【16】目を開けて見る夢/目を閉じて見る夢【33】
◆ ◆ ◆
雲を掻き分け、星が飛び去る。
頬に当たる夜風が気持ちいい。
「たっ! 高いッスね!!」
背中からハルルの声がする。
「怖いか?」
「いえ! 楽しいッス!!」
「そうか。なら、もうちょっと早くするぞ」
「あ、ちょ、ひっ──」
──今、俺は空を走っている。背中にハルルを背負いながら。
俺の迅雷は発動すれば体の一部が雷化。足を雷化すれば空をも走れる。
「は、ははっ、凄いッス! 鳥より早い!」
「そりゃ雷だからな。でも、危ないから手を離すなよ」
そう言うと、ハルルの身体がぎゅっと俺にくっついた。
……背中に柔らかい感触が──す、術技に集中しないと、落ちる。
「師匠。ラニアンくんとピヨンちゃん、よかったッスね」
「ん。ああ、そうだな」
ラニアン少年と、ピヨンの二人の時間を邪魔するのも忍びなかったのもあり、俺たちはその場から離れた。
「手紙でやり取りって、憧れるッス」
「言われてみれば、お前と手紙で連絡を取り合う機会はそうそう無いな。
こんだけ近い距離だと手紙なんて中々やり取りしないもんな」
こんだけ近い距離、というか、同棲なのだが。
同棲という言葉が気恥ずかしくて違う言い回しをしたのは言わないでおく。
「えへへ」
「んだよ急に笑って」
「いえ、師匠。気付いてるッスか?
私は『手紙のやり取りに憧れる』って言っただけッスよ~?
手紙を送る相手、師匠とは言ってないのに~」
「……あー、手が滑って背中の荷物落としそうだわー。というか人を乗せて走ったことないから、揺れる揺れる」
「きゃ!? すみませんっ、冗談ッスよっ!」
ぐいっと抱き着かれる。恥ずかしいなこうなると。
「俺も冗談だ」
「えへへ。……でも、合ってるッスから」
「ん?」
「私が手紙でやり取りしたい相手。……師匠ッスもん」
「……朝、仕事行く前とか。置手紙とかしてみるか?」
「もうっ、そうじゃないッスよ!」
「はは。分かってるよ」
でも、手紙か。
言葉を文字にすると、普段は思ってないようなことを改めて確認できる。
ちょっとやってみたいかもしれない。
「明日、便箋でも買いに行くか?」
「やってみます!? えへへ、一緒に暮らしてて手紙って不思議ッスけど、やってみましょうか!」
「ああ。やってみるか。とはいえ、俺、文字そんなに綺麗じゃないぞ」
「綺麗じゃないッスかー! 竜の足跡のように力強いッス!」
どういう表現か分からんが、それ褒めてねぇな???
「そういえば、ラブトルとメーダは王都に家があるって言ってたな」
「そッス! メーダさんが貴族のご令嬢なんスよ!」
へぇ、ダルダル女子が。
「ちゃんと帰ったかね、アイツら」
「あはは。さ、流石に、自重したと思いまスよ。ラニアンくんとピヨンちゃんの恋路、ずーっと覗く程に趣味が悪い訳が、ない、と」
「ちょっと自信なさ気じゃん??」
「まぁ、今日のデートを尾行してきたくらいッスから」
──瞬間、俺らの会話が止まった。
デートというワードを改めて言うと、少し照れ臭いどころじゃなく……恥ずかしがっていた。
風を切る音だけが聞こえて。
「ま、まぁラブトルとメーダはいくら何でもここまでは追ってこないよな」
話題を繋げながら、デートには触れなかった。
「そ、そ、そッスね! で、師匠の行きたい場所って?」
「ああ。もうすぐそこだ」
そう……俺には、行きたい場所があった。
この、で……デート。デートの最後に、連れて来たかった場所。
その場所は、ある意味じゃつまらない場所で、ある意味ではとても思い入れのある場所だ。
「ここだ」
「ここって?」
ここは、なんの変哲もないちょっとした岩山だ。
厳密に言うと岩山に寄っている山で、四割くらいは木々も生えている。
近くには旧城塞都市も見える。
この山は、そんなに背が高くない。
何の装備も無く登ることも出来る程度の山だ。
そして、この山は頂の近くまで登ると王都が一望できる。
俺は少し開けた岩の地面に着地する。
空は星。遠くに王都の家々の優しい灯り。
「いい景色ッスね」
「ああ。景色もいいが、それよりな。実は、ここ秘密の場所なんだよ」
「秘密の場所?」
「ああ。ルキすら知らない」
「なんと!」
「俺が、まだ駆け出しの冒険者だった頃。この岩山で最初の訓練があったんだ」
◇ ◇ ◇
──『それぞれの夢を言おう!』
緑髪の女騎士、サシャラがそう言いだしたのを思い出す。
『ちなみに、私は巨万の富! 富、名声、力の内、富オンリーだ!』
富だけかよ。と皆でサシャラにツッコミを入れたのをよく覚えている。
『夢というか目標は、自分の領地を持つことだ』
銃師のドゥールはそう言った。
『サイコーの魔法を見つけることデス! ワタシたちでも使える魔法をワタシたちの国に持ち帰りマス!』
後に機人族の姫と分かるメッサーリナは決意に満ちていた。
『なぁ、ライ。キミは?』
俺はその時、答えられなかった。
その時の俺は、夢も目標も特になかった。生き残る為の力だけを師匠から貰っただけで。
だから。
◇ ◇ ◇
「その、石が昔から変わってない。そこに、皆で腰掛けた」
俺はあの時に座った場所に腰を下ろす。
偶然か、ハルルは俺の隣。サシャラが座っていた場所に座った。
「みんなで、夢を語ったんだよ。まぁ、ライヴェルグの名前が知れ渡る前夜だな」
「ほほう!! そんなレアエピソードがっ!」
「ああ。ここで、少し俺も夢を語ろうと思ってさ。あの頃の、俺たちに、な。……そうだ、ちなみにお前の夢は」
「小説家ッスー!! 師匠たちの活躍を再編して、世にババーンと師匠と勇者たちの真実を広めるんスよ!」
ただの黒歴史拡散器か……!? ったく。
「俺は、……その当時、夢が何にも無くてさ。
その後、色々な人間に出会って。戦って、笑って泣いて。……俺も、夢を持てるようになった」
ハルルは、少し静かになった。こういう時、女子ってすぐ察しちゃうから、凄いよな。
「……交易都市とか、まぁもっと人が少なかったり。東の。まぁどこかの宿屋兼農家の、一部を借りてさ。喫茶店とか、開けたらいいなって思うんだよ。便利屋、でもいいんだけどさ」
「それ、って」
「……」 心臓、バクバクするね。
「……」 ハルル、頬赤いけど。
「……」 わ、かってる、って。喋らないと、次、何も進まないんだって。
「ハルル」
「……はい」
「みぃつけた」
その時、二人は瞬時に立ちあがった。
薄暗い黒い森の中から、大鎌を引きずった少女が近づいて来ていた。
黒緑色の髪に、紫水晶のような瞳の、黒い靄を纏う少女──ヴィオレッタがそこに居た。




