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【05】菫のような出会い【04】


◆ ◆ ◆



 オレが考えているのは、どうすれば楽に生きられるか、という一点だけ。

 


 二つの選択肢があったら、最も楽な方を選ぶ。

 難易度を選べるなら、簡単(イージー)を選ぶ。

 宿題の問題集(ドリル)は最後のページの回答を丸写しする。


 オレは、いつもそう。人生、どうにかして楽をしたい。


 大変なことをして成果を上げてる奴は立派だな、とは思う。

 同時に、大変なことをする労力を絞り出せないから、オレには到底、真似できないと思ってる。


 ただ、まぁ……いくら立派でも、なんていうのかね。

 なんで、そんなに苦難を選ぶのか、理解できないのが、オレだから。


 勇者? いやいや、なんであんな仕事をやりたがるんだろうね。

 オレは……とにかく楽して生きていたい。


 食事も豪華じゃなくていい。

 仕事も、手を抜いて、あまりバレないのがいい。

 考えるのも、得意じゃない。


 だから、オレは、どんな選択肢も、一番楽だ、という物を選んでる。

 ただ、それだけなのに。


 星が綺麗だ。

 ラクして生きていた。(ラク)は、楽しかった。

 なのに。


 真っ赤に腫れた頬。左目は開かない。

 夥しい出血。左足は折れてるな。馬鹿みたいに痛い。

 肩も、腹も、腰も、至るところが斬りつけられてる。


 辛うじて、死なない、か? くらいの、大怪我だ。


 超高級な回復薬の瓶に、市販の回復薬を移し替えて、そこそこの金額で売りつける。

 馬鹿な勇者様に、気の利いた、楽な商売だった。


 この商売の良い所は、『勇者』は騙されたと分かっても、泣き寝入りする。

 だって面子があるもんな。騙されてゴミ掴まされてた、なんて、誰にも言えないはず。

 次は買わないようにしよう、と警戒するだけ。


 だから、普通、復讐なんて、しないだろうに。ああ、しくじったなぁ。

 

 『お前のせいで俺の仲間はっ! 仲間は死んだっ!!』


 そう汚い顔で泣きながら、馬鹿な新人勇者はオレをタコ殴りにした。

 なんか、アレルギーだったらしい。

 なんの成分かは知らないが、安い薬にたくさん入ってる何かのアレルギー。


 で、それを飲んだから死んでしまったらしい。


 そんなの、オレの知ったことじゃない。


 というか、それなら、もっと正規の店で買えよ。

 楽して、生きていたいだけなのに。


 明日から、違う町で薬売りしよう。

 ここの町で、薬売るのは、楽じゃなさそうだし。

 痛っ……右腕も、なんか動かねぇ。

 

 もっと加減してくれよ。死んじまったらどうすんだよ。

 オレが死んだら、オレを殺した勇者は殺人犯に……。



 いや、そう、ならないか。……ハハ。



 勇者は、『分かってた』から、だから、目一杯殴って斬ってくれた。

 ああ、痛ぇ。動く左腕を動かして、取り辛い左の胸ポケットから、タバコの箱を取り出す。


 小さい希望(ホープ)だが、これが一番吸った気になれる。

 咥えた。ライターに、手、届かないな。

 ああくそ。火の無いタバコなんて、な。蝋燭の無い、ケーキみたいだ。

 そんな、クソつまんねえことを考えながら、オレは目を閉じた。


 人生、楽にいかねぇ、ばっかりだ。


 ……。

 煙。

 目を開けると、タバコに火がついていた。


 隣には、黒い毛皮を羽織った人間の少女が座って、オレのオイルライターの蓋で手遊びしていた。


 カシャン、コ、カシャン。蓋を閉じたり開いたりする、独特な音が続いた。

 真雪のように白い肌の少女は、蓋を閉じたり開いたりしながら、ずっと空を見てた。

 オレは、タバコを吸った。煙を雲に届かせるように吐いた。


 吸いきって、ぷっ、と唇で弾いてタバコを捨てる。

 血だまりに落ちて、じわっと音を立て火が消えた。


 横目で少女を見る。彼女も、怪我をしているみたいだ。

 時折、背中が痛いのか痒いのか、体を少し動かしている。


 不意に、少女と目が合う。

 

 菫みたいな少女だ。


 深く紺に近い目の色からそう連想したのかもしれない。

 ずっとみていると吸い込まれそうな菫のような色の目。

 落ち着く夜の森みたいな黒緑色の髪。


 少女は、何も言わずに、オレの手に握られたタバコを一本取り、オレに咥えさせてくれた。

 火をつけ、二本目をオレは吸う。

 

 何か、語る訳じゃなかった。

 ただ、少女は俺の隣に座って、足を伸ばしてぼーっとしていた。

 気付いたら、オレのタバコは十数本目。

 空に白みが掛かってきた。


 そしてようやく、少女は、カシャンコ、とオイルライターの蓋を閉じた。


「このライター、いいね。手に馴染む」


 少女はオイルライターの銀面を指で撫でた。


「……見る目、あるな。それ。鉄の町の、記念モデルだ」


 銀面は、艶消しが施されている。わざとザラリとした指ざわりにしてあって、それが中々面白い。

「鉄の町?」

「ああ……ここから、東にずっと行くと、国境があって。それを超えたら、ドワーフもいる、有名な町だ」

「ふうん。町は興味ないな」

「そうすか」


「でも、このシンプルなのに重たい独特な感じは好き」

 くすくすと、少女は微笑む。


「オレが、死んだら……それ、やるよ」


 少女は、目を細めた。

「死ぬ予定があるの?」

「あ、ああ。もうすぐ……オレ、死ぬから。……そしたら、それ、持ってっていいぜ」

 そう。オレはもう、死んだら楽、だから。

 

 少女が、オレの真っ黒い手の甲に触れた。


 炭のように黒い肌。尖った耳。黄色い目。怪刻(ガーゴイル)の特徴だ。

 そして、五本の指。牙の無い歯。背丈は170cm。これは、人間の特徴だ。

 顔立ちは人間だ。だが、肌は真っ黒だ。目の形も人間だ。だが、目の色は怪刻(ガーゴイル)だ。

 誰が見ても、一目瞭然だ。怪刻(ガーゴイル)と人間の混血(ハーフ)


 だから、勇者がオレを殺しても、勇者は殺人犯にはならない。

 区分(カテゴリ)上、オレは魔物だから。


 少女はそっと、オレの手の上にライターを戻した。


「じゃあ、貰えないじゃん。はぁ、仕方ないなぁ」


 少女は立ち上がり、何ステップかして、くるりと回転して見せた。

 ダンス? いや、バレエか?


「傷、治しちゃったから、貴方、まだ死ねないね」


 ……え? あれ。

 傷も……痛みすらも、無くなっていた。

 朝の光に照らされて、少女は微笑む。


「じゃあね」


 少女は太陽が昇った方へと歩いて行く。

 いつの間にか、隣に黒い狼がいた。


 背中の大傷。禍々しい佇まいの黒い狼を従えて、大回復術師クラスの魔法を有する少女。

 普通の少女じゃない。何かしら、ワケありな少女であることは、間違いない。

 長く関わるのは、楽な生き方じゃない。

 

 分かっていたのに、不思議だった。

 オレは、楽をしたいだけの、馬鹿だ。

 だけど、こんな気持ちは初めてで。

 恋とは違う高鳴りで。


「な、なあ」


 声を上げた。

 少女は立ち止まり、振り返った。


「オレも、ついて行っていいか?」

「え?」

「何、突然、言い出してるのか、オレもよく分かってないんだ。

 だけど、その。行けるところまででいい、一緒に、歩いて……

 あー、いや、決して怪しい奴じゃなくて」


「くすくす。変な人だね。好きだよ、そういうの。でも、けっこー、遠くまで行くけど、いいの?」


「あ、ああ。どこでも。その、行っていい場所まで、一緒に行かせてくれるか?」


「情熱的?」

「そ、そういう訳じゃなくて」


「いいよ」

「え」

「好きなだけ、一緒に居ていいよ」


 少女の微笑みが、花のように見えた。

 小さく(スミレ)のような可愛らしい微笑みで、少女はオレに手を差し伸べた。


 そして、オレは、その手を取った。

 それが(トリカブト)のような、人生を変えてしまう劇薬的な出会いだと、分かった上で。




 これが、オレが人生で初めて、簡単じゃない選択肢を選んだ瞬間だった。



 

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