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【16】失った一より、今ある九を大切に思え【02】


 ◆ ◆ ◆



 怒りとは、その人の心の姿である。

 その人が何を怒るのか。つまり、何を大切に思っているのか。──ひいては、自分が何に対して怒るのか。


 怒りを知るということは、他者を知る手段であり、そして自分を知る手段でもある。

 つまりは。怒りも大切なコミュニケーションということだ。

 だから。


「いやぁ、ボクも驚いたよ。

拉致された子(ヤオ)ちゃんを保護した後、合流地点に戻ったら、サーカスに潜入調査中! 

なぁに、まぁ、隊長の単独行動はいつものことだけどね。

置手紙には『連絡するから待機してくれ』とあったねぇ! 

で、待機してたら『全て解決した、ハルルを医療術師のいる所まで運びたい』か! 

数日間、一切の連絡無し! これで怒らないのは、聖人くらいじゃないかなぁ??」


 ルキ、怒ると喋るのが早くなるなぁ。

 えー。まぁルキさんが怒ってる通りでして。


 サーカスの潜入捜査中、ルキとの連絡は一切していなかった。

 冷静になれば、途中で連絡入れて、ヴィオレッタたちが逃げられないようにするとか、色々出来たのだが、いやぁ、どうにも。


「忘れてました。すみません……」


 俺が謝ると、ルキは俺を見た。なんだよ、なんか珍しい動物でも見るような目を向けて来てる。


「キミがしおらしいのは珍しいな」

「……いや、今回は十割くらい俺が悪いからな」

「何だか。キミらしくないな。何か、あったのかい?」

 俺は、頬杖を付いた。掌で口を押しつぶすようにして、何も無い方を見る。


「……依頼を達成できなかったからな。久々に無力感に浸ってるだけだよ」

「何?」


 ──『弟を助けて欲しい』。

 人造半人(デミ)化させられた少女が──今際の際に放った言葉だ。


 副団長の部屋に捉えられていた少年は救えたが──あの少女が言っていた『弟』は助けられていない。

 そもそも、あの少女自身を助けられなかった。それが、悔しいんだ。


「……人を、助けられなかったんだ。力不足でな」

「……キミが。最強の勇者(ライヴェルグ)が力不足なら、世界の誰も解けない難問なんだろう」


 その慰めの言葉は優しい。

 だけど、それには頷けない。


「それでも。俺は」

 俺の言葉に、ルキは、少し息を吐いて腕を組んだ。



「失った一より、今ある九を大切に思え。だったかな」



 ルキは言葉を紡いで俺を見た。

「他者の命は確かに取り返しがつかない。だけど、失ってしまったことは、もう事実。

取り返せない。……でも、自分は命が残っているんだ。

だから──後悔で潰されながらも、生きるしかないだろ。ボクたちは」


「……そうだな。その通りだ」

 俺は、少し笑う。

「いい言葉だな。失った一より、今ある九を大切に、か」



「ああ。そうだろ。ボクも気に入ってる言葉だ。

なんてったって、『ライヴェルグ詩集第二編』の詩さ。この頁の──」



「なっん──はァ!?」



「るるるる、ルキっ!? なんでそんな詩集を持ってッ!?」

「ハルルが貸してくれたんだよ? なんでも『読む用』『貸す用』『保管用』『観賞用』の四冊があるらしくて」

「いやいやいやっ!! 何から突っ込めばいいか、わかんねぇよ!!」

「キミ、詩集は合計5冊も出てるんだろ。次の巻が楽しみだよ。

というか新作を書いたらどうだい? キミ、才能あると思うけど?」

「やめろっ! マジで、何で広める俺の黒歴史ッ!」

「おっと。奪おうとか捨てようとは考えないでくれよ? 

ボクは借りてる身なんだ。汚さずに返したいだろ?」


「っっっ」

 歴史から抹消してくれ、俺の詩集や写真集はッ!!


「はは。キミにシリアスは似合わないよ。どれかと言えばコメディスターさ」

「……はぁ」

 ルキなりに、元気づけてくれたんだな。

「ありがとな」


「ふふ。キミは素直が一番だ。……さて、本題──に入る前に、少しいいか?」

「ん? なんだよ?」


「……キミが何かやったのかい?」


 窓の外をルキは見る。

 交易都市は、今日も祭のように賑わっている。いや、いつも以上か。

 一本だけ裏通りに入った閑静な場所に俺の住んでる集合住宅棟(アパルトメント)はある。ここから見ても人通りが多いのは、あまりないだろう。


「何かってなんだよ」


「あのサーカスだよ。サーカスが都市(ここ)に来れたのは、何かキミがしたのかな、ってね」


 王立サーカス。

 彼らは、この交易都市に隣接する形で今、来ているのだ。


「当初からそういう予定だったんだろ?」

「いや。一度は国外退去予定だった筈だよ。ナズクルにでも掛け合ったかい?」

 ルキが鋭く目を光らせる。

「いや。まぁ、ルキになら話してもいいんだろうな」


 コルテロ先輩──サーカス団に俺よりも昔から潜入していた『警兵隊』の勇者の一人。


 警兵隊──三文新聞(ゴシップ)には王国腐敗の象徴とか、無能上層部とか言われている部隊だが、実働部隊は優秀だ。

 優秀じゃなければとっくの昔に存在ごと処分されているだろう。

 無能がいたとしても上層部のごく少数。そうじゃなければ今も機能はしないのだから。


 そして、コルテロ先輩は、現場に居たが一兵卒(ペーペー)ではない。

 きっと実際は『中堅以上』のはず。

 単身で半年も潜入(もぐ)っているなんて、相当に信頼が厚いか、捨て駒かのどちらかだ。


 本人は『自分にそんな力はない』と言っていたが、コルテロ先輩に出した要望は全て通った。


 サーカスの国外退去命令の解除。

 そして王立サーカスを、交易都市に誘致。


 場所は元から予定されていた場所があったから、すんなりいくとは思っていたが。


「と、言った感じだよ」

「なるほど。──そして、見返りには」

「ああ。手柄は全部、渡してきた。ハルルには悪いがな。

誘拐事件の解決は全て彼がやったことになった」


 下手に俺が表に出たくないのが全てだがな。

 だが、彼は晴れて大手を振って警兵隊に戻れる。報酬も多く貰えるだろう。


「ああ、それと、彼のことを口外しないのも条件だったな」

「ん?? キミ、今、口外しているぞ?」

「ルキは誰にも漏らさないだろ」

「……ふふ。まぁ、そうだな」

「だろ?」

 と、言うと、ルキは微笑んだ。おお、機嫌よさそうな笑顔だ。


「しかし、ボクが聞きたいのはそっちじゃない。キミの報酬さ」

「あ? 俺の報酬?」


「ああ。どうしてサーカスを交易都市に呼びたかったんだい?」


「それは──まぁ、なんというかだな」

「そんなにサーカスが好きだったかい?」

「いいや。それは」


 ふと、外階段を駆け上がる小気味のいい音がする。


「ハルルかな?」「いや、この足音は違うな。ハルルならもっと激しい音だ」


「お兄ちゃん! お兄ちゃん! あ、ルキさん! いらっしゃってたんですか!」

 大家ちゃんこと、ヤオが扉を開け放って入って来た。

 彼女は先日拉致されかけたが、怪我とかも無く無事に日常生活に戻っていた。


「ああ。お邪魔してるよ。ヤオちゃんは元気そうでよかった」

 ルキが柔和に微笑むと、ヤオは照れて笑う。

「で、ヤオ。どうした?」


「あ、はい! 実は、サーカスが交易都市にいる期間だけ、サーカスで過ごしていいことになりまして!」

「おお。そりゃよかったな」


「だから、明日から少しだけ、お庭のことよろしくお願いします!」

「ああ、任せろ」

「じゃぁ、行ってきます!」

 そして、ヤオはキラキラと光ったように笑い──外に出ていった。

 ルキは、ニッと笑って頷いた。


「なるほどね。あの笑顔の為に、頑張ってことかい?」


 ──俺は頬を掻いた。


 うん。まぁ、そういうことに──しておいて欲しいかな。



「おにーちゃん!」



 ふと窓の外から声がした。


「それと相談されてた家賃だけど! もう一ヶ月くらい待つからー! 

気にしないで大丈夫だよー!!」


 ……あー。

 天真爛漫な大家ちゃんを見送り──俺は苦笑いでルキを見た。


「……まさか」


「ち、違うぞ! 家族と会ったら気分が良くなって、家賃滞納を見逃して貰いやすくなる! 

なんて考えがあった訳じゃなくてだな!!」


 しばし白い目で見られたが、その後、耐えきれなくなったのかルキは笑い始めた。

 そして、俺もつられて笑う。


「それが報酬だった訳だね。ふふ。いい報酬じゃないか」


 まぁな。

 ただ、後もう一つだけ理由があるが。

 それは、まぁ──ルキにも言えないな。


 

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