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【16】武力権謀を用いて進む道【60】


 ◆ ◆ ◆



 銃声がした。とても軽い銃声だった。


 ぽつ……ぽつ……と。

 ──液体が零れる音がした。

 流れて落ちて、白い砂に、ぬめりのある赤黒い血。不思議な程に赤く丸い血が滴る。


「魔、王?」

 ジンは、混乱していた。

 彼にとって『人生で久しく感じた』『突然のこと』。

 気を抜いていたわけではない。

 それなのに。


『……? っ』


 混乱するのは魔王も同じ立った。

 彼の隣に居る、『撃たれた張本人』の狼姿の魔王すら混乱していた。

 口から血の塊を吐いて尚、未だ自身が撃たれたことにすら気付けていない。

 異常事態だった。──『便利屋になっても狼になっても』、腐っても、最強の勇者と魔王が、二人そろって気付け ない等。

 いや、そんなことよりも。


「魔王ッ!!?」


 そして──狼の胸から、血がどくどくと溢れ出した。





「気でも触れたのか? 魔王(てき)と慣れ合うなど、我らが魔王討伐隊《雷の翼》の隊長に有るまじき行為ではないだろうか」





 その低い声には聞き覚えがあった。

 赤茶の髪、少し皺のある顔、猛禽類のように鋭い目。

 軍服のような服に身を包んだその男は、魔王討伐隊《雷の翼》に所属していた元勇者。


 現王国参謀長という肩書を持つ男──ナズクル。

 彼の手には、黒き鉄銃。


 誰もが混乱の中の数秒。

 ナズクルは、魔王に向けて、ただ引き金を引くだけ。


「っ! 待てナズクルッ!」


 止める。ジンは声を荒げて、身体を伸ばそうとした。


 ジンは『絶景』という技を持っている。


 それは時を遅く見る力。集中力を極限まで高め、世界のあらゆる動きを視認する訓練すれば誰にでも使える技術。

 その世界では、水の飛沫の一つ一つを目視することも、舞い落ちる木の葉の数を数えることも出来るし、放たれた銃弾すら止まって見え、叩き落とすことすら容易。



 だが──その時に異変に気付いた。




(絶景が──発動しないッ。なんだ、この変な感じはッ)



 それは『知っている感覚』。それでいて、『戦闘中には』経験したことない感覚だった。

 まるで、全身が柔らかい羽毛布団に包まれているような、温かく眠くなるような感覚。

 麻痺とも毒とも違う。それは、秋の休日の朝の、目を覚ました直後のような程よい温かさ。心の底から落ち着いた感覚。

 ただそれでも、ジンの身体は自然に動いていた。

 狼を抱き抱えるようにした。その背中に鉛玉が撃ち込まれる。



「身動き出来る状態ではないと思ったが、流石、ジンだな」



 ナズクルは、小さくそう呟いた。

「っ……ナズクル。お前、俺に、何しやがったッ」


「偽感。俺の術技(スキル)は、よく知ってるだろ?」

「ああ……偽薬、効果」

「そう。薬を飲んだと勘違いして身体の傷が治る。毒を飲んだと勘違いして血を吐く。

様々な状態異常(かんかく)を、選び、相手に勘違いを起こさせる。

と、言っても相手が過去に感じた『感覚』しか、思い出させられないが。

お前が受けた状態異常(かんかく)なら、何でもお前の身体に『思い出させる』ことが出来る」


「ああ……。っ、知ってる。知ってるが……接触が条件だった筈だ」

(そして、痛みによって解除出来た筈だ。それなのに)

 ジンは左拳を握り、締め込み、わざと血を流している。

 だが、それでも。『その手の痛みはほとんどなく、何ならその背の痛みすら薄い』。

(解除が、出来ないッ)


「今、お前の状態は『平常』という状態異常(かんかく)の筈だ。

銃で撃たれても、殺意を向けられても、常に『平常』。

そして、この偽感(こうか)は、俺の視界内にある間、ずっと発動し続ける」


「……術技(スキル)が、変わった、のか?」


進化術技(スキル・アペンド)術技(スキル)は次の次元に進化する」


「はっ。参謀じゃなくて宣伝広告屋(コピーライター)にでも転職したか?」

「それは、お前に対して言いたいが。お前は、腐っても魔王討伐を果たした勇者だろう」

「だから……今は便利屋に転職してっから」


 パンッ。パンッ。と二発の銃声が響いた。

 二発とも、ジンの背中に当たる。


 じんわりと広がる血の感覚が彼にはあった──だが、やはり、身体に巡る痛みが弱い。それでも身体が上手く動かないのは、『痛みを認識できないが、身体は痛みで悲鳴を上げている』という奇怪な状態が故だ。


「何故だ。何故(かば)う。魔王を」


「っお前こそ、今更……何で魔王をっ」

「今更? 違うだろう。──魔王討伐。最初から一貫して目的だ。『道を進み』『成る為』に」

「道を進み、成るだ……?」


 ──瞬間、二つの影が駆け寄った。

 それは、怒号。叫び。悲鳴のような声を上げながら。


「「あああああああああっ!!!」」


 燃え盛る三叉槍の突き──黒き靄の大鎌の縦一文字。

 二人の少女の攻撃を、ナズクルは鼻を鳴らして後ろへ避ける。

 合わせて、二人の少女は目線一つ合わせずに己の次にすべき行動を理解していた。


 緑髪の少女──ヴィオレッタはすぐに狼の方へ駆け寄った。

 白銀髪の少女──ハルルはナズクルへ猛攻し、動きを封殺する。


 ナズクルはため息を一つ吐き、手銃で槍を受け止めた。


「熱いな。良い『熱』だ。あまり長く防ぎたくない」

「あんた、何やってんスかッ!!」


「何をやっているか? 丁寧な説明の最中だよ」

「そうじゃないッスっ!! なんで、師匠を撃ったんスか!」


「必要なことだからだな」

 ナズクルはハルルの槍を弾く。だが、それに合わせてハルルは大きく槍で薙いだ。

 ナズクルの頬を裂く──も、顔色一つ変わらない。


「必要……!? 仲間を撃つことが、必要ッスか!?」


「ああ。そうとも。──『魔王の固有術技(スキル)』【魔王書】。そして『勇者が生きている限り、次の所有者が現れない【聖剣の勇者】』。この二つの術技(スキル)が最初から必要だった」


「……ナズクル。お前、何を」


「魔王になろう。そう思ったが、それでは足らない。

国王になろう。そう思ったが、それですら足らなかったんだよ。

何でも出来ると思っていたが、何にも出来なかった」


 何を成すべきか──この時、ハルルはだけが理解し、動けていた。

 目の前のナズクルを止めないと『何か致命的な物』が取れてしまう。


「武力。つまり、軍事力だ。個にも集団にも言える」


 不気味に語りを止めないナズクルへ、ハルルは『獣的直観』を得た。

 気付けば身体を捻り上げ、空中に跳び上がる、それはまるでヴィオレッタの扱っていた大薙ぎ払いのような姿勢。だが構えは槍上段の突きの構え。


「権謀。臨機応変の(はかりごと)。計略ということだ」


 繰り出された懸命の一閃は、槍柄が軋む程の音を立てながら一切の恐怖を捨てた一撃だった。

 ただ──《雷の翼》の熱狂者(ヲタク)であるハルルは分かっていた。この『燃える三叉槍』じゃ駄目だということを。


「武力、権謀。その二つを持って、支配統治を行う。この行為には名前が付いている」


 燃える三叉槍から──炎が消えた。


 ナズクルの得意魔法は──『熱』。

 三叉槍は、そのまま地面に突き刺さる。

 ハルルは、ナズクルは数歩手前で彼を見上げた。


「魔王でも、国王でも駄目。英雄王であろうと、勇者王ですら駄目。

そうなれば、もう進むしかないだろう。

武力と権謀を用い、支配統治を行う道──『覇道』を進み、成るのだよ」


 ナズクルは、底知れない暗い笑みを口元だけに浮かべた。




「覇王と成ろう。誰も、出来ないのだから。俺が代わりに」




 赤々と燃える火柱が、ハルルの真上から振り落とされた。

 

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