表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

346/844

【16】ジン VS フェンズヴェイ【47】




 ◇ ◇ ◇



 勇者と魔王のどちらが強いのか。

 結果だけ見れば、魔王は勇者ライヴェルグに討たれている。


 だが、魔王は、この二百年──ライヴェルグが魔王を討伐するまでの間──、多くの勇者と対峙した。聖剣を持って乗り込んできた勇者(てき)たちを、魔王は片っ端から退けてきた。


 勝負の勝敗を分かつ物は何か。

 その問いに答えは幾つもあるが、一つの真理。

 その答えの一つは『手札の多さ』だ。


 手札とは、『選択肢』と言い換えられる。

 相手より、どれほどの選択肢を持っていられるか。

 そして、相手が切った行動(カード)に対して、有効な反撃の手段(カード)を有しているかどうか。

 知識量(カードプール)こそ、勝敗を分かつ。


 魔王フェンズヴェイ。彼は、幸運だった。

 劣悪な環境に生まれながらも、魔法を得る術を持っていた。

 結果、この世界にあるほぼ全ての魔法が使えると言っても過言ではない。

 それだけではなく、近接戦闘も心得ている。剣も槍も、ひいては弓すらも扱いに長けている。


 それ故、自負していた。

 勇者に負けるはずがないと。


 実際、ライヴェルグとの戦闘で敗北した際、持っている戦闘手段(カード)はもう残り僅かまで削られていた。

 選択肢(カード)を削ってきたライヴェルグたち《雷の翼》の手腕を讃えつつも──正直に言ってしまえば魔王フェンズヴェイは思っていた。




 一対一なら、負ける筈がない。負ける要素が欠片も無い。




 それは、事実だった。

 過去に戦って来た勇者たちより剣術は優れていた。歴代の中でも才気は頂点。力も最強。

 だが──それでも魔王が優位である。


 幾ら天才でも、最強でも──それは人間の領域内での話。


 剣術の天才なら、剣術が通用しない次元での戦いにして殺す。

 武力が最強なら、その最強の力が本領を発揮する前に殺す。


 魔王の使える魔法は十万種を超え、扱える武器種も十数種類。

 近接格闘も扱え、人間の武術にも通じ、暗殺術までも使える。


 その算段が付いていた。

 断言する。


 勇者ライヴェルグVS魔王フェンズヴェイの戦闘ならば、魔王フェンズヴェイが勝つ。

 一対一ならば簡単。

 魔王の圧勝にて終了だ。


 そう。



                ◇ ◇ ◇



十年前の男(ライヴェルグ)相手なら圧勝だった、と断言できる)



 白銀の氷の刃は── 一瞬で斬り砕かれる。

 狼の右前足から肩に掛けて──真っ直ぐに血が噴き出た。



(同時に、十年後のこの男(ジン)。こいつは──)



 その男、ジンは、狼に出来た僅かな隙を見逃さない。

 氷は砕けて光を反射する。その光はただの月の光を反射した刃の鈍光(どんこう)

 真っ直ぐに突き出されたその一刃は風のように素早い。

 氷は水に変わり、水はひも状になって刀身に絡みついた──否、絡みつく前に斬り裂かれていた。


(──強い。強すぎるぞ、ジン……ッ!)


 次の攻撃が来るのを考えるより早く、狼の前には鋼鉄の盾が生まれた。

 無から生まれた訳じゃない。先ほど斬られ飛び散った血から鉄を集めて増幅させた。


 だが──まるで豆腐でも裂くように、鉄の盾は斬り裂かれる。

 丁寧に八等分(ピザカット)にされた。




(思えば──十年前の男(ライヴェルグ)の剣は、『ただの重い塊』だったな)




 刀身がぐにゃりと曲がって見えたのは、大剣の動きと思えない速度でジンが突きを行ったからだ。

 刺突細剣(レイピア)の如き剣術は、正統王国の流派の技。


(随分と、今は『ずっしりとした重さ』のようじゃないか)


 突きは狼の肩を割く。血が跳び出るが、それはすぐさま針となってジンに襲い掛かった。

 速度は弾丸。防ぐ手段無し。顔面に向かって直進した。

 瞬時、ジンは地面を踏んだ。振動は、まるで大砲が放たれたような揺れだった。地面に転がっていた石が空中に跳び上がる程に。

 『的確に浮かび上がった小石』が、弾丸針を叩き落とす。


(……何処までが計算だ? いや、何にしても今のはもう、人間技ではないだろっ)


 狼は内心で驚嘆しながらも、予備動作無し(ノータイム)で空中から真空の刃を振り下ろす。

 不可視の刃はギロチンのように滑り落ちる。だが、音が五月蠅すぎた。

 ジンは身体を空中で捻り、今度は蹴りで不可視の刃を蹴り砕く。


十年前の男(ライヴェルグ)は、『重責』と『使命』を背負って戦う真面目な少年だった。

純朴ゆえに、その背負ったモノに圧し潰されていた。

そこから溢れ出てくる『死』と『恐怖』が、そのまま力になっていた)


 狼は牙を剥ける。剣に食らい付いた。ジンは一瞬で理解する。(──牙の音が軽い。魔王が作った精巧な(デコイ)だな)

 ジンは即断。背後に左拳を放つ。


(だが、この男──ジンからは、まったく別──)


 拳が『背景と同化した靄に包まれた本体』を捕らえたと同時──剣に食らい付いた狼の幻影が爆散する。


 だが、その炎に一切動じず、ジンは左拳を握り込んだ。


 裂絞(れつこう)音。限界まで引き絞られたワイヤーが千切れるような、ブチブチという音が大音量で響いた。


それが、その握り込まれた拳の音だと気づくより早く、狼は一歩後ろに跳び下がっていた。



 左拳が叩き付けられ──耳鳴りがするほどの爆裂が起きた。



 木々の鳥たちが慌てて飛び立つほどの振動。墓石が崩れ、埋まっていた石柱が少し顔を出してしまう。

 今のは、ただの拳の一撃。魔力反応こそ少しあれど、魔法的反応一切なし。


 人間一人が埋まる程の深さの大穴──中は砂が溶けて燃え立つ。まるで溶岩のように見えた。

 火の中で、ジンは至る所が断裂し血を吹き出す左腕を握り直す。

 パチパチと青い雷が走り、傷が少しだけ塞がるが──まだ血が零れている。


(今の彼は──強い。十年前と比べ物にならない)


 熱気。ジンの身体から発せられている熱。

 それは実際の熱でもあるが、比喩的な意味の方が強かった。


 ジンの身体がブレて見えた。それは、音がしない移動法。

 一気に、狼との距離を詰め、逆袈裟斬りが放たれた。

 それを狼は右前脚で防いだ。『石化した爪』と化した腕で一撃を食い止める。


 狼は、その一撃と、ジンの目を見て──熱を感じていた。


『十年前は』

「あ?」


『お前の剣からは『責任』しか聞こえてこなかった』

「当然だろ。勇者として、責任があったんだからな。というか、今も責任は背負ってる」


『それもあるかもしれないが、言いたいことはそうじゃない』

「アァ?」


 キンッ──と澄み渡った音で剣と石化爪が弾きあう。


『昔は、殺戮することしか考えていない、冷徹でありながら空ろ。伽藍(がらん)な勇者だと感じていた』

「酷いな」

『今のお前からは『熱』を感じる。感情を感じるよ』


「感情に流されて弱くなったって言いたいのか?」

『強弱は、分からん。だが』

「?」




『今のお前は、格段に、戦い辛い』




「褒め言葉として受け取るよ」

『ああ。褒めている。……──本当に、若い子らの成長は早すぎるな』


 狼の全身の毛が逆立ち──燃焼し凍結する。燃え立つ炎、それを閉じ込めた氷の鎧。


『──燃え立つ氷山(ヴォルケンバルグ)


 その鎧の名前か、魔法の名称か。

 少なくとも、並の技じゃない魔王の技を見て、ジンはすぐに直感する。


(次の攻防で、決まる、か)


 ジンは大剣を両手で構えた。

 それは奇しくも剣の道の正しい型の如く構え。


「天裂流。八眺絶景──……」






 吼えた狼。走る獅子。


 狂い咲く氷と炎の花。

 踏み拉く剣を持った獅子(おとこ)


 全方位。空中地面上下左右。

 炎と氷が一度に襲い来る風景はこの世界の物ではない。

 火が舞う、水氷の世界。


 獅子(ジン)の身体は斬り裂かれ、燃える。


 炎と氷の世界を抜けた先──獅子(ジン)は何かを叫びながら目の前の狼を見た。


 ──空中に跳び出しながら──相対する、狼と獅子(ジン)


 狼の後ろ脚が膨れあがり──破裂するように跳ぶ。獅子(ジン)に目掛けて。

 そして、獅子(ジン)は両手で構えた大剣を大きく振り上げる。


 八種の特殊絶景剣技。その一つ。




突衝(シュラック)ッ』 「銀世界」




 二人は、地面に同時に立った。


 ジンの腹部には氷の角が突き刺さり、狼はその鎧の形を維持したまま。


 そして──ジンは膝を付く。


『……いや。見事、だな』




 狼の鎧が砕け散る。

 そして、胴と頭、そして両方の前足から──血がどぷっと溢れた。



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ