【04】武器さえあれば、一撃で終わらせられるかい?【09】
11/16 16:20
文章の一部大幅に荒ぶっていた為、文章を適正に変更しました。
申し訳ございません。
「……誰?」
少女はジンから少し距離を取った位置にいる。
両腕を黒い靄が包んでおり──臨戦態勢を維持している。
「俺は便利屋のジンだ」
「便利屋?」
少女は眉を顰めて、ジンの姿を観察する。
右手には木べら。左手には鍋の蓋。
服は軽装。靴はボロ。纏う空気だけは、虎か獅子。
(よく分からないけど、賢者のボディーガードみたいなもの? なんにしても)
「ふぅん。でも、何、こんなカヨワイ少女に対して、大人二人で挑んでくるわけ?」
少女は可愛らしい高い声でそう言う。
ジンは、カヨワイ? と声を上げてから、少女の前に、鍋の蓋を放り投げる。
「お前の踵落としを防いだ鍋の蓋。見ろよ、変形してるぜ」
「ほんとだねぇ」
「そういう一撃を出せる奴を、カヨワイ、なんて言わねぇよ」
「くすくす。ひどーい、な。──からの【靄舞】、走れ!」
「ルキ!」「ああ!」
少女の背後から大小不揃いの黒い靄の触手が、ジンへ向かって襲い掛かった。
合わせて、ルキが指を振り、周りに散らばった水分が集まり、楕円形の盾を、数十個、一瞬で作り上げた。
触手を盾で受け流すルキ。
木べらで触手を斬り裂くジン。
「木べらで斬る? 何それ、鉄の木べらなの?」
「ばーか。それなら鉄べらじゃねぇか」
「ウザ。ムカつく」
少女が歯ぎしりし、跳躍。
ジンの木べらの攻撃も、ルキの水の弾も、間一髪で躱す。
身のこなしが、並みの戦士じゃない。ジンはそう評して、目を細める。
それに、何の技術か分からないが、稀に姿を見失う。
そう。先ほどから。少女のその技術が原因で、倒しきれないのだ。
靄を一度に噴出し、夜の闇の中に消える。
そして、ジンやルキの視界外へ跳んで逃げている。
またも背後を取られた。
ジンはルキを抱きかかえたままの姿勢で、視界外から飛んでくる靄を避けつつ、木べらで叩き落とす。
少女の移動術は、独特な瞬発性を持っていた。
人間離れした脚力。一瞬だけ力を出し、停止と加速のある動き。
それが、少女の使う『特殊技術』である移動術。
「まるで、ダンスだな」
「そう。それが厄介でね」
ジンに言わせれば、殺意がむき出しなので背後を取られても軽く避けられる、とのことだ。
しかし、こちらから攻撃を当てることが容易ではない。
ジンは、ルキを抱きかかえて戦っている。つまり、大胆に距離を詰められない。
また、ジンは自分の術技を発動出来れば、一気に速度でゴリ押せる。
だが……術技の充電を全て使い切ってしまっており、まだ回復していないのだ。
雷化は使用できない。
瞬間、左右同時と、背後、そして頭上からの黒い靄の触手攻撃が来た。
舌打ちをしてから、背後と頭上の触手を木べらで叩き斬り──左右はルキが水の魔法で破壊した。
「ジン……ボクを」
「おい。支えないでいい、とか言い出したら怒るぞ」
義足もまだ馴染んでないのは、明らかだ。
ルキは、立ち続けられない。攻撃も避けられないだろう。
そんなルキを一人にしたら、ただの的になってしまう。
「……ふふ。キミは」
「靄舞、鉄鋼蚯蚓っ!」
少女の声と同時に地面が揺れる。
直後、ジンはルキを抱え、前方へ跳んだ。
先ほどまで足元だった場所から、靄が噴出し、うねりながら二人を追跡してくる。
木べらを一閃──するも、ついに木べらが砕け散った。
「マジかよ」
「鋼鉄の強度を持った靄みたいだっ! 石たちよ!」
ルキが指を三、四回振り回すと、足元の石橋の石が、捲れ上がり壁となり、靄を止めた。
「ほんと、凄い強いね、二人とも」
また、背後。
ジンは急停止して蹴りを──ヤバい、靄でカウンター取られる──止めて、すぐに方向転換。
月明かりに照らされた少女は、体に黒い靄を纏っていた。
あれを蹴ったら、足に何かされただろう。毒か、腐敗か、ともかく危なかった。
くそ。何か、武器があれば。
少女の懐に潜り込むのは、俺の技を使えば出来る。
まともな武器さえあれば、あの靄ごと斬れるが。
「ジン」
「なんだよ。大丈夫だ。体重43kgくらいなら抱えて走りま──ぐふっ」
今戦闘初ダメージは仲間からの攻撃だった。
「ハルルのデータ、気にしてたんじゃねぇか……」
「……大人としてあれくらい、笑みを持って躱さないとね」
「たくっ……」
「で、ジン」
「なんだよ」
「ボクを一度、離してくれ」
「……あのな。足手まといと思ってそんなことを言ってるのなら」
「違うよ。そうじゃない。そうじゃなくてね。もしも、だけど」
「武器さえあれば、一撃で終わらせられるかい?」
二人を追う少女も、苛立ちを募らせる。
それは、少女にとって必殺の攻撃である『靄舞』が避けられ続けられているからだ。
『待ちなさい。まだ力不足だ。賢者ルキは両脚が不自由になっているとはいえ、仮にも、魔王討伐を果たした勇者の一人。今のままでは、絶対に勝てない。だから、まずは。待て。聞いているのか?』
少女は、彼女の師である、魔王の言葉を思い出していた。
更なる苛立ちが込み上がる。
(師の反対を押し切って戦いに来たのに。手も足も出ないなんて。恥ずかしい。最悪。本っ当、最悪だ)
ただ、少女は、どうしても戦ってみたかった。
生存する最強の魔法使いの一人にして、魔王討伐の勇者の一人。
経験として知っていた。
強い奴と戦えば、得られるものは莫大だ、と。
実際、少女はこの戦闘で成長していた。
【靄舞】はそもそも掌から靄を出すという術技だ。
それが、今、少女は無意識に、靄を背から出現させていた。
そして、靄を体に纏わせ、攻防一体の戦闘方法を編み出していた。
少女は確信する。この戦闘方法が今の自分の出来る一番いいスタイルだと。
ジンとルキが足を止め、少女もその場で両者の立ち止まる。
ルキはその場に座り込み、ジンは少女を見据えている。
「逃げるのやめたの?」
「そっちも隠れるのをやめたみたいだな」
「私のは隠れてんじゃなくて、避けてただけだけど」
「こっちも逃げてたんじゃなくて、避けてただけだって」
「ふぅん。ま、どっちでもいいけど、ね!」
少女の背中から、黒い靄が生まれ、八本の触手となる。
黒銀に輝くそれの先端は、矢じりのような形をしている。
「この攻撃は、避けられないだろうからね!」
「まぁ、そもそも、もう避ける気はないがな」
鋼鉄の強度を持ち、先端が鋭く尖った靄が、うねりながら、押し寄せてくる。
石橋を斬り裂きながら、猛スピードで。
ジンは、まっすぐに、目を背けない。
「出来た! ジン!!」
「おう」
振り返らず、ルキから、『それ』を受け取る。
そう。振り返る必要も確認の必要もない。この感触。
十年ぶりの、ちゃんとした剣の感触だ。
「絶景」
白銀に輝く刀身。
柄の無い無骨な剣。
そして──少女の真横に、ジンがいた。
(速すぎるでしょ、さっきから!)
少女が声を上げるより先に。
「断ち斬り」
少女の背中から血が吹き上がる。
直後に、少女の放った鋼鉄の黒い靄は、輪切りにされ散らばった。




