【16】感情の色【42】
◆ ◆ ◆
最弱の剣技を、教えよう。
この世で最も弱い力は、怒りに任せた力だ。
最強の剣技を、教えよう。
この世で最も強い力は、怒りを纏った力だ。
……同じじゃね?
俺の素直な感想だった。
まだ幼かった俺の冷静なツッコミに、彼女は──俺の親代わりである男勝りの師匠は──いつも通り豪快に笑った。
微妙に違うんだよ、微妙にな!
なぁ、ライヴェルグ。
感情に色があるとしたら、何色だと思う?
師匠が真面目な話をする時、大体がそういう謎かけ染みた質問をしてきた。
今思えば、常に考える力を付けさせようとしていたのだろう。
当時の俺はどう思っていたかって? 如何せん、俺は真面目な少年だったから、ちゃんと考えていたぞ。
反発はせず、『変な師匠を親と仰ぐことになったなぁ』と苦笑いばかりしていたがな。
怒りは、赤か? 悲しみは青かな?
感情の色彩は、人それぞれだ。
だが、自分の中で明確に色を意識するといい!
その色が、身体を纏うようなイメージがいい。
または、その色が剣を纏うようなイメージをする。
ライヴェルグ。
この世界で最も強いモノは、『感情』だ。
少なくとも私がそう思っているのは、それに勝るモノにまだ出会えていない故だ。
感情的であれ。
ばーか。いいんだよ、感情的で。笑って泣いて、怒って楽しんで。
感情を消すのは仕事中で客か上司に怒られてる時だけで十分。
感情に左右されない力なんて無いし、激情に崩れない弱さはない。
もっと感情的になっちゃえって。
感情が出せなくなって、笑えもしなくなったら、それが一番、つらいんだ。
無感情なヤツにはなってほしくない。お前はもっと感情的でいいんだ。それが一番強いんだからさ。
少し脱線したけど。
最強の剣技ってのは、怒りを纏った力ってことだ。
ただ、怒りのままに振舞うことじゃない。
何かに対する怒りを、まず、身体の中に仕舞え。
心臓なのか胃の腑なのか、それとも頭の中なのかは知らん。
好きな所に仕舞い込め。
そしたら、目を閉じて、大きく息を吸え。
鼻から呼吸すると、空気が脳に直接あたるみたいで気持ちいぞ。
そしたら空気を大きく吐け。吐きながら、目を開けて顎を引け。
落ち着いて怒りを引き出すんだ。
息を吐く度に、ゆっくりと目に映る世界にピントが合うように。
そして、吐き切った時、皮膚に感じる熱気に怒りと名前を付けろ。
これが、私の教えられる最強の剣技。
怒り式最強剣術の壱番にして最も強いスラッシュ・私・無敵ブレード改、感情と激情の合わせ必殺奥義だ!
……最後のは思い出さない方が良かったな。
夢と記憶の間で、もう一度だけ師匠を見た。
俺の、親。俺の師匠。俺の……大切な人は、キザったらしく笑って手を振った。
剣技の技名? ハッはーッ!
適当でいいんだよ。
お前の魂が叫びたいことを、叫ぶんだ。
カッコつけろ。
カッコつけなきゃ、カッコいいこともダサいことも分かんなくなっちまうからよ!
……その言葉を鵜吞みにした結果が、俺の黒歴史となるんだが、それは置いておく。
◆ ◆ ◆
そして目を開け──られてない。
おいおい。連続で夢世界とか、混乱しちゃうだろ!? 止めてくれよ!
今見てたのは、俺の夢だな。
んで、こっちは『違うヤツの夢』だ。
白い世界だ。
世界一面、水が広がっている。
といっても踝の辺りまでの水深。だが、水は靴に染みない。
水温も冷たすぎない。不思議な水だ。
ここは……久しぶりな世界だ。ここは紛れもなく『夢の中』。
厳密には『彼女の世界』の中。
「久しいのう、ライヴェルグ」
白い肌、白い髪、そして白い瞳。
そして衣服というよりかは、装飾品と言った方が良い物を身に纏っている。
大きな金のネックレスでその豊満な胸を隠し、煌めく宝石のベルトが艶やかな局部を隠す。
平たく言えば、痴女である。
「誰が痴女じゃ! 誰が!」
んで、地の文を読まれる。
しかし、久しぶりだ。
──彼女の名前は『時は飛び去る』。
勇者の聖剣だ。
俺は彼女『テンプス・フギト』の名前の『頭と尻を取って』、『テト』と呼んでいいことになっている。
「そう。偉大なる聖剣じゃ。まぁ、言い換えればマスターソ」
それはマジでやめてください。
「壱〇年も妾のことを放置したのじゃ。
嫌がらせの壱つも言いたくなるものじゃよ」
ベクトルが違うんだよ、嫌がらせの。
「さて、ライヴェルグよ。お主が目醒める前に、妾のナカ(意味深)に連れて来たのは、言いたいことが有ってなのじゃ」
もうツッコまねぇぞ、年齢二万年オーバー。
「殺すぞ餓鬼!! はぁ。単刀直入に言うが、良いか、ライヴェルグ」
なんだよ。
「……お主が目を醒ましたら、きっとその右腕を治すじゃろう。無茶をして、な。
それに纏わる話なのじゃ」
なんの話だ──と意識が繋がった。
そうだ。俺。
「待つのじゃ! 目を醒まそうとするでない! お主も解っておるじゃろ!
この世界は時間が進んでおらぬ。夢の世界じゃ。焦って飛び起きる必要などない」
そう言われても、焦るものは焦る。
俺は……ヴィオレッタと戦った。魔王の横槍で、俺は崖から落ちたんだ。
早く、ハルルを助けに行かないと。
「そう。助けに行くだろう。お主は、昔からそうじゃ。
自身を顧みず、仲間を救けに壱人向かう。
それ故に、妾は言おうと思ってじゃな」
彼女、テトは……珍しく真っ直ぐに俺を見た。
それはいつもの挑発的な態度ではない、目だった。
「救けに行くのを辞めるという選択肢は、無いだろうかのう」
一瞬。俺は初めてテトに怒りを向けそうになった。
だが、テトは、真剣な眼差しだった。
「彼女を──ハルルを諦める訳には、行かぬかのう」




