【15】副団長 デピュティ【34】
◆ ◆ ◆
「デピュティ。どうして、貴方は誘拐の幇助なんてしてしまったんだい」
上から下まで真っ白。シルクハットを被り、スーツに身を包んだサングラス姿の初老の男──彼はここの団長であり、ラーナムという。
ラーナム団長は、目の前の男に話しかける。
その男は逮捕用の鎖も手錠もないから、代わりにサーカスの獣用の鎖で両腕を縛られている犯人である副団長。
副団長、名前は、デピュティ。
彼の隣には、黒い肌を持つ混血のガーちゃんと、銃を持っている赤金髪のハッチがいる。二人が、デピュティの見張りだ。
回答が出ないデピュティを見て、ラーナムは彼の前に座った。
「そう言えば、あの星3.5の新人。だいぶ容赦なかったね。
吾輩はビビったね。もう老人用パンツが必要かもしれなかったよ」
ラーナムは、ほらと左腕を見せて笑った。握られた手の痕が少し残っている。
ジンは犯人を見つける為に、『怪しい人間をくまなく尋問した』。
相手に『全て分かっている』と嘘を吐き、拷問する様は勇者というか悪党ではあったと大悪党よりお墨付きをもらえるほどだった。
実際、かなりの無茶だ。だが、その無茶があったからこその迅速な解決ではあった。
「コルテロ君も電気を受けたらしいけど、どうだったんだろ。
吾輩はもう二度とビリビリしたくないね。
それと、この痺れは明日には無くなるらしいけど。電気って怖いと改めて思ったよ。
貴方もそうじゃないかい?」
ラーナム団長の明るい声が笑い飛ばすが──副団長はやはり暗澹たる顔をしていた。
「貴方は……真剣に、サーカス団がどうなっていくべきか、マネジメントしていて。
真剣に憂いてくれている人だったじゃないか。貴方は何故、そんなふうになってしまったんだい?」
「……はっ、は。だ、団長」
「?」
「さ……最初から、こう、でしたよ。さ、最初から」
「何?」
「あ、貴方は、相手のスター性を見る力があっても……
相手を、……人を見る目が、無い、ですから」
呪詛のように捻りだされた言葉に、ラーナム団長はシルクハットの鍔を掴んで目深に被った。
「そうだね。そうなんだろうね。
だとしてもね、貴方は吾輩の家族も同然なんだ。
だから、やり直そうじゃないか」
煌めく宝石を泥の海へ投げ込んだように──その言葉には返事が返ってこなかった。
ラーナム団長は、深く息を吐いた。そのサングラスの下の表情は、長年一緒にいた副団長も分からなかった。
「じゃぁ、デピュティ……。貴方に質問がある。
誘拐した子たちは、どこにいるんだい?」
団長が優しく訊ねると、副団長は首を振った。
「知らない」
「知らない訳が無いだろう? もう、教えてくれ。子供たちを家族の元に帰そう。少しでも」
「し、知らない。だ、だって……」
◆ ◆ ◆
副団長の名前は、デピュティ。
サーカス団に所属しながら、誘拐事件の片棒を担いでいた犯人である。
誰の命令で、どうして誘拐事件に協力していたのかは、まだ分からない。
しかし、分かったこともあった。
『勇者。……あの部屋』
狼姿の魔王とヴィオレッタと、俺の三人は──ある部屋から出て来た。
俺たちが入っていたのは、デピュティの術技で作られた異空間の一室だった。
「ああ。……本当に胸糞悪いな」
俺が言うと、『狼姿の魔王』も頷く。ヴィオレッタでさえも口を噤んでいた。
それも、そうだろう。『魔王』の探索魔法のお陰で見つけた異空間部屋は……見つけたことを後悔させるに十分な程に、凄惨な場所だった。
少年たちを弄んだ記録。
切り抜かれた舌の瓶詰。夥しい血の香りと薬たち。
ベッドの上に人形のように放置された少年。
少年ばかりを甚振り、舌を抜いた。
悪逆という言葉で語れない。これは、邪悪だった。
『誘拐した少年少女の内、少女をもう一人の犯人に売り、少年で愉しんでいた、ということなんだろうな』
魔王が軽くまとめた。……俺は、頷き、強く唇を噛んだ。
『ともかく、追っていた犯人を捕まえた訳だ』
「でも、誘拐を依頼していた『依頼人』がいるはずだよね」
ヴィオレッタがそう言う。
「だな。その辺は、あの男を尋問すれば意外とすんなり吐くとは思うぞ」
「だね。『依頼人』が、私の研究データを盗んだ犯人。
そいつを捕まえないと、根本は解決してないなぁ」
ヴィオレッタがくすくす笑う。
確かに、そうだな。あくまで副団長は実行犯。と、言っても、誘拐を命令していた犯人とはかなり近い関係の可能性も高い。
外に出た。ラーナム団長が副団長と話しているのが遠目に見える。
とりあえず、これで一件落着になるはずだ。
後は、誘拐された子たちの居場所を聞くだけ。ハルルが動く前に全てが終わったか。
ん──また、爆発音?
東の方から、音がした。
「ジン。何か気になってるの?」
「ん。いや。まぁ、ちょっとな。音が」
「ああ。ジンも聞こえるんだ。多分、爆発してるね」
そう言えば、ヴィオレッタは耳が滅茶苦茶いいんだったな。
──また何か、響いた。この大きさの爆発音って。
「大砲かなぁ、今のは」
「よく聞き分けられるなぁ」
「くすくす。ありがと。でもあの音は分かり易いよ。まるで海賊船の大砲だね」
「海賊船の」
話をしながら、鎖に繋がれた副団長に近づいた時、団長との会話が聞こえてきた。
「誘拐した子たちは、どこにいるんだい?」
「知らない」
「知らない訳が無いだろう? もう、教えてくれ。子供たちを家族の元に帰そう。少しでも」
「し、知らない。だ、だって……──
も、もう既に、海賊たちに渡し、わ、渡した……『誘拐した子たちが入った鏡』を
だから、どこにいるか、わ、わ、分からない」
誘拐した子たちが入った鏡を、渡した。
海賊に──。おい、まさか。そしたら。
俺は、爆発音がした方角を見た。手に、汗があるのが、分かる。
「……まさか」
ハルル。今もしかして、海賊と、戦ってるんじゃ。
「ジン?」
ヴィオレッタが首を傾げた。俺は、息を整える。
……杞憂かもしれない。だけど。
胸騒ぎが、収まらない。




