【04】崩笑、叫笑、鳴り止まず【05-2】
◆ ◆ ◆
俺たちは、熟練者であるA級勇者だ。
それも、勇者という呼び名になる前は、全員が軍人だった。
軍属として、人間の脅威である屍人や半獣半人と対峙し続けてきた。
奴らは獣の知性しかないが、強大で邪悪な力を持っていた。
それを倒す為、戦術や術技を磨き続けた。
そして、そういう人類の敵と呼ばれるモノと戦い続け、磨かれた勘が告げている。
目の前で悠然と微笑む、闇夜に立つ少女。
こいつは、間違いない。同じだ。
屍人や半獣半人たちと同じで、人間への憎悪で動いている。
人類の敵だ。
黒い毛皮を纏い、ほぼ上裸で蠱惑的な笑みを浮かべている。
武器を構える訳でもない。無防備だ。
しかし、どうやったかは不明だが、俺の仲間を。
A級の熟練勇者を一瞬にして二人も殺害した。
警戒は続けていた。なぜだ。
だが、その疑問を解くには、攻めるしかない。
「このっ!」
我武者羅に剣を少女へ突き出す。
刃は少女に──届かない。
少女の手前で刃が、『黒い靄』で溶かされた。
そういう仕掛けか?
剣を離し、後ろへ飛び距離を取る。
黒い靄。
いったい、何だあれは。
魔法? 術技? 分からないが、触れるのは拙いだろう。
ならば、取るべき行動は一つ。
少女から距離を取り、その勇者はもう片手にある鋼のナイフ──『術技簡略装置』を構えた。
遠距離魔法で、押し切る!
「【炎槍】!」
赤橙の炎が、槍のようにまっすぐ放たれる。
夜の森を赤々と照らす火炎放射。
周囲一帯を焼き焦がす炎が、俺の持つ鋼のナイフから放たれ続ける。
「私の纏う靄はね。師の持ってる術技なんだよ」
炎の中から少女が現れた。
何故──。
「師のスキルはね。【靄舞】っていうの。発動するとこの靄が生まれる。で、この靄自体が、私と世界を、境界線を、曖昧にしてくれるんだよ」
少女は、燃える枝を踏みながら、近づいてくる。
そうだ、そのままこい。
数歩。あと数歩でいい。
射程に入れば、一斉に。
「靄触ってみる? 面白いよ。
魔力で出来てて。ふわふわなの。
それにね。私の発動する魔法に合わせて、効果を変えるの。
色々実験してね。ああ、もともと、私、魔法の研究が好きでね。
それで、術技の発動者の境界線を取り払う性質を──」
「今! 畳みかけるぞ!」
俺は叫ぶ。
「【鎌鼬】!」「【炎槍】!」「【石礫】!」
「──人の話、無視するなんて、気持ち悪い」
風の刃が少女を刻むことは無かった。
全てを切り刻む筈の鎌鼬は、ふわりと少女の黒緑色の髪を舞い上げただけに終わった。
焼き焦がす炎は空中で霧散し、大岩も蜂の巣のようの穴が開き粉になって地面に落ちた。
魔法無効化……っ。いや、さっき、境界線がどうしたと言っていた。
効果を変えると言っていた。剣を溶かすこともするし、術技も破壊する。
なるほど。やはり、この少女は、危険な存在だ。
だが、ダメだ。このままでは勝てない。
夜の闇、森、空間。その全てが悪手だ。
相手の靄を認識し難い地形では、なるほど、仲間たちが一瞬で殺されたのも頷ける。
決断した。ここは引こう。
応援を。応援を呼ぶべきだ。
このままじゃ全滅した上に、こんな危険人物の情報を誰にも渡せない。
仲間たちに一瞬の目配せをする。
彼らは一様に頷いた。そう。
誰でもいい、誰かが、生き残ろう。と。
俺の行動は、その打算ゆえだ。
その場に、座り込む。そして、懇願する。
「こ、殺さないでくれ! なんでもする! だから!」
これで、隙は生まれるはずだ。
このまま、捕虜として捕まるにしても、この少女の目的が分かる。
もし殺されるにしても、それなら、その瞬間、後ろの二人は逃げ切れるはずだ。
誰かが、生き残りさえすれば情報を伝えられる。
「それって、勇者サマ。私に負けを認めるってこと?」
「そうだ。参った。降伏す──」
──キーンと音が響いた。
少女と目が合う。ぐらんぐらんと世界が揺れる。
急激に世界の色が、葡萄酒色に変わっていく。
これは、なんだ。
「じゃぁ、おねがいを聞いてもらおうかな」
「は……い。なん……な、り、と」
なんだ。自分の意志と、反して。なんだ。これは。
まさか。あの少女。術技を二種類持ってるのか。
「じゃあねえ。その後ろの仲間の、そっちのロン毛の方から、首。刎ねて見せて。その次は筋肉達磨ね」
体が、勝手に動いた。
止まらない。それに、意識も遠くなっていく。やめろ。やめてくれ。
なんだ、これは、幻術……いや、催眠系の……!
「はい。かしこまりました」
◆ ◆ ◆
元仲間を、涙を流しながら殺す様。元仲間に殺されていく勇者。
少女はくすくす笑った。
黒い靄の一つが、狼となり少女の隣に立った。
「師、どうしたの? あ、心臓食べたい?」
黒い狼。それは魔王の仮の姿だ。
その狼は、少女を見た。
『敗北を認めた相手にどんな命令でも強いることが出来る。【屈服】。凄まじい力を秘めた術技だな』
「そう?」
『しかし、三人とも従わせればよかったんじゃないのか?』
「嫌よ」
『何故?』
「師。あんな筋肉達磨みたいな人たちと歩きたい? ロン毛の気持ち悪いのと一緒に過ごしたい?」
『……』
「この勇者サマ、顔が女の子みたいじゃない?
だから良かったの! 少しの間だけ手元に置いておこうかな、って。
でもね、本当は女の子しかね、私の支配下に置きたくないんだよ?」
『選り好みしていたら、目的の術技が手に入らないぞ』
「そーかもだけど、嫌なものは嫌。それに、目的の人がいれば万事解決、でしょ」
『まぁ、そうだが』
「じゃ、早く探しましょう。師が必要だって言ってる術技。えーっと、なんだったけ?」
『……『生命回復』、『死霊術』、そして『支配人』。その三つを君の屈服で従わせることが出来れば』
「目的を達成できる、のね。それは、本当に楽しみ」
『早く、集めよう』
「そーだね。くすくす。そしたら、ずっと一緒に居られるからね。ずっと、ずーっと。ずーっとね」
愛らしく、そして、どこか崩れるように、少女は笑う。
叫び声のような笑い声は、森の中にこだました。




