【16】鉄ッ!【61】
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『《雷の翼》のメンバーの中での最強は誰か』。
度々、《雷の翼》の熱狂者語りで話題に上がる内容だ。
最強の勇者の座は、常にライヴェルグであることは間違いない。
神域級の迅雷と他の追随を決して許さない超次元の最強剣術。
そして、2位によく上げられるのが──彼、ナズクルだ。
その理由の多くは『超次元性能の魔法』。
『熱の魔法』がある故だ。
『熱の魔法』。
一般的には、炎と比べて発動が遅く、氷と比べて効果が薄いと言われている。
長所は、炎と氷の両属性をフォローしている程度の魔法。
それから、高い旅館の布団に掛けられている魔法。という程度の認識だろう。
──どんな魔法も鍛え上げれば切れ味は増す。
魔法に才がある者、詳しい者、魔法戦闘の経験のある者なら、『熱の魔法』を鍛え上げた先の『危険度』にすぐ気付けるだろう。
熱は──。
一定の空間にある空気だけを選び、一気に火柱を作り出すことも出来る。
対象者の身体を外からも内側からも凍えさせ、細胞を壊死させることも出来る。
弄れる温度に限度があるとはいえ、その魔法は異次元の強さを誇る。
──やはり、脳筋の剣士や魔法を小ばかにした勇者などは、『熱の魔法』の脅威に気付けない。
実際──勇者熱狂者のハルルですら、ナズクルの強さは魔法ではなく別の戦闘能力! と鼻息荒く語った思い出があった。
ナズクルさんは魔法が苦手。だから銃を使うんスよ。
ルキさんの日報によると、魔法発動までの速度が遅いそうなので、物理速度が速い相手には勝ち辛い筈ッスね!
等と、幼少の頃に思っていたが故もある。
ハルルは青ざめた。
──真上から迫った、身の丈よりも巨大な火柱を見たから。
──知っているナズクルの力の数十倍の力に、愕然と。
◇ ◇ ◇
──そのナズクルがハルルの上から、真っ直ぐ落とした火柱。
見事な円柱の橙色の炎を見上げながら、ナズクルは自らの鍔のある軍帽を被り直した。
炎の向こう側を覗くように、彼は……いや、彼らは睨み合った。
「──さっき、俺に向かって『気でも触れたか』って聞いてきたが。そっくりそのまま返すぞ、ナズクル。
覇王に成る? お前の方がよっぽど気が触れてるだろ」
炎を挟んで向かい側、黒髪の男──全身に火傷のような痣と、無数の流血のあるジンは、ハルルを抱き締めた状態で言い放つ。
「絶景無しで、ハルルを助けるとは。凄まじい敏捷性だな。ライ公」
「自称覇王。お前は」
「俺は至って正常だ。正常に考え、条理に従い、覇王に成ることを選んだ」
「はっ。お前、働き過ぎて頭が誤作動ってるぞ。
正常と条理を混ぜて、覇王に成るって選択肢が表示されることは中々ねぇよ」
「勤務時間は年間平均の月残業20時間以下。生産性のあるとても有意義な職場だよ」
「ああ、そうか、何にしても──その銃、そっちに向けるんじゃねぇよッ!」
銃口は、血塗れで地に伏す狼姿の魔王へ向いていた。
より厳密には、彼の治療に専念するヴィオレッタと魔王、両方を撃てるように、狙いを定めていた。
「断る。優先順位は、魔王討伐だ」
ナズクルの指に力が入った。即時──ジンはナズクルに向かって駆けだした。
ジンに──戦う術は、『最後の一つ』を残して全て無い。
術技消滅。絶景は一時的に封じられ、聖剣解除。おまけに全身の筋肉は断裂状態。
それでも、ジンは地面を踏みしめる。
『最後の一つ』。残った武器は、右手拳のみ。
引き金を引くより早くに叩き込むしかない。
──だが、ジンの中には、予感があった。
間に合わない。
ナズクルは躊躇わずに引き金を引いた。
銃口から火花が散り、乾いた銃声と薬莢が跳び出した。
弾丸は一直線にヴィオレッタの背へ吸い込まれるように進む。
──ジンは間に合わない。だが。
アイツは間に合う。
「うぉおおおっ!! 鉄ッ! 愛の鋼鉄! オレのヘドバンッイェエエエア!!」
鋼鉄の頭で弾丸を弾いたのは、黒い肌の混血。
ただの気愛だけで銃弾に間に合い、唯一使える『鉄』の魔法で頭を固くし、銃弾を防いで見せた。
彼──ガーちゃんはふぅんっ! と鼻息荒くヴィオレッタの背を守る様に立った。
「っち!」
ナズクルは舌打ちをしてもう二発の弾丸を放つ。
だが、それはナズクル自身も直後に気付く失態。
もう既に、目と鼻の先。
そこには大きく右拳を振りかぶったジンが居る。
もう既に、拳の射程内。
『ジンの武器、最後の一つ』
もう既に、圧倒的破壊力と見て分かる。
「くっ!!」
ジンの拳を銃で受け止めるナズクル。
そして力の限り振り払うと──ジンは後ろに跳び退いた。
「はっ……流石……魔王討伐隊の隊長を任せられた実力者だな。
しかしだ。やはり、お前の強さの根底は……『絶景』。
あの技さえ使わせなければ、互角に持ち込め……──!?」
異変は手に持つ銃にあった。
その握り手から先が──。
(なっ──銃身が無くなっている!?)
──無い。銃身が無い。それは、まるでサメにでも齧り取られたように、無くなっていた。
ナズクルは視界で幽鬼のように足元が覚束ないジンを睨んだ。
その右手から、まるで紙屑でも包めたような黒い欠片が地面に落ちた。
(なっ……はは。確かに、十年前の隊長は理不尽なまでに強かった。そして、それは今も同じ、という訳か。──いや、更には『もっと』か?)
ナズクルはすぐに後ろを振り返る。
銃撃からジンの攻撃の間に、ハルルはナズクルの背後に回っていた。
「いっ!」 目が合いハルルが苦い声を上げた。
「流石にまだだな。俺から裏を取るのはもう十年実戦に身を置いてからだ。『消熱』」
ナズクルの『魔文』一つで燃える三叉槍は普通の槍に変わった。
だが突き自体は余裕で放てた。軽く受け流して、ハルルは勢いそのままジンの隣へ飛び跳ねて移動を終えた。
「十年経ち、力は衰えずだな。理不尽な強さに磨きが掛かっている。更には弟子との連携も増えている、と」
「参謀様でも想定外だったか?」
「いいや、逆だよ。──想定内だ。まぁ、可能ならまだ呼ぶ気は無かったが」
ナズクルは胸ポケットから『鍵』を手に取った。




