【15】ジンさんって、何者なんだ?【22】
◆ ◆ ◆
この王国には、『兵士』はいない。
だが、代わりに『勇者』がいる。
この国では、『兵士』も『冒険者』も『魔法使い』ですら、勇者と括られる。
それは他国に狙われ小競り合いが続いた時代背景があっての選択だ。『勇者』を必要時に『兵士』として戦場に投入できるように。
その際、『勇者』を統括する為の部署が必要だ。
それが『参謀本部』の意義の一つであり、それ故、命令系統の最も上位に存在する。
また、『参謀本部』は戦前からある。当時から十数名しか在籍が無いが現在でも、この国の舵取りを担う重要な部署である。
王に最も近い権力。そう言いかえることも出来る。
◇ ◇ ◇
──ジンが道化師を演じる数日前のこと。
ジンは『ある人物』に訊ねた。『サーカスを使った誘拐事件。何か心当たりないか?』と。
その時、『その人物』は上がって来た資料の中でそんな文言を見た気がする程度の感想であった。
実際、王国中から上がる事件資料を『彼』が全て把握している訳ではない。
その為、ジンが問うた『その人物』──『王国参謀長ナズクル』は、同じ質問を、純粋な疑問として問い掛けを行った。
「サーカスを使った誘拐事件が起こっているそうですが、何か進展はありますか?」
「誘拐事件ですか」
王国内の事件捜査を行う専門の勇者組織、『警兵隊』。その頂点にいる痩せすぎの男──元西方前線基地の司令だった経歴を持つ警兵総長は、指を組んだ。
(誘拐事件? 何か今、大きな事件があったか? ……くそ。ナズクルはまたどこから情報を引っ張り出してきているんだ)
警兵隊の総長は、プライドが高い。警兵隊自体が勇者制度より遥か前からあり、勇者を軽んじた思想が強いというのもあった。
「ええ。進展を聞かせて頂きたかった」
ナズクルとしては他愛もない質問であった。会議の場でもないし、他の部門長がいる訳でもない。
だが、警兵総長は──ナズクルに対して気を回し過ぎた。
それが逆に思考を加速させる要因となってしまった。
(誘拐事件か。昨今多いと聞いている。それを突っ込んで聞いてくる……そして『サーカスを使った』という言葉選びから察するに……参謀府は何か掴んでいる、ということか。
警兵隊の仕事が遅い、ということを指摘しているということ? いや、会議で言わないということは我々の顔を立ててくれているということか。
時期的にも、終戦記念祭の前。……魔王の復活も危ぶまれていると聞く。
参謀府的には揉め事をこれ以上は『内地』に持ち込んで欲しくない、ということか)
「丁度、この後、関所に通達をする予定でしたよ」
「流石、天下の警兵総。仕事が早いな」
ナズクル的には本当に称賛したつもりだったのだが。
(くっ。嫌味か? ……しかし、流石、参謀府か。どこまで深い情報を持って動いているんだ。
ともかく、やることは明白。国内のサーカスは全団体停止させるしかないな)
◆ ◆ ◆
俺は、眠れずにいた。
目を開け、薄暗いテントの天井を見る。非常用のカンテラの薄明りだけがぶら下がっていた。
『サーカスの国外退去命令』。
その言葉を思い返し、俺はため息を吐く。
それは、昼間の団長の話だ。
曰く、王国から通達が一方的に突き付けられたそうだ。
どうやら誘拐事件絡みのようだ。
俺がナズクルに伝えていたのもある。
国に伝えたのと同じだし、変に作用してしまったのかもしれない。
ヴィオレッタとガーは犯人を捕まえてやる、と勇んでいた。
意気込みには団長も副団長も少し苦笑いしていた。
無理のないようにね! と団長からは激励されていた。
俺は、退去命令は面食らったが、別に退去でも構わないとは思う。
興行する場所が、交易都市の近隣の村だろうが、共和国だろうが、誘拐犯の尻尾を掴むことが目的なのだから。
まぁ……交易都市の近隣での興行、して欲しかったという気持ちは強いがね。
理由は単純で……ヤオのことを思ってだ。
ヤオは、うちの大家さんで、俺の妹みたいな存在の少女だ。
ヤオの両親はこのサーカスで働いている。一年に一回の交易都市公演で近くに来た時だけしか会えないそうだ。
……犯人を捕まえて、退去命令を解除してもらう。
というのは現実的なんだろうか。一度交付した命令を国が易々と取り下げるとは思えない。
だが……やってみるか。どうせ犯人は捕まえるんだ。
捕まえた後に、ナズクルに直接交渉をすればいいか。
俺は寝返りを打つ。目の前に狼の尻尾があった。
ああ、眠れずにいるのは、考え事のせいじゃない。
現状、この雑魚寝のせいだ。
ヴィオレッタの控室は女子と動物専用になっており、俺たち男衆は一般の団員たちと同じ雑魚寝テントで寝ている。
とにかく、狭苦しくて眠れない。
ああ、あの狼姿の魔王は『動物枠に入れられるのが不愉快だ』ということでこっちに来ている。
後、向こうにはロープで縛られているヴァネシオスがいるが、まぁアレの性的嗜好からしてどうして縛られているかお察し願おう。
他にも顔見知り程度の団員も一緒に寝ているので、いくら夏が終わり秋に向かっている最中とはいえ、この人口密度、蒸し暑い。
駄目だこりゃ。
俺は立ちあがって外に出た。
と──木箱に座った黒い肌の喫煙者と目が合う。
「ジンさんも眠れなかったんですか?」
「ああ。そっちもそうみたいだな」
「雑魚寝テントが地獄過ぎなんで」
「違いない」
使いかけの焚火が合ったから、それの火を起こし直す。
元の色が分からない程に煤だらけのケトルを火にかけて、沸くのを待つ。
俺たちはしばらく無言だった。
「なぁ、ジンさん」
沈黙を破ったのはガーだった。
「ん? なんだ、ガーちゃん」
尋ねると、ガーは煙草を缶の中に捨て、次の煙草を取り出した。
それから、火を付けながら、俺を見た。
「──ジンさんって、何者なんだ?」




