【04】今日は、やたらと、お客が多い日だね【07】
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「つまり! 師匠が聖剣を真っ二つに折ったのは、仲間を守る為だったんスか!?」
「ふふ。そうなるね。折った刀身を投げて、サクヤに向かった敵を討ち、手元にある刃折れの剣で戦い続けた訳だ」
「そういうことだったんスね!」
ルキとハルル。
二人はベッドの上で、うつ伏せになって話していた。
ハルルとルキの間で、ポムッハは寝息を立てている。
「なんか、納得ッス」
「納得?」
「そうッス! 師匠が、戦闘で聖剣を折るなんてありえないと思ってたんス!
だって、剣の技術、凄いし、木剣ですら丁寧に扱うんスもん。
だから、真っ二つに折った、なんて変だなぁ、って思ってたんス!」
ハルルは、深夜だからか声を少し抑えつつ、それでも少し熱っぽくそう語った。
ポムッハを起こさないように気を遣ってはいるようだ。
「本当に、ジンらしいな。まぁ、昔から、物にも人にも優しい人間ではあるからね」
「そうなんスか?」
「ああ。正直、最前線を行くには相応しくない優しさだったよ。
だが、その優しさがあったからこそ、魔王討伐は果たせたんだろうけどね」
優しい目を浮かべたルキを見て、ハルルは少し目線を逸らす。
バターを溶かしたようなカンテラの灯りは優しくて、目を閉じたら眠ってしまいそうだった。
「私の知らない師匠、たくさん見てきたんスね。羨ましいッス」
不意にハルルからこぼれた言葉にルキはにこりと微笑んで見せた。
「やはり、彼のこと、好きなのかな?」
「や、やや、やや、そ、そういうことではっ」
「そうなのかな?」
借りた枕に顔を埋めるハルル。
「羨ましい、というのなら、実はボクの方がキミのことを羨ましく思うよ」
不意に、ルキは小さく言葉を出した。
「え?」
「彼はね、十年前、さっきみたいに笑わなかったよ」
──夕飯の際、ハルルとポムッハの冗談交じりのトークに、彼は心から笑っていた。
「そ、そうなんスか?」
「ああ。彼、なんで『黄金の獅子の兜』を被っていたか知っているかい?」
「い、いえ。師匠も秘密にしてるくらいで。凄い深い秘密が──」
「童顔だったからだそうだ」
「ええ、そんな理由!?」
「ああ。戦場で、可愛らしい童顔じゃ別の隊にナメられる。
けどね、それだけじゃなくてね。
彼は、仲間とも上手く喋れなかったんだよ。最初はね」
「そうなんスか? え、でも、よく、記事には仲良く喋ってる様子が」
「そうだね。記事になる頃っていうのは、魔王討伐の中盤以降。
ボクらの冒険的には、二年以上が経った頃で、その頃は、多少喋れてはいたね」
ルキは、指を組んだ。
「声もね。少し高かったからね。あまり喋ろうとしなかったよ」
今思えば、とルキは目を瞑る。
「今思えば、『あの兜』は彼を守る為、よく働きすぎた。
多くの人から責任を与えられ、それを全うする真面目さ。
兜の下でどんな顔をしていたのか、仲間であるボクらも、気づけなかった」
「……ルキさん」
「ふふ。結果としてね。彼の気持ちの奥には、触れられなかったような気がしていてね。
だから、キミが、彼の心を揺さぶり続けているのが、とても驚いてはいるんだよ」
「怒らせてるだけかもしれないッスけど」
「はは。同じくらい笑顔にしているようにボクには見えたけどね」
そうならいいッスけども、とハルルは呟いてから、ルキをまっすぐに見据えた。
「ルキさんは、師匠のこと、好きなんスか?」
問われ、ルキは目を丸くした。
それから、いつも通りの笑顔を浮かべた。
「ふふ。どうだろうね。
あぁ、そうか、ボクも『や、やや、やや、そ、そういうことではっ』と
答えればよかったかな?」
「ぬぬぅ」
「ふふ。ボクが彼を好きかどうかより、キミが彼とどうなりたいか、が大切なんじゃないかな?」
「……そ、それは」
「彼と手を繋ぎたい? 彼を抱きしめたい? 一緒に居たい、独占したい。それとも、エッチなことしたい?」
「ちょっ!!」
「ふふ。大切なことだよ。相手との関係性を定める上ではね」
「そ、そうナンスカネ」
「顔が赤いということは、やはり」
「ち、ちがっががっ!」
「キミは本当に可愛いな」
ルキはハルルの頬を撫でた。
「でも、忘れないように。大切なものと、大切な人との付き合い方を。
手放してはいけないものを、手放さないようにね」
「……ルキさんは、その」
「ふふ。さぁ、それは秘密さ……ん」
一瞬、ルキの手が止まる。
「?」
「いや、気にしないでおくれ」
ルキが軽く口笛を吹いた──ハルルには分からなかったが、それはルキの術技への命令を支持する方法の一つだ。
何かに命令を下し、それからにこりと微笑む。
「もうお休み。明日に障るよ」
「うう……流石、伝説の勇者様の一人ッス……完全に言いくるめられたッス」
「そうだね。キミより一回り程長生きだからね」
さ、お休み。とルキは呟いて、ハルルの額に手を当てる。
睡眠の魔法。
といっても、戦闘用のそれではなく、優しい甘い香りの魔法だ。
眠りやすくなる。ただそれだけの生活魔法の一つ。
子供をあやすように、ハルルの背中をとんとん、と優しく叩く。
数分後にはハルルは寝息を立てて眠った。
指を振る。
次は、戦闘用にも使う魔法だ。
遮音の魔法。
この部屋に音が入らないように、しっかりと魔法をかける。
立ち上がり、車椅子に乗る。
ルキは音もなく部屋から出た。
──さっき、ジンの部屋にある睡眠薬に命令も出した。
眠っているジンに数滴落とすようにと。これで、ジンは深い眠りに落ちた筈。
そして、目の前にあるジンの部屋にも遮音の魔法をかける。
これで、外部からの音は軽減できる。
廊下の突き当り──大きな窓から、外を覗く。
「さて。別に招いたお客さんじゃないんだけどね」
窓の外には招かれざる客──見知らぬ少女がいる。
黒い毛皮を羽織るその少女は、明確に敵意があることが分かった。
「今日は、やたらと、お客が多い日だね」




