表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

294/842

【15】未完成な失敗作【37】

 ◇ ◇ ◇


 それは、ありふれた話だ。


 十年程前までこの世界は、人間と魔族で大きな戦争を行っていた。

 勇者と呼ばれる少数精鋭が突破口を開き、まさに『勇者(えいゆう)的な活躍』で戦場を駆け抜けていった──その脇の話。

 『勇者が訪れなかった』幾つかの戦場は、戦線を維持したまま膠着状態が続いていた。

 文字通りの膠着だ。

魔族は人間の十倍も力があるとしても、人間は魔族の十倍の人数があった。


 歴史上、悲惨な戦闘の記録は何ヶ所かあるが、北側にある『黒岩礁(リペリ)島』もその一つである。

 この島は、魔王国と王国にとって、地理的に可能なら確保したい島であった。

 漁村が多くちょっとした港がある。人間の住まう村が十程ある面積。

 王国としては、ここを補給の拠点に海路を拓ける魔王国への侵攻の要所。王国本土からは、島を2・3経由しなければならないが、守りたい場所である。

 魔王国としては、王国領土侵攻における足掛かりの一つとなる。魔王国本土からは、島を3・4経由しなければならないが、落としたい場所である。


 結果、戦争の中期~後期にかけて、両陣営の戦力の一部はそこで激突した。


 この『黒岩礁(リペリ)島』の戦いは──人魔戦争の中でも民間人の死傷者が異常なまでに多い。


 何故、民間人が残ったのか。

 戦時法に従い、魔王軍はその島に避難勧告も出していたし、投降命令も出した。だが、王国軍はその時既に王国方面の港を徴収し切っており、民間人は逃げる船が殆ど残っていなかった。

 その結果、島民の9割を残したままの開戦が行われてしまった。


 血水泥の殺し合いの裏で、民間人たちも地獄の生活をしていた。

 元から岩山が多い島であったから、洞窟が多かった。

その洞窟に隠れ、爆撃に怯えながら怪我した細い体を寄せ合って生きる日々。物資が無く、手当も治療も出来ない。


 朝になれば砲声。昼になれば怒号。夜になれば悲鳴。


 終戦の日まで、この島は、どちらの勢力にも傾かなかった。

 つまり、その日まで、およそ200日間、ここは殺し合いが続いていた。


 よくある話だ。

 戦争が終わり、残った島民は元居た島民の1割にも満たない。

 生き残った者の中には、衛生環境が悪い中で怪我をした為に重篤な症状が残った者も多い。そして免疫力の無い子供の死者は、数えきれない程に多い。

 だから、喜ばしいことではあった。──両手両足が腐り落ちてしまったとしても、声が発せなかったとしても、一命を取り留めたのだから。


 まだ7歳のその子供は、四肢と声を失いながらも生きた。

 そして、十年近く、少女は設備の整った病院で療養していた。

 暗い──暗い夜の海を泳ぐような、終わりも無ければ、行く宛ても無い生活の中で。

その少女の元に、一人の男が訊ねてきた。


『動けるようになりたくはないかい?』

『自分は、人体実験を行っている。成功すれば動ける身体が手に入るかもしれない。失敗したら』


 失敗してもいい。

 少女は出せる限界の声でそう答えた。

 元より、このまま死人のように生きるだけなら。

 可能性があるなら、賭けずにはいられない。


 そして『恋』と呼ばれる男の『実験』は成功した。


 ただ、砂は零れ続ける。急がなければ。そうしないと。


 ──だから、恋様の為に。

 恋様の命令を、遂行しなきゃいけないのに。

 副団長を殺さなきゃ。それに、邪魔者たちも。

 なのに。

 ごめんなさい、恋様。



 ◇ ◇ ◇



「恋様。大丈夫ですか?」

「あはは……いやぁ、だいぶ厳しいね。まだ酷い耳鳴りがするよ」

 盲目の男、恋は小さなボロ船の上で頭を撫でていた。

「申し訳ないです。イクサがもっと早くに駆けつけていれば」

「大丈夫だよ。そもそも自分の不注意だった。あの勇者サマ、結構強かったからね」

 煙を上げ沈みゆく海賊船は、もう遠い。陸地が見えてきている。


「恋様、この後は、どうされるんですか?」

 イクサが問うと、恋は腕を組んだ。


「そうだねぇ。一回戻った方がいいかもね。勇者サマに顔を見られてもいるし」

「え。でもあの勇者は海賊船の中ですよね。もうじき沈むあの船の中……。もう生きて戻ってくることは無いんじゃ?」


「いいや。ああいう勇者サマはね、不思議なことに何が何でも生き残るんだよ」

 恋は指を組む。そして、昔を懐かしむように笑った。


「スヴィクの回収はよろしいのですか?」

 イクサが訊ねると、恋は答えない。

「恋様?」



「……そうだね。副団長の始末とか諸々、スヴィク出来てるのかな?」



「出来てません。先ほど千里眼(スキル)を使って『視』ましたけど」

「なら、他の邪魔者の処理は?」

「無理だったみたいですね。その為、今、胴から上下二つに別けられちゃったみたいです」

「はは。じゃあ、やっぱり助けにはいかないかな」

「よろしいんですか? あの子は恋様が作った完成少女(ネメシウス)の一つですよね?」

 イクサが訊ねると、恋はイクサの頭を撫でた。


「イクサ。自分がスヴィクにばかりかまけていたから、キミは快く思ってないと思ってたけど?」

「快くは思ってないですよ! 恋様は次々に新しい子を作るんですもん!」

「はは。まぁ実験で必要なことだからね」

「ええ! だから別に。スヴィクを回収しに行くならいいと思っただけです。

私と同じ完成少女(ネメシウス)ですから」


「……同じ、ねぇ。それは違うよ、イクサ」

「え?」



「あれは完成少女(ネメシウス)じゃない。

術技(スキル)の発現も無く、半人(デミ)化適合も無かった。

寿命が極端に短い未完成な失敗作。キミとは違う」



 恋は続けて笑う。

「生きる執着がある者は強い術技(スキル)を持てる子が多いんだけどね。

あの子は残念だった。拒否反応が大きすぎて、全体修復(オーバーホール)してももう死んじゃうよ。

やっぱり、自分はキミが一番だよ、イクサ」

「も、もう。恋様ったら」

「はは。それに、与えた仕事を達成出来ないなら、置いておけない。道理だろう?」

「それもそうですね。仕事が出来ない子なんて手元にはおけないですもんね」

「そうだよ。その点、イクサは優秀だから」


 甘く恋は語らい、船は桟橋に辿り着く。

 丁度、その時、頭上を一瞬極光が照らす。

 恋にはその光は捕らえられなかったが、イクサは目を覆っていた。


「? どうしたんだいイクサ」

「いえ、凄い一瞬眩しくて。流れ星みたいな。いや、爆弾でしょうか」


 真っ直ぐに海賊船の方へ進む黄閃。

 首を傾げた後、『ゴロロッ!』と雷鳴のように空が鳴った。


「雷、だったんでしょうか」

「……それは、嫌だな。自分は雷が大嫌いだ。すぐに行こうじゃないか」

「はい。恋様。じゃぁ、手を繋ぎましょうか」

「そうだね」


 イクサは、上機嫌だった。

 鼻歌を歌いながら、恋の手を引き歩き出す。町の外──闇の中へと消えていく。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ