【16】絆繋【57】
◇ ◇ ◇
私は、昔から思ってる。
家族の愛に勝る愛はない。
だから、姉兄姉を想う気持ちは、どんな力より強い。
けど。
ガーちゃんの心音が。ハッチの心音が。オスちゃんも、ノアも、シャル丸も。……狼先生も、皆。
私を、想っている。それは嘘偽りなく本当の心音で。
今更、分かったことがある。
私の前提が、間違っていた。
家族の愛に勝る愛はない。
ああ、そうじゃないんだね。
そもそも、優劣も、勝敗もない。ただ、そこにある。
ああ。使い古された例えだけど、どうして使い古されたその例えに行きつくのか、ようやく分かった気がした。
太陽の光のように、ずっとそこにある温かさ。
ずっとずっと。世界が生まれた頃から変わらない不変な感情だから、それに気付いた時、そんな簡単な例えしか出なくなるんだね。
「私が欲しかった物はもう既にあるの? くすくす、それは違うでしょ」
私は、くすくすと笑った。
ハルルちゃんはおバカだねぇ。本当におバカさんだよ。
私は、お姉ちゃんたちを、欲しているんだよ。
「姉兄姉の代わりなんて、手に入る訳がないよ」
代わりなんて、居ない。誰にだって。
「誰かの代わりなんて、居る訳ないじゃない。ね?」
私は、振り返ってハルルを見た。
それから俯いて、砂とか砂利とかを見た。
「そうッスね。誰かの代わりに、なんて、誰もなれないッス」
「だね」
「だから……まず、分かって欲しいんス」
◇ ◇ ◇
私が、捕らえられていた二日間、普通にガーちゃんさんやハッチさん、オスちゃんさんと、魔王さんとも話しをしましたッス。
あ、もちろん、シャル丸くんとノアちゃんも撫でて可愛がりましたからね。
それで。その二日間、話して分かったことが、誰もが『あの子』を大切に思っているということ。
誰もが──『あの子』に深い情愛や感謝から動いていて、そういう友人なんだと思いました。
皆が、あの子の為になりたい、って真剣に思っていて。
その為になら、一緒に罪を被るなんて──私の想像する世界に無い言葉でした。
あの子が泥の中を行くなら、一緒に泥に汚れる。
そういう覚悟を皆が持っていて。
羨ましいって素直に思えたのと同時に、だからこそ、思ったんスよね。
「貴方の代わりも、……居ないんスよ。この世界のどこにも」
だから。本人だけがそれに気づいていないのか、気付いていて当たり前と思っているのか。
あの子自身が、自分は捨ててもいいと思っているように、思えたんス。
『自分の命』が『自分の物でしかない』と勘違いしていると思った。
人と関わったら、その人の中に『部屋』が出来る。
そこに、自分の命は住み着いてしまう。
自分が死んだ時、その命は痕跡だけを残して、そっといなくなってしまう。
だから。
「貴方の命は、もう既に、貴方だけの物ではないッスよ。
だから、死ぬとか、言っちゃ駄目ッス」
だから、無碍にすると言った言葉を訂正させたかった。
あの子に、伝わったッスかね? それなら、いいんスけど。
「……家族は。失った家族はもう、戻らないッス。
代わりなんてモノも、この世界を探しても、決して見つから無いと思うッス」
「うん。そうだよ。家族の代わりなんて、ない」
ヴィオレッタさんは俯いたままだった。
「新しい家族、なんじゃないかと思うッス。
血の絆で繋がった家族とはまた違う、不思議な絆が繋がった大切な家族。
魔王さんに、ガーちゃんさんに、ハッチさんに、オスちゃんさん。ノアさんにシャル丸さん。
貴方は」
そっと、ヴィオレッタさんは手を前に出した。
「……くすくす。そうだね。新しい家族。くすくす。言われてみれば、そうだね」
◇ ◇ ◇
ヴィオレッタは、笑った。
ハルルには、少し憑き物が落ちたようにも見えた。
それから振り返って──
「レッタちゃん」
「ガーちゃん。ハッチ、オスちゃん、ノア、シャル丸──と、師」
──それはまるで、あどけない少女のように。歯を見せて、どこまでも幸せそうな笑顔を見せた。
「だいすきだよ」
伝えたかったことを。
想っていたことを。
そう笑って告げてから、ハルルに向き直る。(その背後で、ガーは鼻血を流して倒れた。)
「決闘は、私の負け──だけどさ」
ヴィオレッタは拳を握った。──靄の無い真っ直ぐな顔で、笑いながら。
「はへ?! ちょっ、ヴィオレッタさん!?」
拳はハルルの手前を掠めた。
「武器無し、術技無しで、喧嘩しよっか」
「ええ!? どうしてそうなるんスか?」
「怒ってるから?」
「そんないい笑顔で?」
「うん。ハルルちゃん、私の気持ち、考えてみてくれない?」
「え?」
「戦ってる最中はさ、文句言えなかったんだけど。
何年も研究してきた計画を潰されてさ。目の前で告白って恋人になる瞬間見せつけられてさ?
挙句の果てに幸せオーラ全開で『ルール守るから決闘しましょう!』って言ってきてさ。
こっちはもうぜーんぶどうでも良くなってるのに焚きつけられて煽られて。
私、物凄く、腹立ったんだけどさ??」
「あー、あはは、そ、それは、なんか──っひ!?」
回し蹴り、そして、頭突き。
「と、いう訳で。ここからはただハルルちゃんのことに、ムカついたから、ボコボコにするからね。
いいサンドバッグになって欲しいなぁ。ストレス発散用ハルルちゃんだね」
「いやいや、そんな我儘なっ!」
間一髪で避けながらハルルは律義に武器を捨て、拳を構えた。
ヴィオレッタは笑う。少し潤んで照れた顔を隠すように。
「くすくす。知らなかった? 私はヴィオレッタ。我儘な女の子だよ」




