【15】要望がある【41】
◆ ◆ ◆
あれから、三日経った。
『あれ』っていうのは、海賊船沈没やら副団長の爆死やらから、ってことだ。
ハルルはあの後、何回か起きたが安静にしていた方がいいとの医療魔術師の判断でしばらくベッドの上の生活をしてもらっている。
まだ怪我人らしく結構長い睡眠をとっているが、幸い、元気になるまで時間は掛からないだろう。
今も、窓から朝日がガッツリ顔に当たっているのに寝返りはせども起きる気配はない。
他の状況は、結構変わっていた。
一番、俺を混乱させたのは、ハルルを担いでサーカスに戻った瞬間だな。
あの場の混沌具合は流石の俺も目を見張った。
副団長は、足だけ残して爆散。
ヴィオレッタたちがやらかしたのかと思ったが、そういう訳ではないと団長から聞いた。
事情の全ては団長から聞いた。人造の少女が襲ってきて、最後は副団長と共に爆発したことを。
当事者であるヴィオレッタから聞けなかったのは──あいつら、全員、消えていた。
まるで煙みたいに。幽霊の如く足跡すら残さずに。
そう、ヴィオレッタたちは一人残らずサーカスから逃げたそうだ。
当たり前といえば、当たり前か。
俺が戻ってくるまであいつらがここにいたなら、きっと俺はあいつらを捕まえていた。
いや、あのままあいつらがここに残っていたのなら、あいつらを捕まえたのはきっと俺じゃなかったな。
ふと、部屋の扉が開いた。
おや、尖がりツンツン頭のコルテロ先輩じゃないですか。
「よ、新人。最後に挨拶しに来たわ」
「最後に挨拶?」
「ああ。芸場を変えようと思ってな。
こういう、いいサーカスじゃない場所でやってみたいって前々から団長には話しててな」
「へぇ」
「それにしても、お前が色々と暴いてくれたんだな。誘拐事件だって?
まぁ扉開けてすぐに雷撃を食らった時はマジでイカレてる野郎かと思ったが──」
「コルテロ先輩。今はハルル寝てるんで──『サーカス団員のフリ』はいいですよ」
俺が言うと、コルテロ先輩は眉を一度だけ動かしてから首を傾げた。
「団員のフリ? なんの話だ?」
「役作りはもういいですよ。王国務めの勇者の中でも事件捜査に特化した『警兵隊』。
そこには独立した身分秘匿調査、所謂『潜入調査』の専門部隊があるそうです」
警兵隊は、昨今の新聞でやり玉に挙げられる程度には失態が目立つ部署だ。
上層部のどこかが機能不全を起こしているとまで新聞では書かれていたしな。
そんな部署だけだったら王国は十年前に潰れてるだろう。
『王国正常化の要』──優秀な人材は現場よりの場所に多くいる。
「……新人。アンタ、何者なんだよ。なんで『そこまで』知ってる?」
「似た場所に居たからな」
「同じ臭いが分かるってか?」
「というのもあるが……実際は観察によって導き出しただけだな」
「あ? 観察?」
──おかしな点は、最初からあった。
新人をパシッていた──のはこの人の性分として。
最もおかしな点は、一つ──
「その両腕の無数の傷、短剣曲芸の担当とはいえ、おかしいですよね」
「あ?」
ああ。そうか、本人はまだ気づいていないのか。
まぁ俺も最初は、曲芸の練習で怪我をして出来た傷だと思っていたが……そう『そんな訳ない』のだ。
「サーカスで練習するなら、模造短剣でやりますよ。
怪我しないようにね。本物の短剣で練習しない。
もし本物の短剣で練習するなら余程の馬鹿か、そういう独自の信仰で生きてる人間でしょうよ」
今更だが、コルテロ先輩は年下だ。
だが、サーカス的には先輩なんだし丁寧語で貫いている。
「……あー、なるほど。そうか」
「ええ。だから、その傷は、練習じゃなく違う理由で出来た傷じゃないか、と観察して行ったら、まぁ、そういう結論に達しました」
推理とは違い、だいぶ想像で補填されている部分も多い。
だが、的は外していないようでよかった。
「凄いな。まるで探偵だ」
「友人にも言われたけど、実際はただ見たものを列挙しているにすぎませんよ」
「……ま。いかにも。ご明察過ぎて笑えるわ。……そう、俺は警兵隊の勇者だ。
所属も正解。潜入捜査官ってやつだな。警兵隊とは二ヶ月も連絡は取れてないけどな。
その上……潜入捜査を約半年しても、副団長のデピュティが犯人と気付けなかったヤツだがね」
コルテロ先輩は腰のナイフをゆっくり抜いて、上に向かって回転させる。
「結局、得られたのはこの大道芸くらいだな。お笑い種だぜ。
俺はずっと団長の方を張っちまったからな。荷の管理や物流の最終調整は団長だったからな。
それが怪しいと睨んだんだが……先入観ってのは怖いね」
「ただあんたが裏で活動していたから、誘拐の手引きも少なくすんでいたんだじゃないか、とは思うぞ。
少なくともあいつらは商売し辛くなってたはずだからな」
「優しいな、新人は。まぁと言っても結果が全ての世界だしな。さて──」
コルテロ先輩は回転したナイフを空中で取り、俺に真っ直ぐ向けてきた。
「──そこまで分かっているなら。その事実を俺に突き付けるなんて、自殺願望でもあるのか?」
コルテロ先輩が言外に『お前の狙いは他にあるな?』と睨む通り。
そう、俺は、コルテロ先輩に推理自慢をしたくて喋った訳じゃない。
「要望がある」
「……要望?」
要望はちょっとしたものだ。──軍部でそれなりの地位なら、なんとかなるだろう。とはいえ、それなりに大変な要望でもある。
そして、案の定、その要望を聞いたコルテロ先輩が嫌な顔をした。
後は、細かく交渉をした。




