表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

327/844

【16】死地に立つ【28】


 ◇ ◇ ◇

 

 教訓を。一つ胸に戒めようと思う。


 俺よ──探偵のように、注意深くあれ。



 俺は戒める。

 相手が何を『好む』のか。

 落ちていた『伏線』を、しっかり拾い上げ、回収すべきだった。

 俺は……スルーしてしまった。


 ニア少年と、俺たちはどこで出会ったか。

 その時、何を拾ったのか。

 文通友人(ペンパル)と何の話題で盛り上がっていたのか。

 そして……そう。夜会。ナイト・ガーデンパーティー。

 ガーデンパーティーを何故、夜にやっているのか。

 冷静に考えたら、当たり前だが。

 この時の俺は、まだ気づいていなかった。

 気付くのは──そう、この後。

 その時、俺は──……死地に立たされた。



 ◇ ◇ ◇



 肩まである灰銀色の髪に、少し焼けた肌の色。

 深い桃色のドレスに幾つもの金の飾りを鏤めた踊り子の彼女。

 切れ長の細い目に、すらっとした身体で蠱惑的な魅力を放っている。

 彼女の隣にいた朱色のドレスの少女は、俺と女性を交互に見やる。

 彼女は少女に、また後で、と呟いてから俺に向き直った。


「ニアくん、ですよね」

「ああ。貴方は、ピヨンさんだね」

 俺が訊ねると、彼女は微笑んだ。

 隣の少女は察したのか、サッとその場を後にした。


 あれ──あの子、どこかで見た気がする。

 最近、物覚えというか、物忘れというか……。

 あ。そうだ。あの子は王都に向かう途中に『赤いドレス』が亡くなったと泣いてた子じゃないか?

 っと。もしそうならあまり関わるのは良くないな。俺が今演じてる『ニア・M・ポーラン』は王都生まれ王都育ちの金持ちそうなヤツは大体友達~♪ な男なんだからな。


「あの子は?」

「妹だよ」

「へぇ。歳、結構離れてるの?」

「そ。11個違い」

「仲がよさそうでいいね」

「ありがと。ケンカしたことないんだよー」

 にこりと彼女は笑った。


「ニアくん。本当に来てくれたんだね」


「まぁ。約束、だからな。両手いっぱいの花束は間に合わなかったが」

 こっぱずかしいことを言ったのはアドリブではない。

 それは手紙での約束だ。ニア少年が手紙で、会う時は両手いっぱいの花束を持って行く、と書いたらしい。

 それを覚えているアピールして欲しい、との要望を叶えたまでだ。


「覚えててくれたんだ。そっか。じゃぁ」

 ぺろっと彼女は舌を出して微笑んだ。なんだ?

 机の上に置かれていた果物を一つとって俺に投げてきた。

 レモン。ライム。それからコップ。


「コップはあぶねえよ?」

「あはは。でもキャッチ出来たからセーフでしょー。

じゃ、約束通り! 果実手絞りジュースお願いします!」



「……え?」



「え? 約束だったよね?」

「やく、そく?」

 聞いてない。そんなこと書いたなんて。

「え、手紙に書いてたじゃん。パーティー会場着いたら、手絞りジュースを全員に振舞うって」


 ニア。


 おい。おーい!! なんだそれ。知らんぞ!?

 ニア!?


「覚えてないんだ?」

「い、いや。覚えてるとも。少し待ってくれ。手を洗う」


 落ち着け。よく考えれば謎特技に手絞り云々あった気がする。


 文通の難しい所は、送った内容を確認できないことだ。

 特に、長く文通を続けているとよくあるのが、相手から『それは面白いね!』という同意の文章の『それ』が何を指していたか、忘れてしまうということ。


 ピヨンさんの言う『手絞り約束』はきっと、ニアが何気なく書いた一文だったのだろう。本人も忘れるくらいの。


 だが、──呼吸を整える。突発的だから面食らったが、冷静になれば想定内だ。


 指を握って開いてを繰り返す。

 レモンもライムも、身体強化すら必要ない。


 そもそもこのくらいの果物なら、コツさえ分かれば10歳の女子ですら手で行けるのだ。……持論だが。


 氷の入ったコップに、レモンとライム。それから炭酸水と砂糖と塩を少々。

 ほら見事な手作りレモラムのジュース(プレイフル・ドギー)だ。


「さ。どうぞ」

「ありがと! でも、後、最後にこれを絞るって書いてあったけど」

 これ?

 絶景を使わなくても動体視力で『それ』は分かる。



 独特な茎のある楕円形に似た形の果物。殺意の籠った皮は、鰐の鱗みたいな凸凹。



 南方離島区の名産品──『棘松鳳梨(パイナポー)』。


「いやいや! おかしいじゃん! それは違うじゃん!? 投げちゃ駄目じゃん!!?」

 賽は投げられた! というか、パイナポーは投げられた!!

 避ける? いや食品ロスは駄目だ!


 決死。両腕で抱きかかえるようにキャッチした。

 キャッチしただけで痛いわ。ずっしりと重てぇし。


「おお~! 凄い! ニアくん、力持ち~!」

「力関係なくねっ……」


「あ、それ、素手で割るんでしょ? 見てみたいなぁ」

「……いやいや、これはカットした方がいい。まず、この茎の部分をこう、くるっと回しながら引っ張って取ってだな」



「え……だって。手紙に、必殺技の『パイナップルブレイク・アイアンクロー』を見せてくれるって書いてあったのに?」



 そんな約束より、そのクソダサい技名にツッコミをいれてぇよ。

「い、いや、切った方が美味しく」

「手紙で約束したのに?」

 腕の中のパイナポーを見る。

「……は。ははは。も、もちろん。いいぞ」

「ちゃんと技名も言ってよね」


 技名、技名──ふと周りの注目が一気に集まった。おいおい。なんだよ。


「いや、それは……ははは。技名は言わない方向で」

「え? 言わなきゃダメじゃない? 皆期待してるけど」

「いやいや、期待って」




「技名を叫んでから攻撃する。それが最強の勇者、ライヴェルグ様の嗜みでしょ?」




 俺は一瞬、全身に力を入れた。

 俺のことがバレている──と、いう訳ではなさそうだ。

 相手から『敵が放つ悪意』を感じなかった。

 どれかというと、『当たり前が理解されない当惑』な顔だ。


 俺は、不意に振り返った。




 そして、横断幕。それから『夜会の看板』をようやく目の端で確認した。




 ──最初に拾った落とし物は『ライヴェルグの限定詩集』。

 ──文通友人の共通趣味は、なんだったのか。

 ──そして、夜会。夜にやるお洒落もあるが、人目を気にしているとしたら?

 ──公に好きだというと、多くの勇者たちから白い目で見られる存在。




 俺は──……死地に立たされた。

 または、地獄の中央に投げ捨てられたように。




 『《雷の翼》ライヴェルグ様 ──ファンの集い』。




「技名、言っとこう♪」

 ピヨンさんの無邪気な笑顔に俺は凍り付いていた。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ