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【16】溺れてる魚みたいだね、【13】



 ルキの目の前にはうつ伏せで身(じろ)ぎ一つしない少女──ヴィオレッタがいる。

 全身に黒い煤が付いている。──肉が焦げた臭いまでする。


 まるで、雷に当たったかのようだ。否、当たったのだ。

(不意打ちに近い形だったが……これで決着か)


 ふと、頬に水が落ちてきた。ルキが空を見上げる。

 ぴた、ぴた。雨が、僅かに降り始めた。

 この雨は、かの魔法の余波である。




 ──雷煌導弾(サンダーヴォルト)



 

 その魔法は、賢者ルキが作り上げた魔法だ。

 魔王討伐の勇者、ライヴェルグの為に作られた『雷系超高火力魔法』。


 雷煌導弾(サンダーヴォルト)は名前の通り落雷の魔法だ。

 ただ、この魔法の特殊性は、2種類の落雷にある。


 通常世界の落雷も、厳密にいえば最初に予備雷を伴う。

 それと少し似ている。この雷煌導弾(サンダーヴォルト)は、『本雷』ともう一本の小さな落雷『備雷』の一組(ワンセット)なのだ。


 小さな落雷の『備雷』は、目に見えない程の極微小な雷だ。

 人間に当たっても痛みすら感じないが、当たった相手に帯電する性質を持つ。


 そして、『本雷』はその帯電した相手に向かって真っ直ぐに落ちてくるのだ。


 追尾機能。これは狙った場所に当てるのが苦手な雷の勇者(ライヴェルグ)の為の機能だ。

 

 天候すら書き換える大魔法が、対象者目掛けて落下する。

 それも、回避しても、あり得ぬ軌道で追尾する雷。



 対処するとしたら、防御の魔法でどうにか防ぐのみ。



 ではあるが、『雷』だ。

 その雷を防ぐなんて並の人間ではどうともできないが、魔法が使えるなら、どうにか出来るかもしれない。

 だが、その落雷の速度は不可視。

 いくら魔法で防御が出来るとしても、発動が間に合わなければ意味がない。

 そう。もし防げる人間がいるとすれば──





 ぴくり、とヴィオレッタの指が動く。





 ──『時を遅く見る目』でも、持っている人間だろう。





 ヴィオレッタは、幽鬼のように立ち上がる。

 意識は薄そうだが、その紫に輝く目は死んでいない。



(雷に当たってまだ動けるというのは、笑えない悪夢のようだね)



「……昔、教わったことがある。『時間を緩やかに見る目』。

技の名前は、『絶景』だったね。まさか、キミも使えるとはね」


 曰く、走馬灯を戦闘に用いているような技術(もの)

 自分含む世界全ての動きがゆっくりと見える。

 それが、『絶景』という技。


 ルキは、ヴィオレッタを見続ける。


(今の一撃で終わって欲しかったが、そう上手くはいかないか。

ダメージは深いはずだがね……どうにも『折れて』ないな)


 その見立ては当たっていた。

 ヴィオレッタは今だけ目を回しているが、戦えない状態ではない。


 相手の心をどう折るか。

 それが、魔法使い同士の戦いで──いや、他の戦いにおいても『重要』なことである。


 魔法は特に精神的負荷が顕著に現れる。

 集中力を欠いた時点で発動しなかったり思う方向に向かわなかったりする。



 ──ともかく、今。



 瞬考の後、ヴィオレッタがまだフラフラしているこの現状をルキは攻めることを選んだ。



 ルキが義肢の右手と左手の指を二つ、同時に振る。



 すると、ヴィオレッタの上から雨とは違う液体が降る。


 色は薄い緑色。

 彼女はよろめきながらも避ける。当たりそうな物は靄で防ぎながら。

 そしてよろけた先の足元の水を見て、ヴィオレッタは奥歯を噛む。

 彼女にはこの後の展開が読めた。


(痺れた、この身体がッ! 身体さえ、動けば──ッ)




 足元にある溜まった水が──鋭く光る。




 極光を伴い爆発した。




「水の爆薬。珍しい魔法だろう。まぁ殺傷性は低い。今の一撃は避けただろうが──な」



 そして、それは、ルキの想定外の出来事だった。



 避けるだろうと、思った。

 ヴィオレッタなら身体を引きずりながら避けられると。


 だが、ヴィオレッタは、爆発を避けなかった。

 爆風の中、額から血を流しながら彼女は歩いていた。獰猛に笑いながら。


「くす、くす……よかっ、たよ。爆発。痛みで意識が戻った。目覚めに……丁度いい。ね」


 ヴィオレッタの言葉にルキは額に汗を流す。


「──化物だな、キミは」

「くすくす。こんな可愛い女の子に、酷いね」


 ただ──まだ圧倒的にルキが優位。

 ヴィオレッタはあの落雷を受けたし爆発ももろに食らった。

 対してルキは一撃も貰っていない。


 ルキは手を握り直す。手の感覚を確かめた。

 義肢の右手も魔力の流れは十分にある。


「──なんで?」

 雨のように、ぽつりとヴィオレッタは呟いた。

「?」



「なんで、『ハルル』の居場所の為に本気で戦っているの?」



「……相手がキミだからね。全力でやっている。手を抜いて欲しかったかい?」

「ううん。そうじゃない──どうしてもハルルの居場所を教えたくない、その意志を、魔法から感じたの」

「魔法から感じる? 大丈夫かい、落雷で頭のネジを落としたかい?」

「……貴方にとって、ハルルって、どんな存在なの?」


「……」


 ルキは押し黙る。

 戦闘中の相手の言葉は『攻撃魔法』と同じだ。

 心を惑わす為に紡がれる。

 押し黙り、攻勢に出るのが正解。情報も与えない。これが正しい。




 ルキは一瞬で指を振り──空中に『水弾』を浮かべた。

 それを一斉に放ちながら、ルキは次の魔法を紡ぐ。




 だが、押し黙ったのは──もう一つ理由がある。

 それは、その『問い掛け』の答えが、出たからだ。


 そして、ルキは知らない。

 ヴィオレッタという少女の武器は『魔法』と『術技(スキル)』だけではない。

 彼女には、特性──いや、異端性があるということを。

 それは持って生まれた異端性。

 ある種の『病』か『呪い』に近い能力。





 ──そして、その水弾全てを、間一髪で躱しながら、ヴィオレッタは走り寄る。




 ヴィオレッタは生まれながらに『超聴覚』とでも呼ぶべき特性を有している。



 ヴィオレッタの生きている世界では、音は常人の数十倍に膨れ上がって聞こえている。

 常人では耐えきれない程の大音量。相手の心音すら聞こえる聴力。

 今、彼女が平静を保っていられるのは、この世界に魔法があるからといえる。

 自らの聞こえる音に制限を与え、必要に応じて聴力を開いている。さながら、蛇口のように。


 だから。




「溺れてる魚みたいだね、」




 一瞬で、ヴィオレッタの手に大鎌が顕現した。一手遅れて、ルキは長剣を生み出す。

 コンマ数秒の世界で振り下ろされた大鎌と、長剣がまたぶつかり合う。

 だが──今度は違う。





「貴方の心音(こころ)





 ハルルという存在を訊ねた時の『心音の変化』は聞き逃さなかった。





 長剣が砕け散り、風切り音が響いた。

 大鎌は血を……──返り血を纏う。




「っ!!」


「すごいね、その姿勢から避けれるんだね」




 傷は浅い。

 致命傷ではない。

 だが──ルキは痛みを堪えて、左手で左頬を押さえる。



 熱の籠った左頬から──血がどくどくと流れていた。



 頬に縦一文字に傷。

 焼けるような痛みの中、ぎりっと奥歯を噛んでルキはヴィオレッタを見据えた。


 

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