【16】雷と狼【46】
◆ ◆ ◆
──雷が降って来るより、数十分ほど前。
『月閃魔力陣。月の魔力を集中させ、魔法の効果を増幅させる。
増幅させることが出来る魔法の種類は限られている。
今回は特殊効果付与系で術技の効果を高める……あー、もういい』
あれ、狼先生、どうした?
『ガー、お前はいっつもそういう目をする! もう説明せん!
術技戻法が凄く発動する! 以上だ!』
狼先生がぷんすこ怒ってる。オレ、まだ何も言ってないのに。
オレ達は今、この墓場に集まっていた。
別に、今からやる儀式……じゃなくて魔法発動? は『月が見えなくても屋外で満月の日なら』使えるらしい。
まぁ、魔法の細々としたこととかは割とどうでも良いや。
ルッスが屈服の術技で呆然と座っている姿も見飽きたし、レッタちゃんが準備しているのも、可愛くてずっと見てられるけど、それよりも。
オレは、煙草を吸いながら、その光景をもう一度確認する。
……ルッスとは、この数日、少しだけ話した。
他愛もない雑談ばかりして、ルッスはあの師匠のジンって人が、すげぇ好きってのが伝わった。
オレのレッタちゃんへの愛の100分の1は愛があるだろう。おいおい、相当でかいぜ? 高く評価してるからな??
だから。ルッスの存在──いや、人格か。
人格が消えてなくなるのか、と思うとオレは、少しだけ。
『やるせないか?』
狼先生が、オレを横目で見た。
『やっぱりルッスが可哀想だから止めてあげてくれ、とか言い出すかと思ったがな』
「いや。別に。……レッタちゃんを抱き締めた日から、覚悟してたんで」
レッタちゃんが、それで幸せになれるなら。
……レッタちゃんと一緒に、罪だって背負うのがオレだからな。
『そうか。強いな』
「狼先生は」
『ん?』
「……レッタちゃんの術式、成功しないで欲しいですか?」
『──何?』
「いや、なんとなくですけどね。思っただけです」
『お前は、本当に変な所だけ鋭いな』
狼先生は、鼻を鳴らした。それから喉の辺りを掻いた。犬の仕草、様になってるなぁ。
『本心を言えば、どっちだっていい、と言う所だよ。死者が蘇ろうが、蘇るまいが、どちらでもいい』
「そうなんですか?」
『ああ』
「……先生。ずっと聞けなかったんですけど、聞いてもいいですか?」
『なんだ』
「先生は、どうしてレッタちゃんと一緒にいるんですか?」
狼先生は、魔王だ。
人間と魔族の混血で、学舎にも行ってないオレですら知ってる『極魔の王フェンズヴェイ』。
全属性の魔法を操り、全種族の固有術式を知り尽くしたと言われる二百年もの時を生きた魔王が、この狼だ。
『……前もそんな問答をしただろう』
オレが盗み聞きしてしまった時に聞いた言葉は『レッタちゃんの命を今年の冬に奪う』という趣旨の話だった。
だけど。
「やっぱり、オレには、先生がレッタちゃんを殺すように思えなくて。
……前に、オレが狼先生に、聞いた時は、先生、はぐらかしましたよね?」
『覚えてないな』
「じゃぁ、今答えて貰っていいですか?」
『……答える義務はないな』
「レッタちゃんのことを殺して、魔王として再臨するのが目的じゃないですよね。
それに、サシャラさんを蘇生するのも、レッタちゃんの目的だ。
先生自身もさっき、死者が蘇ろうと蘇るまいと、どっちでも良いって言ってましたから」
『……ガー』
「それで、オレ、考えたんです。それ以外の理由で先生がレッタちゃんと一緒にいるとしたら、その理由って、本当はレッタちゃんを──」
『それ以上は、野暮だぞ』
狼先生は──静かに、尻尾を床に付けて座った。
やっぱり、狼先生は。
『──その通り。あの子の病気を、治す術をずっと模索していたよ』
「……生かす為に」
「ああ。……同時に『自殺志願者は治せない』だ。
何回傷を治しても、死のうとする人間は死ぬ。……あの子が生きる目的は必要だったんだ。
そして、その執念が無ければ、立ち上がることも出来なかった』
ただそれだけだ。と先生は呟いた。
やっぱり、狼先生は、レッタちゃんの病気を治す為に一緒にいたんだ。
『だが、結局。病を治す術は見つけられなかった』
「……」
『皮肉な話だ。あの子が今からやる『死者蘇生の方法』はどうにか発動の可能性が高い術式になったのにな。今を生きているあの子を助ける術がないんだからな』
「……なら。やっぱり、レッタちゃんと一緒にいる理由って」
『ふ。お前と一緒、ということだな』
……。つまり。やっぱり。
「狼先生もレッタちゃんをラブだって!?
でもレッタちゃんは渡しませんよ!! 狼先生が恋敵であってもねッ!!!
くそっ!! 確かに歩んできた時間は長いかもしれません!
でも!! でも!! 愛の大きさはオレの方が大きいですからね!!!」
『そ、そういうのとちょっと違うんだが???』
「ちょっとしか違わない!? それはやっぱりガチっぽい!」
『ああうん、なんか、やっぱりガー、お前は恐ろしい奴だよ。
……まぁ、なんだ。ガーよ』
「なんでしょ?? 諦めないですよ!?」
『いや。まったく。……はぁ。ありがとうな。お前が居たから──……! ガー!』
──そして、極光が黒銀の狼と、緑髪の少女以外の意識を吹き飛ばした。
◇ ◇ ◇
その剣士、ジンの身体は──溶解していた。
だが、青い雷が迸ると、身体の各部位が元の形に戻る。
ただし失った身体の部位を完全に復元しているわけではない。
その瞬間、狼姿の魔王だけはまともに『雷』と対峙した。
その男、ジンは──時が吹き飛んだ世界の中で、雷撃の拳をガーに与えた直後に聖剣を振り下ろした。
事前に準備していた防御の魔法が発動した。だが防げたのは一撃目だけ。
二撃目は胴に。三撃目は腰に。
最後に繰り出された大きな薙ぎ払いを、魔力を硬質化させて防いだ筈だったが、魔王ですら知覚出来ない速さで額から血が噴き出た。
だが、狼だけはその場に立てていた。
狼は目だけで状況を確認する。ヴィオレッタは吹き飛ばされたが、ピクリと身体が動いたことから、まだ意識があることが遠目で分かった。
『……奇襲とは、ご挨拶じゃあないか、勇者ライヴェルグ』
「……魔王」
呼吸を荒くしたジン。両腕は今更ながら出血を始めていた。
『それに、随分とボロボロじゃないか。え?』
「……ハルルに付与した屈服を解け。3秒以内だ」
そう言いながらも、ジンは剣を握り直す。
『思えば、一対一で戦うことは……初めてか?』
「最初に遭った時は一対一だったろ」
『あれは途中で加勢が入った』
「そうだったな。3秒経った。答えは──……戦闘、で、いいんだな?」
『手負いの。それも十年もブランクの開いてるんだろ? 私に、本気で挑んでくるつもりか?』
「そうだな。確かに、アンタは十年も戦闘しないで狼の姿らしいからな。本気で戦ったら可哀想だな。手を抜いて5割程度の力でやってやろうか?」
『……どうやら読解力も全て雷化膂力に変換したようだな。会話がかみ合わないとは、哀れだな』
「元から会話なんてする気ねぇだろ」
『違いない』
雷を纏った聖剣と、狼が生み出した黒い靄がぶつかり合う。
『最強の勇者。白黒付けようか。この魔王である私と、どっちが強いか』
「そうだな。ついでだ。決着をつけておこうじゃねぇか」
同時に二人は弾け跳び──後ろに下がった。
◆ ◇ 没 ◇ ◆
「やっぱり、オレには、先生がレッタちゃんを殺すように思えなくて。
……前に、オレが狼先生に、聞いた時は、先生、はぐらかしましたよね?」
『覚えてないな』
「詳しくは【11】ガーちゃんVS狼先生【11】を読んで頂いて……」
『説明をチート補完するな』




