【04】その残ってる腕、引き千切ってあげる!【08】
滝の音が響く。
石橋の上で退屈そうに少女は待っていた。
ぴくっと少女は眉を動かす。
風が吹き、白い土が舞いあがり──車椅子の賢者、ルキが現れた。
元魔王討伐隊の賢者であるルキは、目の前の怪しげな少女と対峙した。
「凄いね。転移魔法も使えるなんて、流石、賢者様」
少女が並べたお世辞を、ルキは鼻で笑って返す。
「一応、訊ねておく。道を聞きたいだけの迷子、という訳ではないのだね?」
少女はくるりと回ってから、お辞儀をして見せた。
「貴女が高名な『万術の賢者』、ルキ・マギ・ナギリ様だよね?
今日はね、お願いしに来たんだけど聞いてくれる?」
そして、少しの沈黙が流れ、少女が首を傾げると同時に、ルキは人差し指を突き出して見せた。
「……ボクは、指を振るその幅や振り方、長さで魔法の詠唱をショートカットしている。
得意な魔法は水の魔法なんだが、水の魔法は好きか?」
「あのさ、私が質問してるんだけど?」
「キミは阿呆なのかな? 先に質問したのはボクだ。まず、ボクの質問に答えるべきだろう?」
二人は沈黙し、少女は微笑んだ。
合わせて、ルキは口元だけ笑ませる。
「くすくす、くすくす」
「ふふ、ふふ」
二人は笑い声をあげる。
そして、ひと呼吸したと同時。
「その残ってる腕、引き千切ってあげる!」
「口で吠えずにさっさと掛かってきたまえよ」
「【靄舞】、走れ!」
「『水弾』」
怒声交じりに声が上がる。
完全同時。二人が攻撃に転じた。
靄が真っ直ぐにルキへと向かうと同時に、滝壺から水が噴出、靄を打ち払う。
ルキが指を振ると、水が数十の蛇の形となった。
「行け」
小さな命令に合わせて、蛇たちが襲い掛かる。
「っ! 【靄舞】!」
靄で身を守った少女。
水蛇が靄にぶつかると、蒸発して消滅する。
ルキはその光景を見て、瞬時に次の魔法を紡ぐ。
流れる滝から水を引き寄せ、人間の三倍はあろう巨大な三叉槍を作り出し、投擲。
巨大な水の槍が石橋を抉りながら突進する。
「凄いけど、そんな攻撃なんか!」
少女は両手を前に出し、靄を生み出した。
巨大な水の槍は、靄に触れ──蒸発。
槍は沸騰して消えた。白い煙が辺りに広がった。
「くすくす。発動までが凄い速いからびっくりしたけど、速いだけなのね。
賢者の撃つ大魔法ですら、この程度の威力。全然効かない」
ルキは、くつくつと吹き上がる様に笑った。
「……?」
「キミ、笑いのセンスがあるね」
「はぁ?」
「今、使ってた魔法は造形魔法っていうんだ。覚えておきなよ」
「今の時代、保育園の園児でも使える魔法だよ」
白い霧が瞬間で消え──否、形に変わる。
水蒸気は剣に形を変える。それも、数十本の。
それらが同時に四方八方から靄へ襲い掛かる。
「っ、だから、何? 造形魔法だったところで、なんてことない!」
靄に触れた端から消せる。水の魔法なんて脅威じゃ無い。
広がった靄。その黒い幕に違和感を覚えた時。
少女の目の前に、靄を突き抜けた剣先があった。
(私の靄を抜けられた!?)
血が跳ぶ。
ルキは、驚いた、と素直に言った。
「術技にかまけて、まともに戦闘が出来ないタイプだと思ったのだけどね。存外、戦えるね」
少女は、両腕から血を流しながら、真横に転がっていた。
むくりと立ち上がり、少女はルキを睨む。
「……っ、おばさん、ムカつく」
「まだ二十九歳なので、お姉さんが正解だね」
ルキの言葉に合わせて、剣が少女に向かってくる。
「【靄舞】っ!」
少女は片手ずつ、靄を生み出す。
右に触れた剣が消え、左の剣は、少女の左肩を刺した。
「っ、流石、賢者って言われてたおばさんだねっ!
水に見せかけて岩属性の剣に変えてたのね!」
少女がそう怒鳴りながら、ルキに駆け寄ってくる。
「そちらの術技のからくりは、初撃で解けたよ。『属性一つ』を打ち消す靄なんだろう?」
──両手を使えば同時に二つの属性を消せるのかな。
──いや、時間を掛ければ靄を複数作れているようだから、時間があって、更に相手の魔法さえ理解出来れば、どの魔法が来ても打ち消せるんだろう。
ルキは両手の指を振る。
──面白い術技だ。現代の魔法使いの多くは術技により複数の属性は使わない傾向にある。
空中から、無数の剣が雨のように降り注ぐ。
少女は見てすぐ判別でき──ない。
全ての剣は白色だ。それも、それぞれ別の属性で、剣の種類も金属から岩石の剣まで多種多様。
「っ! 最悪!! 靄舞っ!」
少女の靄は、おおむねルキの分析通りであった。
少し違うのは、少女が手動で、靄の属性を変更しているという点だ。
「なるほど。身を守る盾にも出来るんだね。つまり、そうだね」
靄が鋼鉄のような高度となり、剣から少女を守っていた。
だが、一部の──炎属性、酸属性、腐敗属性、爆破属性──剣が突き刺さっているところから、賢者は、答えを導き出す。
「キミの靄舞は、『自分が指定した属性』を靄に持たせることが出来る」
少女は後ろへ跳んで逃げようとした。
だが、その両脚が凍り付いている。最初の水を使用した罠。
「そして、キミ自身が相手の魔法を把握し属性を分析し、『その属性を分解する属性』を靄に持たせていた。
と考えたんだけど、どうだろう。合っているかな?」
「……くすくす。大正解。で、ご褒美は何が欲しいのかしら。くすくす。無くした右腕?」
「それもいいね。キミの右腕を貰うというのも」
車椅子を進めて、少女に近づいていく。
「まぁ、冗談はさておき。キミみたいな刺客を差し向けたのは誰か、教えてもらおうか」
少女は唇を噛んだ。車椅子が止まる。
手を伸ばせば届きそうな距離で、ルキと少女の目が合う。
ルキは一瞬思案した。この少女は何だ。何かがおかしい。
まだ戦う気がある。
「ちっ、後ろか!」
瞬間、ルキの背後から靄が矢のように跳んできた。
間一髪、車椅子から飛び降りてそれを躱す。
よろめきながらも立ち、少女を見──逃す。
しまった。一瞬で、視界から。どこに。
左右足元、背後に気配もない。逃げたのか。
違う──真上か!
体を捻ろうにも、体が追い付かない。両腕で身構える姿勢を取った。
空中から少女の踵落とし──弾かれた。
少女は地面に尻餅をつき、ルキは体を支えられた。
「大丈夫か。ルキ」
右手に、木べら。左手に、鍋の蓋。
「ジン……どうして」
「どうしてって言われてもな。昔から、面倒な敵と戦う時は、こうやって協力してきたろ?」
ジンの言葉に、ルキは口ごもってから、微笑んで見せた。
「ありがとう、ジン」




