【15】仕方なく歪んでしまった【27】
◆ ◆ ◆
女性のことを怖いと思ったことしかない。
幼い時から、人より足が遅く、人より考えが浅はかな節があった。
だからか、学舎では馴染めず、イジられるターゲットにされていた。
そして、様々な『悪戯』にあった。気付けば『イジられる』から『イジメられる』に変わっていた。
ズボンとパンツを脱がされて、下半身丸出しで女性たちの前を歩かされた。
その時の、彼女たちの虫でも見るような冷たい目が今でも瞼の裏に焼き付いている。
戦争が始まり、閉鎖的な村に疎開した時には、自分を自分で他人より劣ったイジメられても仕方ない奴、と認識していたのもあって、すぐに標的とされた。
ただ、そこで、イジメられないように助けてくれた中年女性がいた。
舌の長い女性で、その人は──男児しか愛せない女性だった。
嫌だった。けど、仕方なく。夏の夜、月も星も無く、ただその女性の目だけが光っていて、シーツの中に沈んでいった。
だから、仕方ないだろう。
幼い頃に、そうやって女性に対しての恐怖心がある。
自分は、『仕方なく歪んでしまったんだ』。
女性と喋るのはずっと苦手だ。
サーカスに入った当初もそうだった。そんな自分に、『サーカスの見習いの少年』が話しかけてくれた。
嬉しかった。
少年は純真無垢で、快活で、真夏の花のように輝いていた。
タンクトップの隙間、腋から腹部にかけて見えた褐色の肌。
にかっと笑う揃った歯。少年の笑顔が忘れられない。
そして、思いの丈をぶつけた。
こういうことをしてしまう理由も話した。仕方ないんだと、女性が怖いんだからと。
最初、困惑していたようだが、そのまま押し倒し、何か色々と告げた。
結局、『受け入れて』くれた。涙を流して、『喜んで』いるようだった。『舌』を絡めて愛し合った。
快感と幸福。誰かに受け入れてもらえることが嬉しかった。
その後、少年は自殺した。
受け入れてくれたのに。泣きながら喜んでくれていたのに。
あれは、嘘だったのか。……いいや、自分が。
違う。
違う。
違うんだ。
あの少年以外に、受け入れてくれる少年がいるはずだ。
でも、この時、分かっていた。
自分が異常なんだ、ということは、正しく理解していた。
誰にも告げない真実を言ってしまえば、『理由』があったからやった。
『過去、イジメられた事実』、『女性を恐怖する事実』がある。
自分が『可哀想な人間』だから、犯罪をしようが、歪んだことをしようが『許される』。
そこまで自らの精神の保身を考えてから、少年に悪戯を続けた。
ただ、その当時は──あの少年以外に肉体関係を結べずにいた。
ただ、悪戯をするだけ。
練習中に、軽く尻を触ったり。身体をぶつけて、こすりつけたり。
時折、トイレでサイズのことを喋りかけて見せてもらうこともした。
これくらいなら、下ネタが行き過ぎた、でおとがめなしで終わると思ったからだ。
そんなある日、箍が外される。
『恋』と自称する男との出会いによって。──一年以上前になる。
最初は、『封筒』が届いた。
その封筒の中には写真と、たった一枚の手紙が入っていた。
写真は──驚いたことに、『自殺してしまった少年』の写真だった。
そして、自分が少年の身体に触れている写真から始まり、サーカス内の物置に連れ込んで襲っている写真があった。
他にも悪戯をしている写真が十何枚も。そして、一枚の手紙には、簡素な一文と、『日付と住所』。
『証拠写真はある。取引をしよう』
金品を要求されると思った。それなりに金持ちではあったから。
そして、呼び出されたビアガーデンで、『恋さん』は微笑みかけた。
『キミは今後も、満たされない安い悪戯を続ける?
それとも、あの少年を愛したように、もっと愛して満たされる?』
言っている意味が分からなかった。
『少女が必要だ。鼠実験から、雌の方が生存率がいいことが分かったからね。
対して、キミは、少年が必要だ。キミの幸福の為にね』
『偶然とはいえ、上出来だろ。
この世に性別は生物学的には二種類しかなく、一種類ずつ必要としている人間が揃ったのだから』
そして、恋さんは具体的に話を始めた。
誘拐の方法。誘拐を手伝う無法者。搬送の方法まで。
自分の術技も役に立った。本来の用途とは違うけど、誘拐向きだった。
『本当はもっと嗜虐的にしたいんだよね』 薬を貰った。
『甚振りたいんでしょ。昔やられたことをし返すように』 拷問器具まで与えられた。
『大丈夫。自分に任せてよ。隠蔽はいくらでも出来る』 死体は処理してくれた。
『大丈夫。自分に従ってくれれば何でも上手く行くよ。
そして、その見返りに、ずっと幸福でいられるよ』
サーカスに来る子供の誘拐を手引きした。
勇者から追われる無法者たちの中継場所にもした。
これが悪事であり、肥溜めのような泥の底にいると、自分で分かっている。
でも、『仕方ない』だろう。『今までずっと辛い目にあったんだ』から。
だから、甘く囁く恋に堕とされた。
◆ ◆ ◆
──名前も知らない少女が俺の腕の中で息絶えた。
弟を助けて欲しいと。皆を助けて欲しいと。
怒りが、腹の底で煮えていた。
だけど、菓子屋で癇癪を起す子供ですら、思い通りに菓子を手に入れられない。
常道、怒りや憎しみだけで全ては解決しない。
暗い夜空を見上げた。深夜過ぎ。星は無いが、サーカスの至る所には祭用の『浮き提灯』が浮いていて橙色に地面を照らしてくれていた。
目的の場所はここだ。
少し大きめの事務所部屋。
ノックをする。この時間でも、必ず返事はある。
そういう役職なのだから。
はい。と声がして、扉が開いた。
万が一の時の為、すぐに、爪先を扉の間へ突っ込む。
「夜分に悪いが。早急にしたい話がありまして……ああ、誘拐事件の件だよ」
『彼』は俺の顔を見て、少し焦ったのか、扉を引く手に力を入れた。
扉は閉めさせない。
気の利いた台詞は出ない。
目線は逸らさない。
「あんたが犯人だ。厳密にいえばサーカス内の内通者、か」




