【15】さよならであります。【17】
◆ ◆ ◆
瓶詰の苺のジャムをかき混ぜる。果肉が残るジャムを混ぜると、くちゃくちゃとした水気のある音が聞こえる。
そして、逆さに向けて、皿の上にぼとぼとと落としていった──そんなような状態。
物陰で見ていた『席次八位』の魔族の男も、思わず耳を塞いでいた。
「頭蓋は、まだ人間のようなのでありますね」
まるで大鍋を混ぜる料理棒のように、鉄槌でくちゃくちゃとかき混ぜる。
ゴリゴリ。骨に響く音が続く。
それでも、少女は動く。まだ動く。
まだ動くなら、仕方ない。
ティスはため息を吐く。
「もっとバラバラにするしかないでありますね」
蟷螂の腕が、死にかけの昆虫らしく内側に閉じようと動く。
ティスはもう一回、鉄槌をその肩に目掛けて振り下ろす。
「自分の鉄槌に刃物はついてないのであります。故に、複数回の関節への殴打で外れるとよいのでありますが」
──ティスは、魔族の間では『正義狂い』と呼ばれている。
彼女の思う正義に反する者は、どんなものであれ粉砕される。
だが、本当に恐ろしいのは彼女の力じゃない。
彼女には、ためらいが無い。
赤子も、老人も、男も女も関係ない。
目の前に悪と断ずるものがあれば、それをただただ断罪する。
「ティス。その辺で」
「いえ。念入りに潰しましょう。虫の半人は生命力が高いのであります」
もうとっくに死んでいる人造半人の少女へ──何度目か分からない『正義』が打ち付けられた。
(胸糞悪い……あんなのに関わりたくない)
『席次八位』は爪を噛んだ。
(『恋』の奴、何が『新人勇者しかいないから安全』だよっ! 途轍もないバケモノと遭遇しちまったじゃねぇかっ!!)
ドキドキしながら岩の陰から二人の動向を見る。
だが、彼を察知することは誰にも適わない。隣に居る百足すら、彼の存在に気付いていない。
(【存在剥離】。俺は派手な術技じゃない。ただ俺を察知することが出来なくなるという術技。条件は、決められた範囲から動かないこと。動かなければ、決して見つかることは無い)
実際、ティスとの距離は3メートルも無い。
それでも彼女たちはこちらに気付いたそぶりは無かった。
「ティス──イライラしているのか?」
「イライラ? 自分がイライラしていると! そう見えるのでありますか!? イライラしている訳ないであります!」
「そうだな。悪かった。そうカッカッするな」
「カッカッ!? してないでありますと言っているでありますよ!!」
(なんだ、揉めている?)
二人は何か言い合いを始めた。言い合い──というよりかは、ティスの方が一方的に怒りをぶつけている。
「交易都市以降、相当にカリカリしているな」
「してないであります」
「そんなに、正義じゃない、と言われたことが嫌だったのか」
「ッ! ……ええ、当たり前でありますよ!
これほどまでに正義を貫いている自分に、あの駆け出しハルルというヤツはッ!」
「独善、と言われたんだったな」
「そうであります! 思い返すとまた苛立ちが込み上げてきたであります……ッ!」
「ティス。もう別に気にする必要は」
(痴話喧嘩か……なんにしても言い合って貰おう。ともかく、こいつらが居なくなったら、約束通り『恋』に報告して──)
「ところで──覗き行為は『悪』と断じて良いでありますかね」
ティスの右目が白く輝く。それはまるで溶けだした鉄のような輝き。
(目が──合っ! しまった、何かしらの術技──)
時間が消し飛んだように進んだ。──ティスにとっては逆に感じた。
誰もがスローな世界の中、ティスだけが、加速して動けた。
岩盤と、血飛沫。それから『顎』が、空中に飛んでいた。
自分の顎だと彼が気付くまで、数瞬掛かった。
鉄槌が、周りの岩盤ごと抉ったのだ。
(げぁご……っぉぉ!? な、なんでッ!)
戦闘に『もしも』はない。
だが敢えて、言うなら、『もしも席次八位の彼が正面から戦っていたら』、少しは見れる戦闘になったのだろう。
血を浴びて赤黒い液体を飛び散らせる鉄槌が、銀色に光り再度振り下ろされる。
12本の杖、席次八位。称号は伊達ではなく、扱える魔法は極めて多い。
ティスに対して相性の良い空気魔法や水の魔法も扱うことが可能であったが──
「さよならであります。覗き魔殿」
──使う機会は永遠に訪れなくなった。




