【16】大人の男に成りたいのだ!【25】
◆ ◆ ◆
ハルルとジンが少年を助けている姿を、曲がり角で覗く影が二つあった。
金髪のラブトルと、黒髪のメーダ。
「警兵、呼ぶまでも無かったわね」
「流石、ハルルっちの師匠……」
二人は普通に尾行し、ハルルとジンの戦いを見ていた。
「でもあの二人、本当に普通のデートにならないのね」
「確かに~。トラブルに巻き込まれた形みたいだし」
「とりあえず、ちょっと離れましょう。ここに居たら鉢合わせしちゃう」
「はぁ~あ~。これだけ薄暗い路地だし~キスの一つでも見れると思ったのになぁ~」
「あんたそんなこと考えてたの? ハルルちゃんはこういうとこでキスしないわよ」
「え~わかんないじゃん~。暗がりイコール盛り上がり」
「何その方程式」
「男も女も暗い所で燃え上がる訳よ~」
ゲスな笑顔を浮かべ笑うメーダを見てから──ラブトルは青い顔をした。
何で急に青い顔になったのか分からなくて、メーダは眉間に皺を寄せた。
だが、すぐに背後に感じる殺気にも似た空気に、全てを察した。
「何でお二人がここに居るんでしょうか?」
「あっ……」「あ~……」
銀白の柔らかそうな髪の色。その毛先だけ鮮やかな桜色のハルル。
彼女は腕を組み、まるで犯罪者でも見るかのような、とても冷たい目で、二人を見ていた。
「……尾行はしない、って言ってませんでしたっけ」
「び、尾行はしてなかったよ!」
「そ、そうそう~。先回りばっかりしてた~」
「……ほう」
ハルルの目からどんどん温度が抜けていく。
ハルルは深く溜息を吐いた。
「師匠。すみませんス。最初から尾行されてたようッス」
ハルルの言葉にジンは照れたような苦笑いを浮かべていた。
「とりあえず、ここで話すのもなんですから、移動しましょう」
「さ、さ~んせ~い」
◇ ◇ ◇
城下町の外れには少し広めの公園がある。
そこの公園に置かれているベンチに腰掛ける。
俺の隣には 少しうねったクセのある金髪。鳶色の目。どこか賢そうな顔立ちの少年。
それから、ハルルと……ハルルの友人のラブトルとメーダまで居る。
友人らに見られていたとは……。悪意や敵意があればすぐに気付けるんだが。
いや、それは言い訳か。
俺も浮かれていたようだ。初心者尾行の視線に気付けないとは。
「ジンさん、怒ってます?」
恐る恐るラブトルが訊ねてきた。
「怒ってはいないよ」
「私は怒ってるッスけどね」
「だそうだ。まぁ、それより、だな」
ラブトルとメーダのことは後回し。
まずは、この少年の話から聞こうかね。
「一応、真面目に取り合ってやるが……まず、自己紹介だな。俺の名前はジン。便利屋だ」
「弟子のハルルッス!」 弟子じゃあ、ない。
ラブトルとメーダも自己紹介をし終えたので、俺は言葉を続ける。
「で、キミの名前を聞いてもいいか? 何て呼べばいい?」
「えーっと、親しい物は皆、ニア、と呼ぶのだ」
ニア。名前の響きまでどこかで聞いたような気がする。
まぁ、いいか。
「そうか。じゃぁニアって呼ぶぞ。で──ニア。お前何歳だ?」
「七歳になったところなのだ」
「そうか。……どうして、そういう店に行きたいんだ?」
「そういうお店??」
「あー、えーっと。お前が行きたいって言った」
「風俗店のことか!」
少年の口から中々に出ない言葉がまたも跳び出した。
メーダが、ほう、と腕を組む。
「風呂屋か戯屋か、それが問題だ」
べちこんっ! とメーダの背が叩かれた。
ラブトルとハルルの同時攻撃である。
「そーぷ? へるす??」
ニア少年の口に何言わせてるんだお前は。
「本番の有無が──がはっ!」
「ニア、気にしないでくれ」
「いや、気になるのだ。その質問が出ると言うことは、なるほど、風俗店には区分がある?
のならば、そこの黒髪の女子よ! 余方に詳しく教えてくれないか??」
変に聡明なのは考え物だなぁ!
「合点承知の──」
ラブトルに首根っこが掴まれた。俺が何か言うより早くて助かるわ。
「メーダ。少年相手の説明、って分かってるわよね?」
「流石に健全ラインで話してくださいッスよ?」
低い声で二人に脅され、メーダは引きつっていた。
「みな、子供に説明し難いのであれば、答えて欲しいのだ」
その様子を見てか、ニアが声を上げた。
「その──『そーぷ』と『へるす』の区分は分からないが」
「あと茸診察もあったわ」
メーダの言葉に、ラブトルが鳩尾に蹴りを入れていた。
「どちらが『大人の男』に成れるだろうか」
ニアの真面目な声に、俺たちは一瞬、首を傾げた。
「どうしても、余方は……今夜までに、『成人男性に』……!
大人の男に成りたいのだ!」
「……待て。ニア。ちょっと待て」
「ん? なんだ?」
「お前の要望は、何だって?」
「だから風俗店に行くことである」
「えーっとな。風俗店行って、どうなりたいんだ?」
「大人になりたいのだ! 十七歳。いや、二十歳を越えたい!」
……。……お、おうっ!
ハルルを見た。少しほっとした一息を吐いて、ラブトルもそういうことかと頷いていた。
メーダだけなんか少し残念そうな顔なのは何でなのか。
「えっと。な。ニア……風俗店って。あー……」
ニア少年はキラキラした目を俺に向けている。
「大人になれるのであろう!」
「いや……大人が遊ぶ場所であって、大人になれる訳じゃ」
「しかし宮中ではみな、一つ上の男になったと話題であった!!」
「いやそれ別の意味!」
「じいやも昇天寸前だったと聞いた。
今、六十のじいやが昇天するとすれば、十年追加されたと考えるのが順当である」
「順当じゃないだろっ。というかじいやが昇天するのはもっと先であれ!」
「あと昇天寸前だったのは、じいやのじいやね~」
「メーダ、お前、あっちに行っててくんない????」
「何なのだ? ジンよ。詳しく説明してくれ。
大人はみな行っていると父も言っていたのだ」
「行かずに大人になってる俺もいる!」
「??」
「ハルル。俺、ちょっとこの子に説明すっから。その」
「は、はいッス! 飲み物でも、買ってくるッス!」
察してくれて有難いよ……。
──女子三人は、近くのジュース屋台に並んでいる。
その背中が見えている間に、聡明なニア少年に……説明をした。
まぁ、誤解を解いて……行ったことないから具体的なことは説明出来ねぇけど。
少し話して誤解の始点は見えた。
風俗という意味を、しっかりとニアは調べたらしい。
彼は良い所の子供のようで……辞書で調べたようだ。
辞書には俗事が乗っていなかったようだ。
『ならわし』・『しきたり』・『よそおい』・『身なり』。正式にはそういう意味だもんな。
そして、周りの人間の話を総括した結果の……今である。
そして、三人が戻って来た時、ニアは顔を少し赤くして俯いた。
「……その、女子お三方。すまなかったのだ。えっと……その。
まさか、風俗店というお店が、その、え、え……えっちなお店だとは……知らなかった、のだ」
何故か、メーダだけ、にんまりとした怪しい笑顔を浮かべていたのは放っておこう……。
「……しかし、困ったのだ。そうなると……」
ニアは落ち込み項垂れた。
「ああ、そうだったな。今夜までに大人になりたいって。どういうことだ?」
問いかけると、ニアは心底困った顔をした。
「……言い辛いのだが……実は……約束をしてしまったのだ」




