【16】死地に立つ【28】
◇ ◇ ◇
教訓を。一つ胸に戒めようと思う。
俺よ──探偵のように、注意深くあれ。
俺は戒める。
相手が何を『好む』のか。
落ちていた『伏線』を、しっかり拾い上げ、回収すべきだった。
俺は……スルーしてしまった。
ニア少年と、俺たちはどこで出会ったか。
その時、何を拾ったのか。
文通友人と何の話題で盛り上がっていたのか。
そして……そう。夜会。ナイト・ガーデンパーティー。
ガーデンパーティーを何故、夜にやっているのか。
冷静に考えたら、当たり前だが。
この時の俺は、まだ気づいていなかった。
気付くのは──そう、この後。
その時、俺は──……死地に立たされた。
◇ ◇ ◇
肩まである灰銀色の髪に、少し焼けた肌の色。
深い桃色のドレスに幾つもの金の飾りを鏤めた踊り子の彼女。
切れ長の細い目に、すらっとした身体で蠱惑的な魅力を放っている。
彼女の隣にいた朱色のドレスの少女は、俺と女性を交互に見やる。
彼女は少女に、また後で、と呟いてから俺に向き直った。
「ニアくん、ですよね」
「ああ。貴方は、ピヨンさんだね」
俺が訊ねると、彼女は微笑んだ。
隣の少女は察したのか、サッとその場を後にした。
あれ──あの子、どこかで見た気がする。
最近、物覚えというか、物忘れというか……。
あ。そうだ。あの子は王都に向かう途中に『赤いドレス』が亡くなったと泣いてた子じゃないか?
っと。もしそうならあまり関わるのは良くないな。俺が今演じてる『ニア・M・ポーラン』は王都生まれ王都育ちの金持ちそうなヤツは大体友達~♪ な男なんだからな。
「あの子は?」
「妹だよ」
「へぇ。歳、結構離れてるの?」
「そ。11個違い」
「仲がよさそうでいいね」
「ありがと。ケンカしたことないんだよー」
にこりと彼女は笑った。
「ニアくん。本当に来てくれたんだね」
「まぁ。約束、だからな。両手いっぱいの花束は間に合わなかったが」
こっぱずかしいことを言ったのはアドリブではない。
それは手紙での約束だ。ニア少年が手紙で、会う時は両手いっぱいの花束を持って行く、と書いたらしい。
それを覚えているアピールして欲しい、との要望を叶えたまでだ。
「覚えててくれたんだ。そっか。じゃぁ」
ぺろっと彼女は舌を出して微笑んだ。なんだ?
机の上に置かれていた果物を一つとって俺に投げてきた。
レモン。ライム。それからコップ。
「コップはあぶねえよ?」
「あはは。でもキャッチ出来たからセーフでしょー。
じゃ、約束通り! 果実手絞りジュースお願いします!」
「……え?」
「え? 約束だったよね?」
「やく、そく?」
聞いてない。そんなこと書いたなんて。
「え、手紙に書いてたじゃん。パーティー会場着いたら、手絞りジュースを全員に振舞うって」
ニア。
おい。おーい!! なんだそれ。知らんぞ!?
ニア!?
「覚えてないんだ?」
「い、いや。覚えてるとも。少し待ってくれ。手を洗う」
落ち着け。よく考えれば謎特技に手絞り云々あった気がする。
文通の難しい所は、送った内容を確認できないことだ。
特に、長く文通を続けているとよくあるのが、相手から『それは面白いね!』という同意の文章の『それ』が何を指していたか、忘れてしまうということ。
ピヨンさんの言う『手絞り約束』はきっと、ニアが何気なく書いた一文だったのだろう。本人も忘れるくらいの。
だが、──呼吸を整える。突発的だから面食らったが、冷静になれば想定内だ。
指を握って開いてを繰り返す。
レモンもライムも、身体強化すら必要ない。
そもそもこのくらいの果物なら、コツさえ分かれば10歳の女子ですら手で行けるのだ。……持論だが。
氷の入ったコップに、レモンとライム。それから炭酸水と砂糖と塩を少々。
ほら見事な手作りレモラムのジュースだ。
「さ。どうぞ」
「ありがと! でも、後、最後にこれを絞るって書いてあったけど」
これ?
絶景を使わなくても動体視力で『それ』は分かる。
独特な茎のある楕円形に似た形の果物。殺意の籠った皮は、鰐の鱗みたいな凸凹。
南方離島区の名産品──『棘松鳳梨』。
「いやいや! おかしいじゃん! それは違うじゃん!? 投げちゃ駄目じゃん!!?」
賽は投げられた! というか、パイナポーは投げられた!!
避ける? いや食品ロスは駄目だ!
決死。両腕で抱きかかえるようにキャッチした。
キャッチしただけで痛いわ。ずっしりと重てぇし。
「おお~! 凄い! ニアくん、力持ち~!」
「力関係なくねっ……」
「あ、それ、素手で割るんでしょ? 見てみたいなぁ」
「……いやいや、これはカットした方がいい。まず、この茎の部分をこう、くるっと回しながら引っ張って取ってだな」
「え……だって。手紙に、必殺技の『パイナップルブレイク・アイアンクロー』を見せてくれるって書いてあったのに?」
そんな約束より、そのクソダサい技名にツッコミをいれてぇよ。
「い、いや、切った方が美味しく」
「手紙で約束したのに?」
腕の中のパイナポーを見る。
「……は。ははは。も、もちろん。いいぞ」
「ちゃんと技名も言ってよね」
技名、技名──ふと周りの注目が一気に集まった。おいおい。なんだよ。
「いや、それは……ははは。技名は言わない方向で」
「え? 言わなきゃダメじゃない? 皆期待してるけど」
「いやいや、期待って」
「技名を叫んでから攻撃する。それが最強の勇者、ライヴェルグ様の嗜みでしょ?」
俺は一瞬、全身に力を入れた。
俺のことがバレている──と、いう訳ではなさそうだ。
相手から『敵が放つ悪意』を感じなかった。
どれかというと、『当たり前が理解されない当惑』な顔だ。
俺は、不意に振り返った。
そして、横断幕。それから『夜会の看板』をようやく目の端で確認した。
──最初に拾った落とし物は『ライヴェルグの限定詩集』。
──文通友人の共通趣味は、なんだったのか。
──そして、夜会。夜にやるお洒落もあるが、人目を気にしているとしたら?
──公に好きだというと、多くの勇者たちから白い目で見られる存在。
俺は──……死地に立たされた。
または、地獄の中央に投げ捨てられたように。
『《雷の翼》ライヴェルグ様 ──ファンの集い』。
「技名、言っとこう♪」
ピヨンさんの無邪気な笑顔に俺は凍り付いていた。




