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【15】おまもり【38】


 ◆ ◆ ◆


 鴉の嘴のような曲線を持った光沢のある黒い刃の大鎌を、ヴィオレッタは夜の月に向かって放り投げた。

 彼女の大鎌は、彼女の術技(スキル)によって作りだされたものだ。それ故、まるで煙草の煙のように、大鎌は靄になって消滅する。

 彼女の靄を生み出す術技(スキル)靄舞(あいまい)という。

 自らの血を黒い靄へと変える術技(スキル)。靄は、魔法で形状や特性を変化させる。

 炎の魔法を与えれば、燃える。変形の魔法で自由な形を形成できる。



 だから、彼女は術技(スキル)を解除した後、必ず少しだけ目が眩む。

 明確な隙であるからこそ、誰にも伝えていない。



 少し揺れる世界の中で、ヴィオレッタは半人形の少女(スヴィク)を見た。

 上下二分割にしたその少女。その両腕は糸の切れた人形のように、生気も動く気配も無い。

 切り拓かれた胴には人工の青い臓器が詰まっていた。

 そして、切断された青い臓器から血の代わりに薄緑色の液体が零れている。よく見れば中に白っぽい粉塊のような物がある。


 ──魔力補給液。と、固形のあれは、固形神経だね。


 魔力補給液は人造で作られた生命の血の代用。そして白い粉は固形の神経。

 人工の身体を動かす為には、魔力に反応する人工の神経が必須だ。

 これは、身体を自由に動かす為に、魔力補給液と一緒に使用しているとヴィオレッタは推測した。


 ヴィオレッタは『半人形の少女(スヴィク)』に近づき──膝を付く。


「痛かった? 貴方の今の身体なら致命傷ではないと思うんだけど。

……謝らないよ。襲って来たのは貴方だから」

 スヴィクは声を発せない。

 ヴィオレッタはその姿を見て、細い指でスヴィクの頬を撫でる。


「今から少し痛いから。暴れてもいいけど、面倒になったら首を落として殺すよ?」


 そしてヴィオレッタは液体の零れる断面の中に、手を入れた。



「っ!!! ぅ!!!」



 声にならない悲鳴を上げて、少女は身体を捩る。

「れ、レッタちゃん!?」

 彼女の後ろにいた混血(ハーフ)名無しの男(ガーちゃん)は慌てて駆け寄って来た。

 人の姿で、皮膚は怪刻(ガーゴイル)のように黒く少し硬い。人の目の色ではない黄金の目で、『ガーちゃん』はヴィオレッタを見て、立ち止まる。


(真剣な目だ。レッタちゃんは、少女を殺そうとしていない?)


 ガーちゃんが内心で呟いた直後──ヴィオレッタは何かを引きずり出す。

 それは、無骨な鉄の塊だった。手に乗るサイズの長方形の箱であった。


 人体に詳しくない人間でも分かる。それは人間の体の構築に必要のない物だということは。

 人造の人間には必要なのかもしれないと考えたが、すぐにガーちゃんは異質なことに気付く。

 それには管も何もついていない。外した形跡もない。

 つまり『体に埋め込まれていた何か』ということだ。


「……な、何だ、それ」



「爆弾だよ。もちろん、比喩的な意味じゃない」



「なっ! それじゃ」

「不愉快だよね。あ、まだ動かないでね。身体の中にまだ後2つ入ってるから」

「れ、レッタちゃん。そしたら。爆弾が体に入ってるって、それならこの子は」

「うん。そうなるね。ずっと体の中で変な音がしてたから……この子は最初から──」


「……違う」


 言葉を発したのはスヴィクだった。

 震え、痛みを堪えた声で。


「恋様っ……恋様は……ッ!」


 手が、動いた。


「そんな、こと、しないっ!!」


 咆哮だった。それは、野生動物が死の間際に出すような、高い声の咆哮だった。


「レッタちゃん、危なっ」


 煉瓦が砕けるような、軋み破損するビキビキといった音が鳴る。

 彼女は右腕を力の限り振り回した。


 ガーちゃんは、考えるより早くヴィオレッタを抱きしめた。


 ガーちゃんの顎を裏拳が叩き、「ぶぇえ」という間抜けた声を上げた。


「こ、恋様は……歩けない、私に、足を。死ぬ、だけの身体に。身体を。くれた」


 その声も、まるで擦り切れた録音のように荒く途切れ途切れになっていた。

 ガーちゃんは、ヴィオレッタを強く抱き締めた。


「貴方は、洗脳されてるだけだよ。これは間違いなく爆弾で貴方は──」



「違うッ!!」



 半人形の少女(スヴィク)は、崩れていた。

 顔から、外殻(ひふ)がぼろぼろと落ちて。それでも、その水晶のような目だけは光る。


「恋様、は悪く言われては、いけない。恋様はっ……そう……ッ!」


 目標を見ていた。最後の力を振り絞って。

 最後に『与えられた命令を完遂する』というその意志で。



 スヴィクの身体は、人形だ。ただの人形ではなく、重さがほとんどなく、まるで羽毛のように軽い。

 だからその手の力だけで──ヴィオレッタたちを跳び越えた。



 ──そうだ。分かった。これは『優しさ』なんだ。

 ──恋様は、きっと、もし負けた時にでも、命令を果たせるように、忍ばせてくれたんだ。

 ──子供が初めてのお使いをする時に、親はおまもり(アミュレット)を渡すよね。

 ──それは、お財布を落としてしまった時の為の保険。おまもり(アミュレット)を開けたら、お金が忍ばせてある。そういう類の。だから。ああ。



「ハッチっ、オスちゃんッ!!」


 ガーちゃんは、叫んだ。

そして、ヴィオレッタがその光景を見られないように、顔を自分の胴で塞ぐように、抱き締めた。

 それは、何故そうしたのか、ガーちゃんにも分からなかった。

 冷静になってからこの行動を思い返した時、ガーちゃんは『レッタちゃんの心の傷になってしまう気がしたから』と答えるだろう。


 副団長の隣に立っていた二人は、ガーの叫び声に気付いた。

 その一瞬で、筋肉魔女男(マッスル・マッヂョマン)のヴァネシオスはハッチと近くに居た団長を抱えて跳べた。


 拘束された副団長に──半人形の少女は両手を広げて向かう。


 ──ああ。恋様。貴方は、本当に、優し






 その爆発は、まるで悲鳴だった。





 暗く出口のない甲高く悲痛な音と、爆風の熱だけがその場に残った。






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