表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

299/840

【15】ある男の話【42】


 ◆ ◆ ◆



 しょうもない話がある。



 不思議なことだが、何をやっても上手く行く人間だった。

 こと商売に関して、その男は向かう所に敵無し──周囲の人間全てが客になる。

 天賦の才があった訳じゃない。ただその男は、目の前で起こったことに対して、自分なりの答えを出す癖があっただけだ。


 例えば、街中で友達と歩く娘が『私は魔物を見たことが無い』『魔物はどんな姿をしてるんだろう』という話題で盛り上がっていたのを見た男は、それをビジネスチャンスだと『自分なりの答え』として弾き出した。

 翌月、男は自ら捕まえた魔物を見せる『魔物の見世物小屋(モンスター・ショー)』を開き、一躍、話題の人となった。


 その後も、男は多くのビジネスを成功させていく。

 戦前、『半人(デミ)たちの舞踏会』や『実物大の人形による劇』などは、王都で耳にしない者はいなかっただろう。

 ただ成功の中で、娘は笑って言った。『パパ、目立ってない。もっとスターみたいにしてよ』

 それ以降、男はステージで輝く色を着た。

 目立つ純白の燕尾服(スーツ)に、純白の紳士帽子(シルクハット)。そして、黒い雫型飛空師用(ティアドロップ)サングラスを身に付けてステージに立つ男は、多くの人間に記憶された。


 そう。男の仕事ぶりは成功そのものだった。

 輝く世界に、煌めく金貨。割れんばかりの拍手と、多大なる敬意(チップ)

 


 だが、男は、仕事に全てを捧げすぎてしまっていた。



 綻びはずっとあった。だが目を背けていた。

 男は、知っていた。

 仕事で深夜遅くに帰っても待っていた妻の優しさに──何一つ報いていない事実を。

 仕事への熱意を知っている娘は、遊びに連れていってと我儘一つ言わなかった強さに──何一つ気付けていない事実を。


 そして──妻は娘を連れて去って、男の元を離れた。


 妻の置手紙に男が気付いたのは、彼女が去った一週間も後だったのだから、逆に笑いも込み上げる。


 だが、それでも、男は仕事を続けた。

 その虚構で作り上げられた大騒ぎ(サーカス)の世界で、他者を喜ばせることが好きだから。いや──それだけじゃない。

 年に二回。娘の誕生日と、『始祝祭』の折は会えた。

 その度に。彼女は男の職場の出口で待っていて、男が来ると決まって走り寄って来る。


『パパ。今日のショー、イカしてたね』


 何年も経ち娘の背は伸びていた。

 そして、娘は昔から変わらずに男の仕事をよく理解していた。

 男が、仕事を頑張っていたのは、単純な理由だ。

 娘の笑顔。最近の流行り言葉の『イカしてる』という娘の言葉が聞きたくて、仕事をしていた。

 単純だ。この世界の誰もが、大切な人の『イカしてる』を聞きたくて仕事を頑張っているんだから。

 次の春で15歳を迎える娘と手を繋ぎ、冬の町を歩いていた。


 しょうもない話だ。


 その年の冬、一年を終え新しい一年に向けて行う『始祝祭』。

 その祭の最中、男は、娘に次に会う時の誕生日プレゼントは何が欲しいか聞いた。

 何が欲しいのか。直接聞いたら、娘は笑って、そのショーケースを指さした。

 その時の娘の台詞はよく覚えている。


『あれが欲しいな。あの髪飾り。だってね』

 それは、髪飾りだった。くっきりとした赤色の髪飾りは、花柄が彫刻されていて、当時はとても珍しい物だった。


 男は笑っていた。男に似て、娘も自分なりの答えを出せるようになっていたから。


 娘の誕生日は、夏の終わり。サーカスの仕事が多く舞い込んだ夏だった。

 今年は会えない。時期をずらそう。その時に、欲しがっていた髪飾りを渡す。手紙でそう連絡をした。


 一週間してから手紙が帰って来ていた。同時に、共和国に招待もされており、読む暇も無かった。


 読んでいた所で、何も変わらなかったが。


 翌月の頭。手紙が届いてから一ヶ月ちょっともしてから、男は手紙の封を開けた。




『危篤。最後に面会を』




 後に、その手紙が到着した日に娘は息を引き取っていたと知った。

 男が妻の実家に訪れた時には、娘はもう冷たい土の下に眠っていた。


 まだ残る蒸した夏の熱に、雨が空しく降り注いだ。


 ◇ ◇ ◇



 ──これは『副団長の事件解決(あのひ)』から、一週間以上前の、雨の日。



 ティバー・ラーナム。

 サーカスの団長である初老の男は、今日も上から下まで真っ白な燕尾服(スーツ)に、白い紳士帽子(シルクハット)

 雨でも構わず、雫型飛空師用(ティアドロップ)のサングラスをかけて、唯一屋根のある物置小屋の裏手にあるベンチに座った。

 何十年経つか。ラーナム団長は布に包んだそれを開けた。

娘に渡せなかった宝石珊瑚(コーラル)の赤い髪飾り。それを未だに持っている。


 夏の終わりとはいえ、天気は荒れる。ざぁっと雨が強くなった。


『ほーら、こっちが近道!』『おい、あの子を止めろ。ここはもう人里に』

『レッタちゃんが言うならこの道が正解!』『あはーん、止まらないわよおん』

『かーかー……かぁ』『だってさ、せんせー』


 そして、雨よりも五月蠅く、サーカスよりも騒がしい集団が、ラーナムの前になだれ込んできた。

 急な雨で、屋根のあるところを求めていたようだ。


「すみません。なんか」

 黒い男が苦笑いで謝って来たのを、ラーナムは笑って返す。

貴方(ユー)たちは旅の人だね? 雨宿りくらい幾らでもしていってくれたまえ」

 ふと、何の気なしにラーナムがベンチに『髪飾り』を置くと──少女がそれに興味を示した。

 黒緑色の髪を長く伸ばした目が大きい少女は、にっこりと笑って言った。


「凄い派手な髪飾りだね。いいね」

「はは。ありがとうね、お嬢さん」

「とっても綺麗だね。おじさんの?」

「ああ。まぁ、そうだね。本当は娘にあげる贈り物でね」

「ふぅん。素敵だね」

「ありがとう」

『おい。人の物を欲しがっては駄目だぞ』

「違うもん。綺麗だって思っただけだもんっ。──それに、思っただけだもん!」

 少女がぷくっと膨れた姿を見て、ラーナム団長が微笑んだ時。


『あれが欲しいな。あの髪飾り。だってね──』



「これ付けてたら、すぐに見つけて貰えそうだなぁ、って!」



『──すぐに見つけて貰えるでしょ。どこにいても、パパに、ね』


 雨が止んだ。

 夏の天気は、すぐに移ろう。雲に太陽を受けて焼けたように光っている。

 じゃぁ行こうか、と声を出した少女の後ろ姿を見て──ラーナムは思わず声を上げた。


貴方(ユー)たちは」


「?」

「あ……いや。その」

「くすくす。おじさん、どうしたの?」

「あ──いや。……こほん。貴方(ユー)たち! あー! 

サーカス! サーカスに興味はないかね!」


 雨上がりの空の下、ラーナム団長は、指をぱちんと鳴らした。


貴方(ユー)たちならスターになれる!!」



 ◆ ◆ ◆


 ──彼らが、無法者(アウトロー)だとは、早い段階で分かった。

 そして、吾輩(ミー)がサーカス内で宿を提供したことによって勇者の捜索を混乱させてしまったことは分かっていた。

 それでも。


 偶然でも、あの日、娘と同じことを言った少女の為に、何かしたかっただけ。




 あの雷を使う勇者が海賊船を探しに行き、副団長が死んだ直後の話。




貴方(ユー)たちは──もう行くんだろう?」



「うん。おじさんにこれ以上、迷惑を掛けられないし、ね」

「そうか」

「ありがとね。おじさん。サーカスに居させて貰えて。楽しかったよ」

「はは! それならよかった。貴方(ユー)たちが居てくれたおかげで、こちらも興行的に大成功でもあったさ!」


 ヴィオレッタは、くすくすと笑った。

「次は道化師やってみたい!」

「レッタちゃんにあのメイクはさせたくない!!!」

『私は火の輪くぐりををしてみたいな』

「そんな自ら自分を動物と認めるスタイルなの、せんせー」『そういう訳ではっ』

(あたい)はイケメンのハーレムを作りたいわ」「「『「それ違くない???」』」」


 彼らは騒がしく、それでいて、とても──と、それ以上はラーナム団長は何も思わないようにした。


「そうだ。貴方(ユー)たちに支払う物を支払っていない。給与なんだがね」

『そうだな。大切なことだ』


「あ。いらないよ。急にいなくなっちゃう訳だし」


 出したくても金庫まで行かねばお金がない、とラーナム団長は言った。

 狼先生はしゅんとしていたが、それを横目にラーナム団長は、その包みをヴィオレッタに手渡した。


「これ。人に渡す予定じゃないの?」


「いいや。良ければ貴方(ユー)に、付けて貰いたいんだ」

「……いいの? くすくす。ありがと!」


 真っ赤な宝石珊瑚(コーラル)の髪飾り。

 どこに居ても、見つけられるような、派手で美しいそれは。



 ヴィオレッタの髪を結い留めて、誰の目も引く程に、赤く輝いた。



「これで、いつでも皆に見つけて貰えるね。

(せんせー)にも、ガーちゃん、ノア、ハッチ、オスちゃん、シャル丸。

みーんな、私の元に集合ね」



 ヴィオレッタは歌うように呟いた。


『そうだな、目立っていいじゃないか』

「似合うとか言ってよ」

「超似合う!! 世界一可愛い!!」

「くすくす。ありがと、ガーちゃん」


 そして、彼女は目的地(・・・)へと向かう。


「それにしても、目的地が近くでよかったね」

「うん。良かった。当日には間に合うね」

「でも、どうして終戦記念日当日じゃなきゃダメなのん?」

「それはどーしても、だよ。どーしても、終戦記念日当日じゃないと、ダメなの」


 ヴィオレッタは、少しだけ静かに微笑んだ。


「ありがと。皆。私の我儘に、付き合ってくれて」


 夜の森の中。


 彼らは笑い合う。手に、背に、様々な形で傷を背負いながら。



 彼らは歩む。道は、暗く荒れていて、花を踏んでも気付けない。

 

 

 それでも、歩む。歩まなければ、出口が見えないから。



 立ち尽くして時間さえ過ぎれば、朝が来る。だけど、誰もそれを良しとしない。

 歩んで進んで。

 


 進んだ先で朝を見つける為に。それが、例え、愚かな歩みだったとしても。



 

  





 ◆ ◇ ◆

いつも読んで頂き、ありがとうございます!

章の間になりましたので、日頃の御礼と、章題変更の謝罪をさせて頂きたく後書きを記入させて頂きました。


ブックマークや評価、そして、いいねを付けて頂き、本当にありがとうございます!

ストックも尽き、もう更新が出来ないかもしれないという絶望感があった時、

いいねを頂けていること、評価をつけて頂けたこと、そして多くの方にブックマークをして

頂けたことが、心の支えに、励みにさせて頂いております!

長く続けられているのも、本当に皆様のお陰です。心より、お礼を伝えさせてください。

本当にありがとうございます!!


また、章題ですが、誠に勝手ながら、変更させて頂きます。

申し訳ございません。


また【16】章につきましては、章の内容をより楽しんで頂けるように考えた結果、

章題を無題で始めさせて頂こうと思います。


何卒、よろしくお願い致します!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ