【16】ジンと狼先生【54】
◇ ◇ ◇
あのハルルという子が、この子を煽り始めた時、急にどうしたのかと思った。
だが、すぐに気付き、納得した。
あの子は──ハルルは、この子を救いたいと思ってくれている。
この子は言った。『虫のように死んでやる』と。
この子はきっと、本当にそうするだろう。
暗闇の中に消え、恨みと憎しみを貪りながら、泥の中で惨たらしく死を迎える。
だから、ハルルは、そうなって欲しくないと声を上げたんだろう。
見え見えの挑発をして、戦う気を出させて。
そして、『伝えたい』んだろう。私たちが伝えても、上手く伝わらない『簡単な言葉』を。
……ちょっとノリノリで焚きつけ過ぎたかもしれない。
まぁ、いいか。がんばれ若者たち。
こちらが勝ったら勝ったで、それでもいいのだしな。
◇ ◇ ◇
西方。ヴィオレッタ。
有する術技は二種類。
【屈服】──敗北した相手にいかなる命令をも強制する術技。
【靄舞】──魔法を吸収し同じ性質を持つ靄を、己の血から生成する術技。
主となる戦闘法。近接格闘と魔法の混合戦闘法。
近接格闘は、舞踊からの派生。魔法は魔王直伝。
使用武器は、術技によって作られた大鎌。
東方。ハルル・ココ。
所持術技無し。
主となる戦闘法。槍術による中近距離戦闘。
槍術等は全て師匠である元勇者ジンの天裂流に基づく物。
使用武器は、爆機槍。
西部乾燥地帯特有の白い砂。この辺りには墓石を積むのではなく『敷く』文化がある。
故に、少し厚みのある石畳みのような石版が墓である。
二人はそれらを踏まないように、中腹へ行く。
中央は、石碑があるちょっとした開けた場所になっている。
何の因果か、丁度よく四角いその場所は、一辺およそ5メートル強。まさにリングには相応しい広さだ。
ヴィオレッタは顎を突き出し、見下すようにハルルを見た。
ハルルは顎を引き、その目は真っ直ぐにヴィオレッタを捉える。
「謝れば、それで手打ちにしてあげるよ」
「断るッスよ。私が勝ったら、私の言うこと聞いてもらうッスからね」
「……何それ、聞いてないんだけど」
「今言いましたもん」
「はあ?」
「こっちは命を賭けるんスから」
「……まぁ、どうせ勝つのは私だからいいけど」
「大した自信ッスね」
「自信ではなく、普通の実力差。勝てるって思わないで欲しいんだけど」
「戦うまで、どっちが勝つかなんて分からないッスよ」
「ふぅん。……まぁいいや。じゃぁ、いつ始めてもいいけど」
「そうッスね。いつでもいいッスよ」
「その前にいい?」
「なんスか?」
「靴ひも、解けてるよ」
「え? ──ッ」
蹴撃一閃。
ハルルが足元に視線を落とした瞬間、ヴィオレッタの蹴りがハルルの腹に突り込んだ。
「っか……! やってくれましたねっ!」
「くすくす。騙される方が大間抜けさんだよ」
「こ、のっ!」
「【靄舞】、奔れ!」「行くッスよっ!」
魔王の弟子であるヴィオレッタと、勇者の弟子を名乗るハルル。
助けた方と、助けられた方。実験していた方と、実験材料の方。
しなり進む漆黒の靄と、力いっぱいに引き絞られた爆機槍が触れた途端に──。
──開戦の鐘の代わりと言わんばかりの、爆発音が轟いた。
爆風。巻き上げられた細かい砂で視界が悪い。
ヴィオレッタは一度、後ろへ跳んだ。
「っ……爆発系……厄介っ」
ヴィオレッタは耳が良い。それも異常な程に。
幾ら収音に指向性があるとはいえ、劈くような大音量の爆発音はどうやっても耳に響く。
それを知ってから知らずか──ハルルは視界ゼロの砂煙を突進し、ヴィオレッタの前に居た。
「直線的、刺突技!」
構えは上段。ただ真っ直ぐに貫くだけの突きの形。
「っ! 【靄舞】守れッ!」
「虚仮一針!」
ハルルが力の限りに突き出した槍を、黒い靄が受け止める。
ギチギチと鉄同士が弾き合う音を響かせ──槍が弾かれる。
◆ ◆ ◆
『隣、良いだろうか』
「ああ、良いが」
奇妙なことだった。
彼らの弟子は今まさに戦っていて、それを二人は眺めていた。
かつて、本気で殺し合った魔王と勇者の二人は、今、隣り合わせに座っていた。
『どっちが勝つかな』
「ハルル」
『ははは。自分の弟子への評価が高いな』
「その質問に即答出来なきゃ師匠じゃないだろ」
『まぁそうだな。私もあの子と賭けておこう』
槍と鎌の応酬。火花と爆光が散る中を二人は真剣に、肉食獣の如くせめぎ合っていた。
「意外といい勝負になったな」
『だな。拮抗している。実際の戦闘能力では、あの子の方が上だと思っていたが』
「そうだな。俺もその認識は同じだ。場数もそっちの方が数段上だしな」
『あの子は強い相手と戦う時に真価を発揮するタイプなんだろうな』
「おい。ナチュラルディスりしてるならぶっ飛ばすぞ」
『ははは。弟子バカだなぁ。いや、恋人馬鹿か??』
「うるせぇな」
地力は圧倒的にヴィオレッタの方が上。だが、拮抗している。
この光景、どこかで見たことあるなぁ、とジンは内心で思ってから──思い出す。
「蛇竜と戦った時、光が弱点だったんだよな。今度は音がヴィオレッタに刺さってるな」
『蛇竜か。そんなものと戦ったこともあるのか』
「ああ。色々あってな」
『ふむ。音が弱点か。確かに、あの子は耳が良すぎるからな。昔から大きな音は嫌いだった』
「だから動きを少し麻痺させられてるのかもな」
『うむ。相性が悪いな。私だったら空気の振動を殺す魔法を使うが』
「そんな魔法もあんのか。すげぇな」
大振りの鎌にハルルの蹴り上げがヒットした。
近接格闘はヴィオレッタも行えるが、ハルルの方は『勇者仕込み』。
戦闘の流れを上手く引き込み近接戦へと雪崩れ込む。
「なぁ。お前たちの言う術式とやらが発動したら……サシャラは生き返ったのか?」
『……それは、今、論じることではないだろう。どっちかが勝った時に、ようやく分かることだ』
「それも、そうだったな」
ヴィオレッタの技は美しいと言うのが相応しい。
洗練された舞を髣髴とさせる技だ。
対してハルルは──ジンは、俺が教えたせいで……とぼやいていたが──荒く力押しの技が多い。
無論、それは弱いという意味では無く、力で押せるほど鋭い一撃、とも言い換えられる。
どちらも劣っている訳ではない。
そして、今の二人の戦いにおいて、どちらかが特段に優れている訳ではない。
それ故に、互角。
『……恨んでいるか。私を』
「無論、恨んでるぞ。俺が生まれて間もなく戦争状態だし、孤児院が魔王の放った竜に襲われるし、俺単品の恨みだけでも、お前が原因の物は相当あるんだからな」
『そうか……』
「お前は人を殺し過ぎてるからな。恨まれて当然だ」
『分かっている』
ジンは言葉にしない言葉を、浮かべていた。
(魔王は、何でそうなったかは知らねぇけど。……変わった。ヴィオレッタとの出会いがきっかけなのか、それ以外なのか、推し量れないけどな)
「……お前が、何かをやり直したい、っていうなら。協力しないでもないぞ」
『何?』
「恨んでいるか、なんて質問をするってことは、『受刑者更生プログラム』でも受けたいのかって思ってな」
『はは。机と椅子に縛り付けられるのはご免だ』
「だろうな。けどま。真面目なことを話せば……お前のしたことは、償いきれるものじゃない」
『そうだな』
「仲間も、何十人も死んだ。国も、人も。
百何年の戦争で、訳が分からん数死んでる。その責任は、逃れられないだろ」
『ああ。知っている』
「その上で。何か足掻きたいなら。……言ってくれ」
『何?』
「今の俺は勇者じゃない。ただの便利屋だからな。
誰かの悩みを聞いて、それを解決したり、解決出来なかったりをする仕事だ。
だから、真剣に何かに向き合うなら、協力するぞ」
元勇者として、でもな。
小さくそう呟いて、ジンは頬を掻いた。
『……ふ。流石、戦闘中に告白する猛者だけはある。私まで落とすつもりだったとは……』
「お前殺すぞ????」
『はは、冗談だよ。冗談』




