【16】テト【43】
◇ ◇ ◇
『聖剣』という物が、この世界には実在する。
その『聖剣』の銘は『時は飛び去る』。
銘に込められた意味は、『時の有限性』。
今ある時間を、目の前の生を、力の限り生きろ。
剣を鍛った者が、そう戒めを込めて刻んだ剣銘である
嘘か真か。真偽不明だが──その剣を鍛ったのは、神だと言われている。
事実、その『聖剣』は物質としての限界を超えた力を持っている。
まず、異常なのは、その剣の鍛られた時代。
推定、二万年以上前。書物面では王国建国時代の神話にも登場し、魔王国側の古代の壁画にすら登場する途轍もない超技巧古代遺物だ。
その上、その聖剣の特殊技術は、この時代の魔法知識・魔法技術をもってしても解明することは勿論、再現することは出来ていない。
もし神が作っていなかったとしても、神に近い次元まで魔法を極めた魔法使いが、強力な『何か』を仕掛けたのは間違いない。
それほどに『聖剣』は──最早失笑を禁じえぬ程の、特殊かつ強大な力を有している。
特殊性の一つ目として、『聖剣』は砕けることがない。
──砕けた所で、自動で修復されていく。
折れたところで、合わせればくっつき、無くなっても生えてくるから笑える話だ。
どれほどまでに破損しようとも、どれほどまでに消失しようとも、時間さえかければ必ず復活する。
何なら、砕けた理由次第では『形状進化』までされて復活するだろう。
次に、『聖剣』は所有者の力を倍化する。
──倍化というのは『単純に二倍』である。
意味不明だとどの持ち主も言うが、扱い慣れると恐ろしい力だったと多くの証言が残る。
持ち主の『腕力』『魔力』『知識』、そして『生命力』に『術技』をも聖剣は保管する。
そして、それをいつでも持ち主に貸し出せる。
単純に言えば、一時的に腕力二倍。魔力二倍。術技も二倍。
その上、残機+1だ。
記憶も共有する。魔法も代わりに発動が出来る。
買い物の時に買い忘れた物を囁いたり、提出期限の書類がある時も教えてくれる優れモノだ。
そして、『聖剣』は決して裏切らない。
──聖剣には、魂が宿っている。彼女の名前は剣と同一であるが故、渾名で『テト』と呼ばれている。
魂がある故か、彼女を創った者の意向か。彼女が認めて彼女から『称号』を頂かなければ扱うことは出来ない。
この剣を操る為には、【聖剣の勇者】という【称号】が無ければならない。
故に、勇者以外、操ることも、触れることすらも適わない。敵に奪われる心配も皆無。
因みに、彼女に勇者として認められる方法は何通りかある。
代々王国に伝わる『神雫盃』を使い彼女に会う方法か、現在の使用者を通じて継承するか、または彼女が気まぐれに誰かの夢に侵入することもあると聞く。
以上が『聖剣』の特殊性である。
通常の武器とは比べ物にならない段違い性能の武器。
それが聖剣テンプス・フギトだ。
◇ ◇ ◇
聖剣の魂である乙女『テト』は、彼女が作り出した夢の世界の中で言った。
「彼女を──ハルルを諦める訳には、行かぬかのう」
何言ってんだ。お前。
どうしてそういう選択肢が出る。意味が分からん。
「……お主は、今、大怪我で療養しておる。病院で腕が複雑に損傷している状態じゃろう。目醒めたら、妾が置いてある。ご友人がここまで運んで来た」
ルキかナズクルだろうな。
聖剣を持ってこれるのは、軍の人間であるナズクルか。いや、魔法障壁を全部ぶっ壊してルキが借りてきた可能性もあるな。
「妾が預かっておる分の『お主の生命力』、その残りは僅か。
右腕を回復する為には、完全雷化を行って『無理矢理に腕を形成』し、その後『生命力』で蓋するしかないじゃろう」
お前が居なかったら無理矢理形成で、後はどうにかするつもりだったからな。ありがたいよ。
「そこまでは良い。妾を使えば、腕の再生までは容易じゃろう。ただその後じゃ」
その後か。そうか。俺の記憶を読めるんだもんな。
『俺がこの後すること』までお前は読めるのか。
「……馬鹿な真似は止せ。妾は、それを言う為に、お主との時間を作った」
……テトは、寂しそうな顔をしていた。
これほどまで綺麗な女性に、こんな顔をされたら困るのは誰だってそうだ。
相手が二万歳でも。
「死にたいのかのう??? 今殺そうかのう???」
……記憶を。そして地の文まで読めるんだから、もうお前は分かってそうだけどな。
テト。お前とは離れ離れになってたから、まぁ久々に会った近所のワンちゃんくらいの気持ちだが。
「亡ッ誅ス」
冗談だ。マジ顔は止めてくれ。
なぁテト。
「なんじゃよ」
この十年。どこにいたんだ?
「王城じゃ」
え、お前は王城に飾られてたのか?
「……まぁ、そうじゃな」
城の様子はどうだ?
「暇じゃよ。まぁ時々掃除に来る女中がおってな。
掃除の時だけ実体化して触らせてやっておる。
本人も誰も気付いていないが凄いことなのじゃよ。ほっほっほ」
そうか。……十年、会いに行かなかったの、怒っているか?
「馬ァ鹿者。妾は二万年以上も剣をやっておる偉大なる魂ぞ。
十年なんぞ秒じゃよ秒……まぁ寂しかったがな」
それは。すまない。
「この二万年の中で、妾を最も自在に操ったのはお主じゃからな。
もっと厳つい男が好みじゃがな」
次の持ち主はそういう男にする予定か?
……問うと、沈黙が帰って来た。
それが──俺の答えだ。『馬鹿な真似は止せ』という優しさに対する『俺の答え』だ。
次の持ち主を、探して貰う時が来たんだ。
俺はもう──
「……聖剣の勇者の称号を持つのは、お主一人じゃ」
ありがとな。だけど。テト。
俺は、もう勇者じゃない。
勇者の称号はもう無い。それに、無いことに満足もしている。
お前が主として認めてくれているのは嬉しいんだぞ?
ただ。俺はやっぱり。今は、ただの便利屋のジンだ。
だから。
テトは──少し沈黙した。少し微笑んでるようでもあった。
「……現実世界で、お主に我が本体が近づいた。それ故。お主の記憶を共有したのじゃ」
恥ずかしいな。
「止めても、お主はハルルを救けに行くじゃろうと。解ってはおった」
だろうな。
「『魔王に連れ去られた』という時点で、その転移魔法は『賢者ルキ』ですら追跡不能。そんな相手を『見つけ出す為』に何をするか、そこまで分かってしまった」
記憶の共有ってのは便利だが、嫌なもんだな。
秒速29万2792キロメートル。
一秒で、この円形の惑星を7.5周する速度。
それが『光の速度』。
俺が出せる最速は、それだ。
勿論、通常、そんな速度を出さない。
だが、出さないだけで、完全雷化なら出せる。
……これは俺の怠慢の結果でもあるが……『準完全雷化』のような雷化を俺は獲得していない。
俺は二種類の技しかない。
通常の雷化。光速には及ばない。どれくらい出ているかは分からないが、銃弾より早いくらいの速度だろう。
完全な雷化。そちらは上述の光速、約29万キロを出すことが可能。
「【完全雷化】にしろ【雷化】にしろ。どちらも同じじゃ。
お主がその人間を越えた速度を生み出した『後』、その人体がどうなったのか。
忘れたは言わせん」
だから──テトは止めに来たんだな。
「術技で──お主の限界を越えたら。
その先の代償請求は、どれほどのものになると思う?」
答えには、不思議な実感があった。
俺の魂の部分で、『こうなるだろう』という予測があるんだ。
多分、良くても、術技はもう使えなくなる。そんな予測が。
俺の雷化する術技、【迅雷】はきっと今回で焼き切れる。
その煽りで、俺は多分、術技を使うことが出来なくなる。
【聖剣の勇者】の称号も、もちろん使えなくなるだろう。
そして、悪くすれば──。
「死ぬだろうな」
「雷化なんぞ人体の負担でしかない。ライヴェルグよ。完全雷化なら1秒だ。
……雷化でなら30秒。それが、限界ラインじゃ。それ以内でも、相当な負荷が掛かる」
だろうな。
「妾は、ただの剣。魂があれど剣じゃ。持ち主が行くというなら、どこへでも行く」
まぁ、俺だって死にたい訳じゃないんだ。
「そうじゃな。童貞のまま死ぬなどとは、死んでも死に切れんじゃろうな」
どどどど、どうていちゃうわ。
などと、強がっても仕方ないか……。
「……ほっほっほ。一層、死ねぬな、お主」
そうだな。死ねないな。
死なないように、努力する。
「術技の代償請求は、肩代わりが出来る部分は受け持つのじゃ。
どうせ、妾は壊れても治る」
……それは。……ありがとう。
「……ライヴェルグ。良いのじゃな」
ああ。
まぁ心を読めるお前じゃ、分かっているかもしれないけど。
改めて伝える。
俺は、どうしても。どうしても──
◆ ◆ ◆
「──ハルルに、……伝えなきゃいけないことがあるんだ」
目を開けて、窓の外。夜雲で隠れた空に向かい、俺は決意を呟いた。




