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【16】『小骨』【06】


 ◆ ◆ ◆



 交易都市には『新人の町(ニュービー・タウン)』という側面がある。

 それは他の都市と比べて、『新人が成り上りやすい』からだろう。


 例えば、勇者。王都中央地区のギルドにおいて、勇者は1級以上の所謂『上位』じゃないとまともに取り合われない。

 もちろん新人や『下位』勇者もいることはいるが、多くは上位勇者のメンバーや弟子にあたり、下積みとしてパーティに同行している場合が多い。

 同じように──歴史ある王都だからこそ、当然と言えば当然のことだが──他の職種でも『熟練者(ベテラン)』が強い。多くの職種で若い新人は下積み期間が長い傾向がある。

 もちろん、長い下積みは伸びる為の経験となる場合が多いだろう。

 その『下積み』の良い悪いはおいておくとして、ともかく交易都市には、新人たちが始めた『新しい店』が多いのだ。


 特に、薄緑色の煉瓦が敷き詰められた、この通りは真新しい建物が多い。交易都市の中でもまた新しい通りであり、その煉瓦の色とここで商売を始める新人たちのことを擬えて『新芽通り』などと呼ばれている。


 そこの小さなログハウスのような喫茶店で、小動物の毛のように触り心地のよさそうなふわふわした銀白の髪の少女、ハルルは──苦笑いを浮かべていた。


「ジンさん、髪の長い女の人とランチしてたんよー。ハルルっちというものがーありながらー!」

 黒髪でだるだるとした喋り、だるだるとした服装の女子、メーダ。

 そして。


「そうそう! 凄く親しげだった!! 車椅子を押しながらあの高級餐料亭(レストラン)に入って行って……」

 快活そうな顔立ちの金髪の女子、ラブトルも激しく頷いた。


「あはは。そーなんスねぇ。師匠がランチなんてするんスねぇー」

 ハルルはお茶を濁す。というのも内心で当たりが付いているからだ。

(車椅子で長い髪。十中八九、ルキさんッスねぇ……)


「ハルルちゃん! もっと焦らないと!」

「そーだよーそーだよ! これはあれだよー」

「え、はい? あれってなんスか?」


「「浮気だよ!!」」


「あ、あはは。浮気。いやぁ、あの。そもそもまだ、師匠とそういう関係じゃ」

「『まだ』入りましたー!」「『まだ』一丁入りましたー!!」


 二人の僅かな言葉の端を拾う煽りに、ハルルは少し頬を赤らめたが、こほんと咳払いをした。

 この二人に弄られ続けて、『煽り耐性』はかなり上がったと彼女自身も自負していた。


(ともあれ、ルキさんのことは話さない方がいいッスよね。師匠が勇者ライヴェルグだっていうのは秘密ッスから)


「ともかくッス。師匠は普通に仕事の相手に会ってたとかじゃないでしょうか。

師匠はほら、一応、便利屋ですし」


 当たり障りなく正論をハルルは言ってから紅茶を飲む。

 逆にその動じない雰囲気に、メーダとラブトルは──



(『し、ししょーが! 相手は一体誰ッスか!?』が、私の想像だったんだけどなー)

(『べべべべ別に、きききき気になんて、なななな』的な感じが私の想像だったんだけどね)



 ──言っちゃえば面白くなかった。

 もっと赤面するハルルを見たい。と、二人は目だけで意思疎通を行った。



「ハルルちゃん。ほら、ライバル登場じゃない? ジンさん、取られちゃうかもよ?」

「そ~だよ。相手、凄い大人っぽくて、そういう魅力凄かったしぃ~」

「それに、その後、二人で買い物に行ってたよ!」

「そうそう! 洋服屋に入る所まで見たんだよねぇ~!」



「……二人とも。だから遅刻したんッスか?」

 薄目でハルルがそう言うと、二人は、うっ、と呻き声を上げた。



「別に、買い物くらいは普通にするんじゃないッスか? 女友達くらいいてもおかしくないッス」

「でもハルルちゃんには何も言ってないんでしょ?」


 ハルルは眉を動かした。

 『今日は朝から予定がある。パンはあるから適当にすませろよな』と、言われたのが朝の会話である。


(確かに、ルキさんに会うというワードは伏せられて。いや、故意に伏せたのではなく、ただの偶然。というかそもそも、誰と会うとか報告の義務がある関係じゃないですし──)


「そ~、友達から関係が変わるってよくあるじゃん~? 小説とかでさ~」

「そうそう。昔からの友達だったら、実は元カノだった的なさ」


(──……)


「なんだっけ。ほら、昔の恋が再燃するっていう格言」

「あ~あれよ~『松ぼっくりに火』~。アツイッ!」


「それを言うなら、『焼け木杭(ぼっくい)には火が付き易い』ッスね」


「そうそう、それそれ!」

「今頃もしかすると、燃え上がってるかもねぇ~」

「まだ昼だけど、確かに昼の方が休憩は安く──」



 

 カッン!──と綺麗だがしっかりと高い音が響く。




 それは白磁の紅茶陶呑(ティーカップ)を、受け皿(ソーサー)に割れない程度の力で置かれた音だ。

 そして、その目元は一切の笑み無く、静かに口元だけで微笑んだ。




「二人とも、ここは喫茶店なんで、もうちょっと静かにしたらどうでしょう?」




「す、すみませんしたっ」「ご、ごめんっ」

「あはは。冗談ッスよ? ああ、カップ。傷ついてないと良いッスけど」

 ハルルは目元は笑わない笑顔のままそう言った。

「えっと、ごめん。ちょ、ちょっと悪ノリし過ぎた」

「怒らないでー、マジごめんーっ」


「いや、怒ってないッスよ? ただ話聞かないのと、師匠の解釈違いに、ちょっとイライラしただけッス」


「もっと怖ぇ」「ほんとにごめんっ! ここは奢るからっ! メーダが!」「私かいっ」

 二人の何でもない雑談の掛け合いに、ハルルは少し笑った。


 そして、一瞬だけ、視線を逸らした。


(でも。実際──ルキさんとの食事と買い物をつたえてもらえなかったのは、事実なんスよね……。

いや! だから! 相手に誰と会うとか一々伝えないッスし!

それに、師匠が……誰かと会うのは嬉しいことッス。

十年近くあまり人と関わってこなかったって、言ってたッスから……ああ)


 ハルルは紅茶を飲もうとするが、もう空になっていた。


「? ハルルちゃん? どうしたの?」

「あ、いえ、ちょっと……小骨が」

「小骨?? なんか魚食べたっけ?」

「ええ。まぁ」


 『小骨』が刺さっているだけ。

 自分の胸に走った僅かな『ずきん』とする痛みは、ただの小骨。

 そう言い聞かせて、ハルルは笑った。


 

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