表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

353/844

【16】ジンと狼先生【54】


 ◇ ◇ ◇


 あのハルルという子が、この子を煽り始めた時、急にどうしたのかと思った。

 だが、すぐに気付き、納得した。

 あの子は──ハルルは、この子を救いたいと思ってくれている。


 この子は言った。『虫のように死んでやる』と。

 この子はきっと、本当にそうするだろう。

 暗闇の中に消え、恨みと憎しみを貪りながら、泥の中で惨たらしく死を迎える。


 だから、ハルルは、そうなって欲しくないと声を上げたんだろう。

 見え見えの挑発をして、戦う気を出させて。

 そして、『伝えたい』んだろう。私たちが伝えても、上手く伝わらない『簡単な言葉』を。

 ……ちょっとノリノリで焚きつけ過ぎたかもしれない。

 まぁ、いいか。がんばれ若者たち。

 こちらが勝ったら勝ったで、それでもいいのだしな。


 ◇ ◇ ◇


 西方。ヴィオレッタ。

 有する術技(スキル)は二種類。

 【屈服】──敗北した相手にいかなる命令をも強制する術技(スキル)

 【靄舞(あいまい)】──魔法を吸収し同じ性質を持つ靄を、己の血から生成する術技(スキル)

 主となる戦闘法。近接格闘と魔法の混合戦闘法。

 近接格闘は、舞踊からの派生。魔法は魔王直伝。

 使用武器は、術技(スキル)によって作られた大鎌。


 東方。ハルル・ココ。

 所持術技(スキル)無し。

 主となる戦闘法。槍術による中近距離戦闘。

 槍術等は全て師匠である元勇者ジンの天裂流に基づく物。

 使用武器は、爆機槍(ボンバルディア)



 西部乾燥地帯特有の白い砂。この辺りには墓石を積むのではなく『敷く』文化がある。

 故に、少し厚みのある石畳みのような石版が墓である。

 二人はそれらを踏まないように、中腹へ行く。

 中央は、石碑があるちょっとした開けた場所になっている。


 何の因果か、丁度よく四角いその場所は、一辺およそ5メートル強。まさにリングには相応しい広さだ。


 ヴィオレッタは顎を突き出し、見下すようにハルルを見た。

 ハルルは顎を引き、その目は真っ直ぐにヴィオレッタを捉える。


「謝れば、それで手打ちにしてあげるよ」

「断るッスよ。私が勝ったら、私の言うこと聞いてもらうッスからね」

「……何それ、聞いてないんだけど」

「今言いましたもん」

「はあ?」

「こっちは命を賭けるんスから」

「……まぁ、どうせ勝つのは私だからいいけど」

「大した自信ッスね」

「自信ではなく、普通の実力差。勝てるって思わないで欲しいんだけど」

「戦うまで、どっちが勝つかなんて分からないッスよ」

「ふぅん。……まぁいいや。じゃぁ、いつ始めてもいいけど」

「そうッスね。いつでもいいッスよ」

「その前にいい?」

「なんスか?」



「靴ひも、解けてるよ」



「え? ──ッ」





 蹴撃一閃。





 ハルルが足元に視線を落とした瞬間、ヴィオレッタの蹴りがハルルの腹に()り込んだ。



「っか……! やってくれましたねっ!」

「くすくす。騙される方が大間抜けさんだよ」

「こ、のっ!」



「【靄舞(あいまい)】、奔れ!」「行くッスよっ!」


 魔王の弟子であるヴィオレッタと、勇者の弟子を名乗るハルル。

 助けた方と、助けられた方。実験していた方と、実験材料の方。


 しなり進む漆黒の靄と、力いっぱいに引き絞られた爆機槍(ボンバルディア)が触れた途端に──。



 ──開戦の鐘(ゴング)の代わりと言わんばかりの、爆発音が轟いた。



 爆風。巻き上げられた細かい砂で視界が悪い。

 ヴィオレッタは一度、後ろへ跳んだ。


「っ……爆発系……厄介っ」

 ヴィオレッタは耳が良い。それも異常な程に。

 幾ら収音に指向性があるとはいえ、劈くような大音量の爆発音はどうやっても耳に響く。


 それを知ってから知らずか──ハルルは視界ゼロの砂煙を突進し、ヴィオレッタの前に居た。


「直線的、刺突技!」


 構えは上段。ただ真っ直ぐに貫くだけの突きの形。

「っ! 【靄舞(あいまい)】守れッ!」

虚仮一針(こけもいっしん)!」


 ハルルが力の限りに突き出した槍を、黒い靄が受け止める。

 ギチギチと鉄同士が弾き合う音を響かせ──槍が弾かれる。


 ◆ ◆ ◆


『隣、良いだろうか』

「ああ、良いが」


 奇妙なことだった。

 彼らの弟子は今まさに戦っていて、それを二人は眺めていた。

 かつて、本気で殺し合った魔王と勇者の二人は、今、隣り合わせに座っていた。


『どっちが勝つかな』

「ハルル」

『ははは。自分の弟子への評価が高いな』

「その質問に即答出来なきゃ師匠じゃないだろ」

『まぁそうだな。私もあの子と賭けておこう』


 槍と鎌の応酬。火花と爆光が散る中を二人は真剣に、肉食獣の如くせめぎ合っていた。


「意外といい勝負になったな」

『だな。拮抗している。実際の戦闘能力では、あの子の方が上だと思っていたが』

「そうだな。俺もその認識は同じだ。場数もそっちの方が数段上だしな」

『あの子は強い相手と戦う時に真価を発揮するタイプなんだろうな』

「おい。ナチュラルディスりしてるならぶっ飛ばすぞ」

『ははは。弟子バカだなぁ。いや、恋人馬鹿か??』

「うるせぇな」


 地力は圧倒的にヴィオレッタの方が上。だが、拮抗している。

 この光景、どこかで見たことあるなぁ、とジンは内心で思ってから──思い出す。


「蛇竜と戦った時、光が弱点だったんだよな。今度は音がヴィオレッタに刺さってるな」

『蛇竜か。そんなものと戦ったこともあるのか』

「ああ。色々あってな」

『ふむ。音が弱点か。確かに、あの子は耳が良すぎるからな。昔から大きな音は嫌いだった』

「だから動きを少し麻痺させられてるのかもな」

『うむ。相性が悪いな。私だったら空気の振動を殺す魔法を使うが』

「そんな魔法もあんのか。すげぇな」


 大振りの鎌にハルルの蹴り上げがヒットした。

 近接格闘はヴィオレッタも行えるが、ハルルの方は『勇者(ライヴェルグ)仕込み』。

 戦闘の流れを上手く引き込み近接戦へと雪崩れ込む。


「なぁ。お前たちの言う術式とやらが発動したら……サシャラは生き返ったのか?」

『……それは、今、論じることではないだろう。どっちかが勝った時に、ようやく分かることだ』

「それも、そうだったな」


 ヴィオレッタの技は美しいと言うのが相応しい。

 洗練された舞を髣髴とさせる技だ。

 対してハルルは──ジンは、俺が教えたせいで……とぼやいていたが──荒く力押しの技が多い。

 無論、それは弱いという意味では無く、力で押せるほど鋭い一撃、とも言い換えられる。


 どちらも劣っている訳ではない。

 そして、今の二人の戦いにおいて、どちらかが特段に優れている訳ではない。

 それ故に、互角。


『……恨んでいるか。私を』

「無論、恨んでるぞ。俺が生まれて間もなく戦争状態だし、孤児院が魔王の放った竜に襲われるし、俺単品の恨みだけでも、お前が原因の物は相当あるんだからな」

『そうか……』

「お前は人を殺し過ぎてるからな。恨まれて当然だ」

『分かっている』

 ジンは言葉にしない言葉を、浮かべていた。

(魔王は、何でそうなったかは知らねぇけど。……変わった。ヴィオレッタとの出会いがきっかけなのか、それ以外なのか、推し量れないけどな)


「……お前が、何かをやり直したい、っていうなら。協力しないでもないぞ」

『何?』


「恨んでいるか、なんて質問をするってことは、『受刑者更生プログラム』でも受けたいのかって思ってな」


『はは。机と椅子に縛り付けられるのはご免だ』

「だろうな。けどま。真面目なことを話せば……お前のしたことは、償いきれるものじゃない」

『そうだな』

「仲間も、何十人も死んだ。国も、人も。

百何年の戦争で、訳が分からん数死んでる。その責任は、逃れられないだろ」


『ああ。知っている』

「その上で。何か足掻きたいなら。……言ってくれ」


『何?』

「今の俺は勇者じゃない。ただの便利屋だからな。

誰かの悩みを聞いて、それを解決したり、解決出来なかったりをする仕事だ。

だから、真剣に何かに向き合うなら、協力するぞ」

 元勇者として、でもな。


 小さくそう呟いて、ジンは頬を掻いた。


『……ふ。流石、戦闘中に告白する猛者だけはある。私まで落とすつもりだったとは……』

「お前殺すぞ????」

『はは、冗談だよ。冗談』


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ