【16】失った一より、今ある九を大切に思え【02】
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怒りとは、その人の心の姿である。
その人が何を怒るのか。つまり、何を大切に思っているのか。──ひいては、自分が何に対して怒るのか。
怒りを知るということは、他者を知る手段であり、そして自分を知る手段でもある。
つまりは。怒りも大切なコミュニケーションということだ。
だから。
「いやぁ、ボクも驚いたよ。
拉致された子ちゃんを保護した後、合流地点に戻ったら、サーカスに潜入調査中!
なぁに、まぁ、隊長の単独行動はいつものことだけどね。
置手紙には『連絡するから待機してくれ』とあったねぇ!
で、待機してたら『全て解決した、ハルルを医療術師のいる所まで運びたい』か!
数日間、一切の連絡無し! これで怒らないのは、聖人くらいじゃないかなぁ??」
ルキ、怒ると喋るのが早くなるなぁ。
えー。まぁルキさんが怒ってる通りでして。
サーカスの潜入捜査中、ルキとの連絡は一切していなかった。
冷静になれば、途中で連絡入れて、ヴィオレッタたちが逃げられないようにするとか、色々出来たのだが、いやぁ、どうにも。
「忘れてました。すみません……」
俺が謝ると、ルキは俺を見た。なんだよ、なんか珍しい動物でも見るような目を向けて来てる。
「キミがしおらしいのは珍しいな」
「……いや、今回は十割くらい俺が悪いからな」
「何だか。キミらしくないな。何か、あったのかい?」
俺は、頬杖を付いた。掌で口を押しつぶすようにして、何も無い方を見る。
「……依頼を達成できなかったからな。久々に無力感に浸ってるだけだよ」
「何?」
──『弟を助けて欲しい』。
人造半人化させられた少女が──今際の際に放った言葉だ。
副団長の部屋に捉えられていた少年は救えたが──あの少女が言っていた『弟』は助けられていない。
そもそも、あの少女自身を助けられなかった。それが、悔しいんだ。
「……人を、助けられなかったんだ。力不足でな」
「……キミが。最強の勇者が力不足なら、世界の誰も解けない難問なんだろう」
その慰めの言葉は優しい。
だけど、それには頷けない。
「それでも。俺は」
俺の言葉に、ルキは、少し息を吐いて腕を組んだ。
「失った一より、今ある九を大切に思え。だったかな」
ルキは言葉を紡いで俺を見た。
「他者の命は確かに取り返しがつかない。だけど、失ってしまったことは、もう事実。
取り返せない。……でも、自分は命が残っているんだ。
だから──後悔で潰されながらも、生きるしかないだろ。ボクたちは」
「……そうだな。その通りだ」
俺は、少し笑う。
「いい言葉だな。失った一より、今ある九を大切に、か」
「ああ。そうだろ。ボクも気に入ってる言葉だ。
なんてったって、『ライヴェルグ詩集第二編』の詩さ。この頁の──」
「なっん──はァ!?」
「るるるる、ルキっ!? なんでそんな詩集を持ってッ!?」
「ハルルが貸してくれたんだよ? なんでも『読む用』『貸す用』『保管用』『観賞用』の四冊があるらしくて」
「いやいやいやっ!! 何から突っ込めばいいか、わかんねぇよ!!」
「キミ、詩集は合計5冊も出てるんだろ。次の巻が楽しみだよ。
というか新作を書いたらどうだい? キミ、才能あると思うけど?」
「やめろっ! マジで、何で広める俺の黒歴史ッ!」
「おっと。奪おうとか捨てようとは考えないでくれよ?
ボクは借りてる身なんだ。汚さずに返したいだろ?」
「っっっ」
歴史から抹消してくれ、俺の詩集や写真集はッ!!
「はは。キミにシリアスは似合わないよ。どれかと言えばコメディスターさ」
「……はぁ」
ルキなりに、元気づけてくれたんだな。
「ありがとな」
「ふふ。キミは素直が一番だ。……さて、本題──に入る前に、少しいいか?」
「ん? なんだよ?」
「……キミが何かやったのかい?」
窓の外をルキは見る。
交易都市は、今日も祭のように賑わっている。いや、いつも以上か。
一本だけ裏通りに入った閑静な場所に俺の住んでる集合住宅棟はある。ここから見ても人通りが多いのは、あまりないだろう。
「何かってなんだよ」
「あのサーカスだよ。サーカスが都市に来れたのは、何かキミがしたのかな、ってね」
王立サーカス。
彼らは、この交易都市に隣接する形で今、来ているのだ。
「当初からそういう予定だったんだろ?」
「いや。一度は国外退去予定だった筈だよ。ナズクルにでも掛け合ったかい?」
ルキが鋭く目を光らせる。
「いや。まぁ、ルキになら話してもいいんだろうな」
コルテロ先輩──サーカス団に俺よりも昔から潜入していた『警兵隊』の勇者の一人。
警兵隊──三文新聞には王国腐敗の象徴とか、無能上層部とか言われている部隊だが、実働部隊は優秀だ。
優秀じゃなければとっくの昔に存在ごと処分されているだろう。
無能がいたとしても上層部のごく少数。そうじゃなければ今も機能はしないのだから。
そして、コルテロ先輩は、現場に居たが一兵卒ではない。
きっと実際は『中堅以上』のはず。
単身で半年も潜入っているなんて、相当に信頼が厚いか、捨て駒かのどちらかだ。
本人は『自分にそんな力はない』と言っていたが、コルテロ先輩に出した要望は全て通った。
サーカスの国外退去命令の解除。
そして王立サーカスを、交易都市に誘致。
場所は元から予定されていた場所があったから、すんなりいくとは思っていたが。
「と、言った感じだよ」
「なるほど。──そして、見返りには」
「ああ。手柄は全部、渡してきた。ハルルには悪いがな。
誘拐事件の解決は全て彼がやったことになった」
下手に俺が表に出たくないのが全てだがな。
だが、彼は晴れて大手を振って警兵隊に戻れる。報酬も多く貰えるだろう。
「ああ、それと、彼のことを口外しないのも条件だったな」
「ん?? キミ、今、口外しているぞ?」
「ルキは誰にも漏らさないだろ」
「……ふふ。まぁ、そうだな」
「だろ?」
と、言うと、ルキは微笑んだ。おお、機嫌よさそうな笑顔だ。
「しかし、ボクが聞きたいのはそっちじゃない。キミの報酬さ」
「あ? 俺の報酬?」
「ああ。どうしてサーカスを交易都市に呼びたかったんだい?」
「それは──まぁ、なんというかだな」
「そんなにサーカスが好きだったかい?」
「いいや。それは」
ふと、外階段を駆け上がる小気味のいい音がする。
「ハルルかな?」「いや、この足音は違うな。ハルルならもっと激しい音だ」
「お兄ちゃん! お兄ちゃん! あ、ルキさん! いらっしゃってたんですか!」
大家ちゃんこと、ヤオが扉を開け放って入って来た。
彼女は先日拉致されかけたが、怪我とかも無く無事に日常生活に戻っていた。
「ああ。お邪魔してるよ。ヤオちゃんは元気そうでよかった」
ルキが柔和に微笑むと、ヤオは照れて笑う。
「で、ヤオ。どうした?」
「あ、はい! 実は、サーカスが交易都市にいる期間だけ、サーカスで過ごしていいことになりまして!」
「おお。そりゃよかったな」
「だから、明日から少しだけ、お庭のことよろしくお願いします!」
「ああ、任せろ」
「じゃぁ、行ってきます!」
そして、ヤオはキラキラと光ったように笑い──外に出ていった。
ルキは、ニッと笑って頷いた。
「なるほどね。あの笑顔の為に、頑張ってことかい?」
──俺は頬を掻いた。
うん。まぁ、そういうことに──しておいて欲しいかな。
「おにーちゃん!」
ふと窓の外から声がした。
「それと相談されてた家賃だけど! もう一ヶ月くらい待つからー!
気にしないで大丈夫だよー!!」
……あー。
天真爛漫な大家ちゃんを見送り──俺は苦笑いでルキを見た。
「……まさか」
「ち、違うぞ! 家族と会ったら気分が良くなって、家賃滞納を見逃して貰いやすくなる!
なんて考えがあった訳じゃなくてだな!!」
しばし白い目で見られたが、その後、耐えきれなくなったのかルキは笑い始めた。
そして、俺もつられて笑う。
「それが報酬だった訳だね。ふふ。いい報酬じゃないか」
まぁな。
ただ、後もう一つだけ理由があるが。
それは、まぁ──ルキにも言えないな。




