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【16】そのつもりだった【59】


 ◆ ◆ ◆


 彼は、放っておくと汚部屋を作る危険性のある『いつか役に立つ物』を捨てないタイプである。

 しかし、分別はしっかり行うタイプである。


 『役に立つ』『役に立たない』『いつか役に立つ』。

 この世界のモノをしっかりとその三種類に分別している。


 その上で『いつか役に立つ』モノには優先順位が付いていた。

 『次に使われる』『予備』『予備が潰えた時に使われる』。

 

 『次に使われる』は、現在使われている『役に立つ』が終わったら使うモノ。

 『予備』は、『役に立つ』が何らかの理由で破損した時の為。

 『予備が潰えた時に使われる』は、最後の手段とも言える。


 そんな彼にとって、『とても役に立つ代物』が存在する。


 それは、この世界に存在する二つの技法。


 魔法と術技(スキル)だ。

 

 魔法という技法は、太古の昔からある。

 およそ、この世界の誕生からある魔法という技法。

 その発動形態は、体系化はされている。

 この世界と人体には、魔力と呼ばれる元素が流れており、それを自在に操る技法だ。

 魔力元素は、白い紙。そこに様々な詠唱・法陣(いろ)を足し合わせる。

 それが魔法を描く方法──絵を描くのと類似した体系化された技法である。


 対して、術技(スキル)には、同一の物はない。

 比較的に新しい概念であり、数十年前に『術技(スキル)』と名付けられた概念だ。

 歴史を紐解けば、『固有魔法』や『血統術式』、『特異魔法』などという呼び方をされている様々な魔法が、実は術技(スキル)だったと言えるだろう。

 個人ごとに異なった特殊技能。それが術技(スキル)

 しかし、生まれ持って術技(スキル)を保有する者もいれば、生涯発動しない者もいる。その差は何なのか。

 そしてどうすれば発動するのか。それが謎であった。


 だが、その謎は、『二人の天才』によって解明され始めた。

 一人は、術技(スキル)の発現方法の一つを見つける。

 ほんの数年前だ。

 先天的術技(スキル)は未だ不明だ。

 だが、後天的に得る術技(スキル)は、スキルという名の通りある一定の『経験』から生じることが分かった。


 身体を流れる『魔力元素』に『経験』は記憶される。

 その魔力元素の『総量以上』の『経験』が溜まったら溢れ出し、術技(スキル)となる。


 この『天才少女』は、発明家気質であり、その具体的な数値を『経験値(エクスペリエンス)』、EXPという単位で切り取って誰でも見られるようにした。

 今ではギルドに加盟する勇者の成長の指針となっている程だ。


 そして、もう一人の『天才少女』の『研究文書(データ)』では、その概念自体の解析を試みていた。


 術技(スキル)とは、魂、記憶や感情によって術技(スキル)の形成が行われる。

 その前提から書き出されたその文書(データ)は、今までと異なる切り口(アプローチ)術技(スキル)に向き合っていた。


 直感的な感覚と、裏打ちされた魔法体系。

 若く鋭敏な感性と、円熟した深い知性。この文書(データ)が少女一人で書いたと考えたら頭が(おか)しくなりそうだが、その少女が魔王と共に過ごしていたと考えれば、なるほど納得だった。

 少女の才気を、魔王が煥発(ひか)らせた。


 この『研究文書(データ)』は、術技(スキル)を紐解き、魂と記憶と感情を復元することが目的で作られている。


 だが、多くの研究資料という物が、『その研究』に辿り着く為に『別の研究』を下地に敷くのと同じで──『天才少女の研究文書(データ)』は、他にもある。


 『術技戻法(スキル・リバーサー)術技(スキル)吸収の関係理論値』。

 『術技臨界点(スキル・オーバー)』『術技(スキル)の領域値』。



 『術技(スキル)の成長率と進化の可否』。

 文書(それ)を『ある盲目の人物』から受け取ったのは、半年前。

 その人物から『他の厄介事』も押し付けられたが、それは仕方のないことと割り切った。


 その研究文書に関しては──もうそのまま発表してしまえばいいという世界だった。

 同時に──まだ発表は行わなくていいと判断した。

 理論に穴がある可能性がある。もう一人の発明好きな『天才少女』にも確認する方が先だと言う判断。

 そして。


 まず、己が試してみたい。もし、『術技(スキル)が成長』するなら。

 経験、感情、記憶、魂。──十年を経て、その分の経験値が術技(スキル)をさらに強くするとすれば。


 役に立つかもしれなかった。

 『天才少女』の研究には、まだ研究途中であるが敢えて名前を付けるなら、と注意書きの後に、記されていた。

 その名前は、『進化術技(スキル・アペンド)』。


 それが、彼の『目的』の為に、『役に立つ物』たちだった。


 ◇ ◇ ◇



 先ほどまで臥せっていた男が雷の速度で去った病室で──。


 焦げた赤茶の髪を持つ男、ナズクルは書類を一つ読み直していた。


「ヴィオレッタは紛れもなく天才だな。ルキ。お前の所の弟子に研究資料を渡したいんだが」

「……ナズクル。その研究資料はなんだ?」

 問うのは、長い夜色の髪を有した車椅子の賢者。ルキ。

 彼女は──少しだけ目を細くした。


「ん? ああ。部下が押収したモノだ。ヴィオレッタの研究資料だよ」

「……ほう。部下が」

「なんだ?」

「いつ、押収したんだ?」

 ルキが問うと、ナズクルはその資料を机に置き、指を組んでから目を閉じた。

「いつだったか。あの魔王を探す作戦をした頃だから、『二ヶ月程』前か」


「……ナズクル。何故、嘘を吐く?」

「何?」


「私は、後から聞いた。サーカスの時だ。

その時のことを、確かにまだ報告していなかったな」

 良かったよ。報告しなくて。とルキは言葉を続けて、ナズクルを見た。


「ヴィオレッタが『研究資料を盗まれた』と言っていたそうだ。

時系列を詳しく聞いていないが、その盗まれた研究成果で人造の人間が作られたそうだ。

人造の人間を作るのに準備や機材、人員も必要になるだろ?

雪禍領のことも繋がってるだろうから、3ヶ月以上前に持ち出された資料ということになる」


「ほう。ならヴィオレッタの盗まれた資料とは、別の資料だろうな。この資料は術技(スキル)しか書かれていない」


「……もう嘘は止めにしないか? ──お前、何がしたいんだ?」


「随分と疑ってかかるな。仲間のことを」

「ああ。仲間だからな。……今の推理も詭弁に近い直感だ。

だがそれでも、確実に。お前が糸を引いているのは分かる」


「ほう。大した直感だな」

「お前は、この国の軍事の頂点と言ってもいい。

王国で上り詰めて、やろうと思えば国を動かせる地位がある。

何でも出来るだろ? それなのに」




「何でも出来るか。そうだな。そのつもりだった。

なのに、どうして、何にも出来ないんだろうな」




「何?」

「ルキ。お前は確か──ヴィオレッタから【屈服】を受けたことがあったな」

「それがどうした、ナズク──」

 そして──ルキは『目』を押さえた。吐き気に似た感覚と、平衡感覚を失う眩暈──何より特徴的な『色彩の変化』。

「こ、れはっ」

 葡萄酒色に染まり始める視界。まるでそれは、あの少女の。



「【偽感】」

 ナズクルの一言に──ルキは頭を回転させ、距離を取る。



「っ──」

(何故だ。ナズクルの術技(スキル)は『接触を発動条件とするタイプ』だった筈だ。ボクは触れられていない。のに、どうして。いや、それより、この感覚だ)


「【偽感】は、偽薬効果。お前に勘違いを起こさせる。

──対象者(おまえ)が過去に受けた状態異常(かんかく)を『思い出させる』」


 銃弾で体を貫かれたことのある者は、その痛みと銃創を思い出す。

 炎で焼かれたことのある者は、その火傷すらも体に思い出してしまう。

 そして、術技(スキル)で受けた状態異常なら、それもまた思い出せるだろう。


「ああっ……だが、克服条件も、知っているッ! どこまで行っても所詮、幻惑の魔法だっ! 痛みか、中和の魔法で簡単にッ」


「無駄だな」


 ナズクルとルキの目が合った途端。

 がくんっ、とルキの視界が一気に赤くなった。


「残念ながら、【偽感】の中身(ないよう)は変わらなかった。

だが、発動方法は大きく変わった。目で見た対象者に与えられる。

相手と目が合えば更に素早く発動出来るようだ。──ではルキ」


 彼の武器は、手小銃(ハンドガン)

 ただ無骨な鉄のような、黒銀の銃を彼は持った。


 葡萄酒色に染まった──胡乱な瞳をナズクルは見た。



「『ライヴェルグの元まで、転移させて貰おうか』」



 

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