
人を執事か何かと勘違いしてるんですかねー、ったく。
火起も生きてるし、小鍋を水洗いして。ああ、そうだ。オレの鞄に……、へ。
「ガー、何笑ってんのよ」
「ああ、いや。鞄にさ、空間魔法ってんだっけか。狼先生が仕掛けてくれてさ。
牛乳瓶入ってるんだよ。冷蔵機能付きで、これならいつでも冷たいのが飲めるってさ」
もう、先生は飲まないからな。オレはそれを小鍋に入れた。
「へぇ、そんなことやってたんだ。先生らしいね」
「だよな。で、オレ。……ああ、狼先生、それじゃもっと。い、いぬっぽいな、って」
あれ、なんで、オレ、声、こんなに掠れてんだ。なんで、こんな上ずった声で。
くそ、小鍋から、目、離しちゃ駄目だから、仕方ない。
仕方ないじゃんか、涙、出るの。
「先生って、ほんと……手先、器用過ぎんのよ。色々、残されちゃってさ」
ハッチの声も、ガラガラだった。オレの涙に引きずらせたみたいだ。
そこから、牛乳が沸騰するまでオレらは何も喋らなかった。
いつもの鉄のカップに牛乳を入れて、蜂蜜を回し入れる。
「蜂蜜だ。いいの使っちゃって?」
「ああ。レッタちゃんの分は別にあるから大丈夫」
「流石のガーだねぇ」
ハッチは服の裾でコップを掴み、少し飲んでから机に置いた。
「熱すぎなんだけど」
「冷まして飲んでくれ」
オレは、煙草に火を付ける。
一吸いして、煙を吐いてから、灰を皿に捨てた。
……。言い返しが来ないな。
「アタシ、レッタちゃんはもう国外で静かに暮らすべきだと思うんだけどさ」
「おう、なんだか会話ぶっ飛ばして、すげぇ直球が飛んで来たな」
「アンタ相手に前置きなんていらないでしょ? ……レッタちゃんは、静かに暮らした方が良いと思うの。病気もあるんでしょ?」
「それは……」
「どうにかして、東の先に行くのはどう? 帝国の向こう側まで行って、家とか買ってさ」
「それで、この珍妙なメンバー全員で住もうって?」
「何、あんた、嫌なの?」
「いいや。超サイコーだ。けどさ──もし静かに暮らすなら、オレは目立つし、オスちゃんなんて」
「見て! 我のニューコスチューム! レインボーフラミンゴォ!」
「目立つことに生きがいを感じてる状態だぜ?」
「記念祭の行進にでも出るのかしら……」
オスちゃんの名誉の為に言うと、あれだぞ。きっとオレと同じで起きてきたレッタちゃんをどう元気づければいいか、迷走した結果があのハイレグ虹色フラミンゴだ。
「まだ違うわ! そう、もっとエレガントにゴージャス、そう、ヴァネシオス、いいことっ!
我の殻を、そうファッションの限界を超えるのよ、我!!」
奥の部屋に走って行った。筋肉魔女は深夜でも元気で何よりだ。
「それに……レッタちゃんが、どうするかどうか、分からないだろ」
「それって」
オレは押し黙る。
狼先生は……殺された。あの男に。会話で聞こえた通りなら、あの男が『ナズクル』。
魔王討伐隊の勇者の一人で、今の王国の頂点に近い人物だ。
「国に喧嘩売る、ってことも、オレは考えてるよ」
レッタちゃんが復讐に生きるなら、そういう選択もするかもしれない。
「……そう」
ただ、そうならないで欲しいとも思う。
狼先生を殺した相手を許すことは無いけど、復讐することが全てじゃ無い。って思う。とはいえ。
「レッタちゃんが起きてから、決めよう。レッタちゃんが決めたことに従うまで、だろ」
「……まぁ、それもそうね」
それから、オレたちは何か喋った。深夜三時過ぎ。お互い眠気はマックスオーバーだった。
だから、ハッチもオレもあんまし会話の内容は覚えてないんだ。
なんか、こうだったらいいよね、っていう話をした。
家の内装とか、家具とか、レッタちゃんが待ってて、オレも真面目に仕事して、みたいなさ。
うとうとしていた。
だから、ハッチに話したか分からないんだけど。オレはずっと希望的観測ってヤツを持っていた。
──狼先生が、レッタちゃんをただ残す筈がないよなぁ。あの過保護な先生がさ。
だから、そんな予感があったんだ。『奇跡でも起こらない限り』って、狼先生らしからぬ台詞を言った時から。
朝日が、頬を撫でた。
階段を降りる音がした。その可愛い足音が誰か、オレはすぐに分かる。
「ガーちゃん、おはよ」
「レッタちゃん。おはよう」
長い緑色の髪が朝日に揺れた。泣いて腫れた目で、レッタちゃんは微笑んだ。
その仕草で、オレは全部伝わった。『奇跡』があったことも、なんとなく伝わっていた。
◇ ◇ ◇
夢に狼先生が出て来て、病気を持って行ってくれたとの話を聞いた。最後までカッコつけるじゃん、あの先生。
実際、オスちゃんとハッチはレッタちゃんの身体を調べて目を丸くしていた。
完全な健康体──病気の全てが消えていたらしい。
魔法でも、医学でも不可能。本当にただそこに起きた『奇跡』。
「……ほんと、狼先生には敬服するよ」
「ね。病気にも勝っちゃうなんて」
「愛ね。筋肉より強い愛だわよ」
「そーだね。……くすくす。そういえば、忘れてたよ」
レッタちゃんは笑ってから、窓の外を見た。
「この世界に、家族の愛に勝るものは無いんだよね」
それから、レッタちゃんはオレに。オレたちに向き直った。
「復讐はしないよ」
それは、少しだけ辛そうな言葉だった。
感情を一生懸命抑えて、それで、決めたような言葉だった。
「きっと、師は望まないから。許せないけど。ううん。ごめん、嘘。
……その時、目の前にあの人が現れたら、どうするか分からない。
だから……今、頭の中で一生懸命考えた決着はね。
先生から盗った物だけ、返して貰えれば、それでいい、って決めてる」
「盗った物?」
「うん。術技──【魔王書】だけ、返して貰う。それがせめてもの譲歩、かな。
その後は……その」
レッタちゃんは少しだけ俯いてから、はにかんで笑った。
「みんなと……暮らしたい、んだけど。そのね、出来たら、ずっと」
可愛すぎて鼻血出して倒れて意識がぶっ飛んだ。
でも意識がぶっ飛んですら、オレは死ぬ気で『オレもずっと一緒に暮らすー!!!』と叫んだ。




