【04】 ── ──── 【10】
ルキの扱う属性魔法という物は、何もない所から魔法を発動することは出来ない。
つまり、水分が無い場所では水魔法は発動出来ないし、鋼鉄で作られた白銀の剣も、鋼鉄が無ければ作り出せない。
ルキの魔法で作られた白銀の剣。
その剣は、ルキの片脚の義足を使って作られたものだ。
「い、たっ……ぃ」
左肩から右の腰まで、背中を大きく斬られた少女は激痛に顔を歪ませ、ジンを睨む。
「まだやる気か? 一応、言っておくが、浅くは斬ってない」
刀傷は、本来、致命傷だ。
背中を斬られたなら、その痛みで身動きも取れないのが普通だ。
確かに、ジンは加減して斬った。
だが、それは、死なないように加減しただけ。
今、少女は立ち上がっているが、激痛で戦うなど不可能だ。
「靄、まい」
少女の掌から靄が出た。しかし、すぐに霧散する。
術技を維持する集中力も、体力も、少女には残っていない。
足の力が抜け、よろける。膝をつく少女。
「っ……つよ、すぎじゃない?」
少女の足元から広がる血の量から見る。
ジンは剣を構えたまま、静かに少女に歩み寄る。
「人体を流れる血液の量は、体重のおよそ13分の1だ。
お前の体重が45kg~50kgだとしたら、およそ3.4リットル~3.8リットル」
少女はジンを睨んではいるが、動けない。
「通常、人体は血液の20%を失うとショック状態、つまり、意識混濁や呼吸不全を招く。
お前の体重が予想通りなら、680ミリリットルから760ミリリットルの出血をした時点で、
まともな状態ではいられないし、処置しなければ死ぬ」
「……女の子の体重は、羽根の重さ、って相場、決まってるんだけど」
「そうか。だとしたら、お前、もう失血死してるな」
「くすくす……つまんない、……男っ」
靄をあてずっぽうに飛ばしてくる少女。
もちろん当たらない。
「激痛の中、それだけ戦えるのは精神力が凄いからだ。
それは認める。だが、精神論ではもうカバー出来ない出血量のはずだ」
ムカつく。少女の目が血走る。
ムカつくムカつく。少女は口からも血を吐く。
ムカつくムカつくムカつく。少女は血溜まりに伏した。
「 ── ──── 」
「何?」
少女の小さな呟きを、ジンは聞き逃さなかった。
その直後、血が、沸騰している。少女の周りにある血が煙となって黒い靄になる。
黒い靄が、少女の体を一瞬にして包む。
「っ!」
まだやる気か。最悪、少女を殺すかもしれない。
一瞬の思考の後、殺すという覚悟を決めてジンはまっすぐに靄へと斬りかかった。
極光。黒い靄が辺りを朝と見間違わせるほど、一瞬だけ輝いた。
対地竜時に、自らも道具でやった怯みを取る攻撃。
しまった。と身構え、すぐにルキの方へと転身。
視界がぼやけている。目を焼く極光だったが、なんとか見える。
目を擦ると、ルキは無事だ。
「大丈夫か、ジン」
「ああ。まだ見辛いが」
「ジン。してやられたよ」
「何?」
「きっと仲間がいたんだね。あの子、消えたよ」
ジンは血溜まりの方を見た。
「……そうか」
二人はほぼ無傷。
精々、不意打ちの目潰しの光で、今、目がやられた程度。
だが、何も言わなくても、二人はこの戦いを勝利と思えなかった。
あの少女は、魔王討伐の勇者と戦い、今、生き延びた。
最初から命のやり取りをする戦いとして、二人は見てなかったのもある。
だが、それでも、あの少女は生き残った。
「あの子、なんなんだと思う?」
「道場破り、にしては、イカレすぎてたな」
ルキのことを軽く持ち上げ、俗にいうお姫様抱っこするジン。
「ちょっ、と! キミ!?」
「なんだよ。車椅子も無いし、片脚も無いし、これしかないだろ。ほら、さっさと帰るぞ」
「それはそうだけどもっ」
まだ胸に少し、棘を残しながら、ジンはルキを抱きかかえ、家へと戻る。
一度、石橋の上の血溜まりへ振り返った。
少女が、最後に呟いた言葉。
『 次は お姉ちゃんを 』
ルキをまだ付け狙うということか?
次……次が、ある。
ジンは何か不安な棘を胸に抱えながら、ルキの家へと戻っていった。




