【16】自分に殉じろ【30】
◆ ◆ ◆
──王位は、砂糖菓子で出来た衣である。
その衣は、羽織っているうちに徐々に溶けてしまう。
その衣は、多くの愚衆を集めてしまう。
その衣は、それを編む者たちが居なければ成り立たない。
おじい様が余方に遺してくれた書物に、そのような言葉が書いてあった。
それは、王の権威の心得である。
永遠に権力は続かない。
利益に集まる邪な者がいる。
そして、王とは、人に王と認められて初めて王として成り立つ。
おじい様は余方が生まれる前に死んでしまった。
だが、おじい様のことを余方は深く勉強した。
余方の名前は、ラニアン。
ラニアン・P・アーリマニア。七歳である。
良く出来た七歳と言われているが、これは我が国アーリマニア王国の王子が受け継ぐ『秘中の秘』──継承を行える【術技】による影響が大きい。
『王冠の術技』、【若き王道】曰く、十一歳の誕生日を迎えるまで、知識を二倍の速度で吸収できるそうだ。
精神年齢も倍。魔法技術も倍。
だから余方は実質十四歳と言っても過言ではないのだ。
無論、この術技は秘中の秘──誰かに伝えるのは禁じられている。
だから出来過ぎている七歳を演じるのである。
余方は、王子としての教育は多く受けた。
他者と関わるのも最小限にすべきだと、理解している。
余方を傀儡に仕立てようとする者たちがとても多いことも、理解している。
その中から、信頼に足る者だけを傍に置くべきである。
さもなければ、おじい様──先王『ダックス・H・アーリマニア』王の如く……。
いや、これ以上は王国の秘。それに証拠なきこと。
全て忘れなければ。
ともかく。余方は、宮中に居場所などなかった。
針の床のような宮中から逃げ出して、『元勇者』によくして貰った。
その者は、市井に安全な隠れ家を要してくれた。元はおじい様が使っていた秘密の家だそうだ。
最初は、本の世界に没頭した。おじい様の残した多くの本は、余方を夢中にさせた。
ライヴェルグ殿を好きになっていったのはこの時の本の影響が強いだろう。
そして、ある時から余方は、手紙の世界に没頭していく。
そこは余方を一人の人間として見てくれる。
そんな世界で、その人と偶然出会った。
彼女とは、同じ目線で多くのことが話せた。
各地を旅する生活に、余方は憧れた。
大人びた考え方の彼女に、憧れた。
だから、嘘を吐いてしまった。
今日出会った者たちにも、真実を告げた方がいいと言われている。
……正直に言えば、恐ろしい。
幻滅されるのが。怒られるのが。
失望されるのが。もう、言葉を交わして貰えなくなるのが。
怖くて怖くて、たまらない。
でも、それでも。
一目。せめて一目会ってみたい。
それで。
◆ ◆ ◆
──ジンとコルテロが到着する、数十分程前。
ニア少年とハルル。二人は意外と会話が少なかった。
ニア少年は年頃の男子らしく、会話を投げかけられなければ返せない。
ハルルはハルルで、話題のきっかけが見つけられずにいた。
その辺のコミュ力はラブトルとメーダが勝るようであった。
だが、意外な所で二人は意気投合する。それは趣味。
「ライヴェルグ殿はやっぱりカッコいいのだ!」
「そッスよねー!! そーッスよね!」
ハルルとニア少年は《雷の翼》のライヴェルグ熱狂者。
ラブトルとメーダを置いて、二人だけの有識者領域を展開していた。
「ちなみに、一番好きな技は宙楼貫・雷跳なのだ!」
「渋い所行くッスね! 二回くらいしか使われていないッスよねー!」
「それが良く! 宙楼貫・飛天もカッコいいのだが……雷跳は」
「あ、分かったッス! 勇者チップスのカードの構図ッスね!?」
「さ、流石、ハルルさん! そうなのである! ノーマルカードでありながら、あの構図……!」
「堪らないッスよね。こう、こー、こう!」
肘を前に突き出して、顎を隠すようにしながら前かがみ。
二人でそのポーズをしている姿は中々シュールである。
ラブトルとメーダは苦笑していたが、二人は熱中していた。
「ハルルっち、マジで勇者好きなんだねぇ~」
「ねー。そんなに好きになれるものがあるのが羨ましいわ」
「雷跳は決め台詞もカッコいいのである!
『雷に貫けない物はない。意地と正義は貫かせてもらう』!」
「いいッスね! あ、それだったら私は──うーん」
「?」
ハルルは少し考えた。ラブトルはおやっと思っていた。
ライヴェルグの話題で彼女が少し考える瞬間なんて、過去には無かったから。
「『自分の心の声に耳を傾けろ。最後まで自分に殉じろ』ッスかね」
「……それは、最初の戦いの」
「そッス。ライヴェルグ様の通常攻撃の後の台詞ッスね!
まだ奇襲部隊だった時代ッス。皆を鼓舞する為に言った言葉ッス!
差し出がましいかもしれないッスけど、今のニア君に必要かと思いまして」
「……余方に」
「ええ。やっぱり、嘘はよくないッスよ。いえ、違うッスね。
嘘は必要なら、いくらでも吐いていいと思うッス」
「おーい、ハルルちゃーん。小っちゃい子に何を吹き込んでるー」
「えへへ。でも、自分はそう思うッスよ。誰かの笑顔を作る為には、嘘も必要ッス。
でも、嘘だけじゃ笑顔は作れないんス。本当の気持ちと、素の自分が絶対に必要ッス」
ニアは目を背け──唇を噛んだ。
「ニアくん。他に何か、隠し事があるんじゃないッスか?」
「……! そ、それは」
「言えないなら、言わなくてもいいんス。ただ、もし──」
そして、林から黒いスーツの男たちが現れた。
投げられた刺針をハルルは蹴りで弾いた。
「──もし、私たちで力になれるなら! 言って欲しいッス!
一緒に謝りに行くでも、このスーツたちをぶっ飛ばせでも!
力になるッスよ!!」
追記
昨日の後書きでお休みを頂くという旨を記載しておりましたが、体調も回復傾向にある為、本日分を投稿させていただきました。
その為、明日(9/8、金曜)一日だけお休みを頂き、土曜日から毎日投稿を再開したいと思います。
ご心配をおかけして申し訳ございません。
次回から元気に投稿させていただきます。
ありがとうございます!




