【05】あほっぽくなった、かな【03】
本日の夕飯は、野菜がふんだんに使われたスープ。
カリカリのベーコン、そして、焼きパンである。
スライスされ焼かれた大麦パンの上には、濃厚なヤギのチーズが乗せられている。
とろりと蕩けたチーズが食欲を掻き立てる。
そして、シンプルに見えたスープも、格別に美味い。
じゃがいもやニンジン、タマネギなんかの旨味が溶け出したスープは、なるほど優しい味というのが相応しい。
「ハルル、大丈夫なのだ?」
ハルルの隣の席のポムが心配そうに声を上げている。
「ジン、美味しく食べてくれてるところあれだが、ハルルはどうしたんだ?」
「ん? ああ」
ハルルは青い顔で、自分の首を撫でている。
まだやってるのか。
「ハルル。ちゃんと首は繋がってるから、安心しろ」
「そ、そッス、よね」
「? どういうことなのだ?」
「いや。真剣で試合をしてな。本気で追い込んだんだ」
俺の言葉にルキが目を見開いて驚いた。
「キミが本気でやったのかい?」
「ああ。もちろん、全部当ててないがな」
そう。一切当てていない。
だが、まぁ、訓練の性質上、『死』を実感させなきゃいけない……。
まぁ、全ての攻撃を寸止め、または、斬ったように見せた攻撃で行った。
例えば、横薙ぎで首を刎ねるように攻撃をした時。
俺から見て首の左側に当たる寸前、剣を止め、ハルルの目で見えない速さで、首の右側に剣を移動し、そのまま振り斬る。
こうすると、ハルルは、まるで首をちょんぱされたように感じる。
手品みたいなもんだな。
斬られたという錯覚で、ハルルは、首が付いているか心配になっているようだ。
「当てなくても、キミの本気じゃ流石になぁ」
「ジンって、そんなに強いのだ?」
ポムに問われた。
「まぁ、それなりに、な」
「スパルタなのだ?」
「いや、休憩もしっかり挟みつつやっているぞ?」
「マ、マジで何度か死んだと思ったッス」
そう思わせるのが修行の意図でもあるしな。
「まぁ、獅子は我が子を千尋の谷へ落とす、というからね」
「なるほどなのだ。つまり、ジンはケダモノということなのだ?」
「そうだね。男は大体がケダモノであるのは間違いないね」
「おい、そこの師弟二人、なんか脱線してる上に蔑んだ目で俺を見るのはやめろ」
はははっ、と明るい笑い声が聞こえた。
俺たちのやり取りを聞いてハルルが笑ったみたいだ。
まったく……まぁ、少し元気が戻ったなら良かった。
◆ ◆ ◆
「その義足、大丈夫か?」
湯上りのルキに尋ねると、彼女はまだ少し濡れた髪をタオルで拭いながら、首を傾げた。
「ほら。剣にしちゃったから」
「ああ、そういうことか。キミ、気にしてくれてるのかい?」
「そりゃ、まぁな」
ルキは、ふふっと笑う。昔から変わらない笑い方だ。
「大丈夫だよ。もともと、ずっと使ってた義足が残っていたからね。
まぁ、歩くのは難しそうだけどね」
「そうなのか?」
「ああ。まぁ、右足は新型だから、訓練すれば無理ではないけどね」
元々、少しでも歩けるようになる為、特注で依頼したものだったそうだ。
「何、また依頼するよ。今度は型もあるし、速く作れるだろうしね」
「そうか」
「浮かない顔をしない。その時もキミが雷速で運んできてくれるんだろう?」
ふふっとルキは笑った。
彼女は、気品のある笑顔を浮かべる。
ハルルやポムの無邪気な笑顔ではなく、高嶺に咲く花のような笑顔だ。
「ああ。すぐに運ぶよ」
微笑み返してみせた。
ルキの隣に座り、窓の外を見る。
外は暗くなり始めていた。遠くの山の背後に一番星も見える。
「キミは、少し変わったね」
「え? そうか?」
俺が、変わった?
ルキの指が、俺の指に触れた。
どきっと、してしまった。
「そうとも。昔より、そうだな」
「あほっぽくなった、かな」
「……はぁ?」
「ふふ。いい意味で、だよ」
「あほっぽいって、いい意味あるか?」
あるとも、と笑うルキ。
「あの頃のキミは、いつも気を張っていたろ。ボクらと一緒に居ても、ずっとね」
「それは……」
十年前の魔王討伐の旅。
俺は、聖剣を得た冒険者で、常に最前線で戦う戦士だった。
そして、決して倒れてはいけない隊長であり、人間族の希望を双肩に乗せた勇者だった。
気を張ってたつもりは無かったんだが。
「今の俺の方が、俺らしいかな」
「ふふ。いいや?」
「え、まじか」
「ふふ。冗談だよ」
ルキはひと呼吸おいてから、言葉を続けた。
「今も昔も、キミはキミだ。どっちもボクが好きな隊長殿だよ」
猫みたいに笑ってから、ルキは指を振った。
直したばかりの車椅子がルキの隣に寄ってくる。魔法か、便利だな。
彼女は、よっ、と声を上げて車椅子に座る。
「じゃ、ボクは先に寝るよ。おやすみ、……ジン」
「ああ。おやすみ、ルキ」
車椅子のルキを見送っていると、湯上りのハルルとポムが出てきた。
「あっ、ししょー! 待っててくれたッスか!」
「ああ、今日の反省と、明日の内容を決めようと思ってな」
「あれー、ポムの師匠はーっ?」
「ん。ルキなら寝室に戻ったんじゃないか?」
「ええっ! ポムたちが上がるまで待つって言ってたのにーっ! もう、相変わらず気分屋なのだーっ」
「まてポム、髪の毛くらい乾かしてから行け、って! 風邪ひくぞ?」
「そのうち乾くから大丈夫なのだー!」
ポムが濡れた髪も乾かさずに、ルキの部屋の方へ走っていった。
まったく……。
「こう見ると、お前が随分、おとなしく見えるな」
「えへへ。そうッスか? 嬉しいッス!」
ハルルは俺の隣に座り、にぃー、という擬音がぴったりの笑顔を浮かべた。
うるさいことには変わりない、か。
「まぁ、今日やってみて、感覚は掴んできたと思うんだが、実際はどうだ?」
「そうッスねー……やっぱり、任意で引き出すっていうのが難しいッスよね……」
打ち合わせをし、雑談をし、今日の夕飯が美味かったと話をし。
気付いたら会話が脱線していた。
不意に窓を見る。辺りはすっかり暗くなり、無数の星があるばかりになっていた。




