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【16】真の熱狂者【22】



 ◆ ◆ ◆




 10年前は、何をしてたか。




 10年前のことを思い出すと、意外と昔の自分と考え方が同じで、成長していないなぁと実感する瞬間もある。

 同時に、10年前はこんなこと考えなかったなぁ、という発見もある。あの時は、夢にも思わなかった。

 10年後の今。女の子と、二人で一緒に、買い物している。


「見てください、師匠! これ、凄い可愛いッスよ」


 そう。ハルルと俺の、デート。

 ハルルは楽しそうに──その本を俺に見せて微笑む。




「『秋スタイル・ライヴェルグ写真集』! これは持ってないんで欲しいッスよね!!」




「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」




 壁一面。ライヴェルグ・ライヴェルグ・ライヴェルグ……。

 写真集に、バッチに、雑誌。それからライヴェルグをモデルにした小説に、歴史書。


「どうです、師匠! 『《雷の翼》専門店』! やっぱり王都に来たらここに来ないとッスよね!!」

 ハルルのキラキラした笑顔も、俺には今だけ悪魔に見える。


 王都の裏通りを越えて、更に奥の細い通りにその店はある。

 それなりに大きいお店で、人もまばらだが入っている。

 ここは、《雷の翼》専門店……。つまり、魔王討伐隊のグッズ専門店だそうだ……。


 俺含む、各隊員のグッズがそれぞれ人物区分(カテゴリー)ごとに並んでいる。

 今も活躍している『奇術師ラピス』とか、凄く写真写りもいいから一番目に着く所に陳列されている。写真が並びすぎて圧がヤバいが。

 サシャラのコーナー、メッサーリナのコーナー、ルキのコーナーにナズクルのコーナーまである。


 そして、奥……一際、『金きら金』で大陳されているのは……。


「ライヴェルグコーナーッスー!」


 10年前、俺は調子に乗っていた……。いや、ちやほやされたら、サービス精神じゃないけど! 出ちゃうじゃん、そういうのさ。

 それで、写真集やら、グッズやら、小説やらが山ほど作られていたそうだ……。

 10年前の俺、マジで夢にも思わなかったろ。

 10年後、自分の黒歴史が残り続けているなんてさ……。いや、黒歴史とも思って作ってないからそれが恐ろしい……。


「『ライヴェルグ詩集 第4章 ~光の欠片~』! これは中々に冊数が少ないレアものッス!」


 俺にとってはその詩集、死臭が凄いんですが。

「なんで詩集をそんなに嫌がるんスか?」

「……いや、その。恥ずかしい、だろ」


 そうッスかねぇ~? とハルルは詩集を置いた。

 そしてその隣にある物を抱き抱えた。

「えへへ。これ見てください! ライヴェルグ人形ッス! 可愛いッスよー!」

「お、おう……大分可愛く簡略化(デフォルメ)されてるな。……けど、俺がそれを可愛いと認めるのは何か色々と思う所があるが」

 まぁ、詩集よりかは、幾ばくかマシだ……。


「そうなんスか? 可愛いんスけどね~。ね~!」

 人形に向かって微笑んでるハルルに、ちょっと照れる。


「……でも、『ライヴェルグ』って、もっと嫌われてると思ったんだがな」

 そう──ライヴェルグ。つまり、俺は……仲間殺しをした勇者だ。

 その場面を王都の人々は目撃し、一夜で勇者ライヴェルグは民衆から拒絶された。

 おもむろに、手乗りぬいぐるみのライヴェルグを見る。


「師匠。一つ言いましょう」

「ん?」


「『推し』が不祥事を起こしたとしても。不祥事一つで好きじゃなくなるヤツは、真の熱狂者(ファン)ではないんスよ!」


「……お、おう」

 そんなイケメン顔で言われてもなぁ!


「それに、前も話しましたけど、ちょっと考えたら分かることなんス。勇者が女騎士を殺したのは、何かの不可抗力だ、って」

「それは」

「だから。このお店に来る人は、今も勇者を信じてる人ッス。もちろん店員さんもッス!」

 そう言われると、気恥ずかしいな。

 ハルルは、にこっと笑った。

「あ、こっち見てください! 1/1(いちぶんのいち)スケールの聖剣のレプリカッス!」



 ◇ ◇ ◇



「お買い上げ、ありがとうございました~! 雷の栄光と共に~!」

 そんな台詞は一度も言ったことは無いんですが。

「雷の栄光と共にッスー!」

 え、そういうふうに言って退店するのがルールなの???


「えへへ。ちなみに交易都市に行く前に、ここでたくさん買ってから行ったんスよ!」

 苦笑いしか出来ねぇ。

「……師匠、詰まらなかったッスか??」

 ハルルが少し申し訳なさそうな顔をしていた。

 こいつは、顔にすぐに出るから。分かり易いよな。

「詰まらなくは無かったよ。恥ずかしかっただけで。

でもまぁ、お前の行きたい所に行っていい、って言ったらまさかここに来るとは思わなかったが」

「えへへ。一番好きな場所なので!」

「そうか。それなら、まぁよかったよ」

 屈託ない笑顔に、俺もつられる。


「次はどこ行きましょうか! 今度は師匠が行きたい場所を!」

 店前で止まってても仕方がないので、俺たちはとりあえず歩き出した。

「そうだな……じゃぁ」

 正直、デートでどこに行けばいいのか。正解が知りたい。

 女の子が喜ぶ場所を選ぶのが正解とのことだが、ハルルが喜ぶ場所はもう今クリアした訳だ。

 他に喜びそうな場所は……飯? うーん。ん?


 なんだ。あれ。何か落ちてる。紙?


「!」

 ハルルが走った。それも俺より素早く。まるで絶景でも使ってるかの如く。


「なんだ、それ」

 その背に追いつき、覗き込む。──俺は、背筋が凍る恐怖を感じた。

 それは。



「サイン入り色紙ッス!! それから、限定詩集!! 超レアものじゃないッスか!!」



 ラ、ライヴェルグのサイン入り色紙。

 それに限定詩集って、なんだそりゃ。


「第一巻の初回生産特典ッスよ! 知らないんスか!?」

「知らんよ!? ああ、でもそんなの言われて書いた気もするなぁ!?」

 ハルルは宝物を見つけたように目を輝かせていた。

 ……誰かが捨てたのか? 色々と複雑な気持ちになるが……いや、そういう訳ではなさそうな気がする。

 道の真ん中に捨てることは無いだろう。そうすると、落とした。と考えるのが妥当か。


「ハルル。そっと鞄に仕舞うな」

「ち、違うッス。一回、試しに鞄に入れてみようと思って」

「多分、落とし物だぞ?」

「ぬ、盗むつもりは無いッス! 落とし主が現れるまで借りるだけッス!」

「それ実質の泥棒な???」

「し、失礼ッスね! 遺失物等横領罪ッス!」

「ちゃんと罪状まで分かってるじゃねぇか」



「申し訳ない。そちらの本はわたくし共の落とし物のようで、返して頂けないだろうか」



 ふと、細い道の方から歩いてきた男が声を掛けてきた。

 物腰は柔らかいが、黒眼鏡(サングラス)かけて黒いスーツ。怪しさ爆発じゃんか。


「落とし物の『ようで』?」

 ハルルが問うと、スーツの男は頷いた。

 その男の奥。暗がりで──動いた。あれは。

 ハルルも気付いた。目を合わせなくても、息が合う。



「ええ、先ほど落としたらしいのです。ですから──」



「ハルル!」「はいッス!」

 同時にスーツの男の隣を走り抜ける。待て! と声が聞こえた頃には細い道へ飛び込んでいる。



 薄暗い路地で、少年が一人、口を抑えられて捕まっている。



「誘拐の現場」「ってことッスかね」

 

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