【16】続・ジンの一番長い一日【18】
落ち着いていこう。まだあわてるような時間じゃない。
二度寝した時点で予想が立ったって? そうだな。そのとおり。
俺も何で二度寝しちまったかだよな……。
落ち着け。落ち着いて行動を決めるんだ。
時刻──8時40分。
冷静になれば、予定より3・40分ズレただけ!
馬車の出発は9時10分で9時50分着があったはずだ。
今日の服はもう準備済み。
シャツを脱ぎ捨て汚れ物カゴへシュート。さっと準備した服に着替える。
馬車停まではダッシュで5分掛からない。
なんなら迅雷を使うという切り札もある。
ともかく。ダッシュだ。
扉を開け放ち、階段を駆け下りる。
「あ。お兄ちゃん! おはよーございますー!!」
──見知った顔の少女、ヤオが居た。今日も元気で何よりだ。
鮮やかな茶髪の髪を腰まで伸ばした彼女は、うちの大家である。
年齢と職業があってないと思われるかもしれないが、俺の千倍以上気が回る、れっきとした大家さんである。
因みに、だが。昔の大家さんは彼女の親である。今はサーカス団に所属しており、住所不定の俺をここにおいてくれた恩人だ。
だから昔からヤオの遊び相手になっていた。その為、まぁ年の離れた妹のような存在だ。
「おはよう。……って、あれ。ヤオ? 何で帰って来てるんだ?
今週はサーカスで寝泊まりしてるんじゃないのか?」
「今日はずっと公演らしいので、ギルドの仕事をしに戻ってきました!」
「ああ、そうか。ギルドの販売員もしてるんだっけか」
な。働き者だろ?
と、ヤオは小首を傾げた。なんだなんだ?
「──いつもと服装が違う気がする」
「あ、これは……その」
「!」
──しまった。少女とはいえ女子だしな。勘付かれた? いや、別に勘付かれたら悪いという訳じゃないんだが。気恥ずかしいだけで。
「こ、この格好は、だな」
「就職活動!」
「違うっ。便利屋やってるだろっ! 便利屋! 開業5年以上の老舗便利屋ッ!」
「お兄ちゃんがようやくまともな職業にっ! かんむりょお!」
感無量って、難しい言葉使いたい時期なんだろうなぁ。
「あ! 誰かと遊びに行くんですね!?」
「ま、まぁな」
俺の返答にヤオは少し驚いてから、にぃぃいっといい笑顔を浮かべた。
「最近のお兄ちゃん、楽しそうでよかったです!」
「……昔の俺はそんなに詰まらなさそうだったか??」
「うーん。詰まらなさそうというか、無というか?」
無……無!? 小さい子って時たま凄いこというよなぁ……。
「あ! そろそろ行かないと! お兄ちゃん、気を付けていってらっしゃい!」
ヤオはどっこいしょ、と家から何かを引っ張り出した。滑車付きの手押し台車だ。
そこに、ヤオの背と同じくらいの箱が積まれている。『業務用ポーション』『天地無用』『割れ物注意』とお札みたいに貼られた木箱が10もあった。
「あ、おい、ヤオ。それギルドまで運ぶのか?」
「はい! 独自のルートで、安く入荷して、高く販売します!」
そんなことまでやってるのかよ。あー、だから一階の奥の部屋入居者いないのか。いやそうじゃなく。
「大丈夫なのか、その量、運んで?」
「大丈夫です! いつもこの量の三分の一程度を運んでるので!」
「いやいや、その言葉が誤用じゃない無いなら、今日はいつもより多いんじゃん?? いつも何箱運んでるんだ?」
「いつもは木箱二つですね」
「五倍ッ!」
「超、安く仕入れられたんです!」
「いや、それはそうなのかもだが」
「大丈夫ですよー! バランス感覚いいので!!」
──ぐらぁ。ぐらぁ、と。
早速崩れそうじゃん!!
「危ないってっ!!」
慌てて木箱を押さえる。いや、木箱ってさ、同じように作っても少しの高さのずれが生まれるんだよな。
使い続けて擦り減るというのもあるけど。
こんなボロい積み木崩し状態で運ばせる訳には……。
でもそしたら、時間。いや。
「一緒に運ぶ」
「え、いいんですか!? でも、お兄ちゃん、遊びに」
「大丈夫。時間にはまだ余裕がある。さ、行くぞ」
◆ ◆ ◆
ギルドを出た時刻が9時2分。
今日も今日とで交易都市は大混雑。白煉瓦街まで人だらけらしい。こんな状態で走った所で、馬車停に着くのは何時になるか。9時10分に間に合わない。
ので、今、屋根の上を走ってる。
目立ちたくないし、道路を行きたいけど。間に合う為には手段を選ばない。
煙突を跳び越え、空中へ出る。自由落下の最中に、壁を蹴る。
馬車停にある看板を掴み、一回転。
──列の一番後ろに、飛び降りる。
他の人を驚かせてしまう様な振動を出すようなヘマもせず、風が少し上がっただけだ。
唯一、前でお母さんに抱っこされていた赤子と目が合った。きゃっきゃと笑っていた。
ふぅぅぅぅ。運が良かった。
馬車も丁度、今来た所。二頭立ての馬車だ。その客車の横っ腹に『乗客15名』と張り紙がされている。あー……お祭り時期だからな。ゴリ押しで乗る奴がいるのか。
「お待やせしましたぁ」
なんて?
まぁいいや。客車に乗り込む。
立ち乗りも含めて18名。キャパ限界だな。
「あのぅ。もう、乗れませんかのう?」
ふと、馬車の外でそんな声が聞こえた。お婆さんの声だ。
「満員になりました! すみません!」
なんて?
「そうなのね……孫の、結婚式があって。立ち乗りでもいいんだけど」
「道交法で無理ですね!」
だから、なんて?
「そうなんですね。次の馬車はちなみに」
よく分かるなお婆ちゃんの方も??
「次馬車、50分後です」
……まぁ、そうね。
「……あ、俺、降りるんで。お婆さん、どうぞ」
「え、いえ、そんな」
「いえいえ。自分は次ので行きますから」
「そんな。……親切にありがとう、お兄さん」
品のよさそうなお婆さんに席を譲った。
にっこりと微笑んで、小さく手まで振ってくれた。可愛らしいお婆さんであった。
そんな馬車を見送る。
さて。
懐中時計。時刻は9時13分。
しまう。そして、その後──俺は、指先にパチパチと光を生み出す。
「最初から迅雷使えばよかったわ……!」
──もう、トラブルはいい。もう、普通に待ち合わせ場所に行く。
術技で王都まで一直線すれば、流石にもう何も起こらないだろ。
これでトラブルが起こる確率なんて万分の一もねぇよな。




