【15】全ての悪に、正義の鉄槌を【16】
『ロレッタ様、控室』って、お前専用の控室あるのズルくね??
っつーかヴィオレッタって名前じゃないんだな、流石に。
ヴィオレッタに案内されて、練習部屋から少し離れた控室に来た。
人間四人でギリ座れるかどうかの狭い部屋で、部屋の端に赤金髪の女と、デカいピンク髪のオカマさんと、黒い肌の坊主頭の男。
そして一番奥、ベッドの上には羽の生えた猫と鴉──そして。
ベッドの上で丸まっている狼は顔だけ動かして、口元を笑ませた。
『まさか、またお前がいるとはな。勇者』
「──魔王」
あの狼は、魔王だ。俺が討伐した筈の、魔王フェンズヴェイ。
今は狼の姿で復活している。
本来なら、この場で即座に斬り殺すべきなんだろう。
「確認だけしていいか。誘拐事件に関与しているのか?」
『していたらどうする?』
「謎解きする手間が省けるが、手間が増えるな。
次は蘇生出来ないように念入りに斬り刻む必要がありそうだ」
『ふっ。その脅し文句は、勇者の台詞に聞こえないな』
視線だけがぶつかる。お互い、一瞬も気を抜いていない。
いつでも相手の弱点に打ち込めるように、張り詰めた空気。
誰もこの空気の中で口出しなど──
「はい、香茶! 砂糖を入れると美味しいよ!」
ヴィオレッタ。お前、凄いな堂々として……。
ハーブティー……というか色味がだいぶ赤いんですがこれは本当にハーブティーなのか??
「というか誘拐事件って何?」
「俺が今調べてる事件だ。文字通り誘拐だよ。
お前ら最近、子供を連れ去ったりしてないだろうな?」
「心外。うちの師は小さい子には甘いからそういうことしないし」
『おい。どういう言い回しだ。私は小さい子相手でも対等に』
「ま。だよな。雪禍嶺の時もあの子の為に俺に頭を下げるくらいだし」
『貴様ッ』
「まぁ、お前らが子供誘拐して殺しまくるってイメージと合わないしな。悪かったよ疑って」
香茶を飲む。うお。独特。
めっちゃ知らない異国の花の味だ。
「ジンはその誘拐事件を追ってここに道化師しに来たの?」
「まぁ、言っちゃえばそうだな」
「ふぅん。理由は違うけど私たちも似た感じだよ」
「似た感じ?」
『勇者よ。貴様の探している誘拐事件の犯人。もしかすると私たちの追う相手と同じかもしれん』
「……お前達が追う相手だ?」
『ああ。実はな。先日、我々に喧嘩を売った奴らが居てな。そいつらは──』
「ね。ジン。手を組もうよ」
『な』「……何」
「勘だけど。私たちのムカついてる相手と、誘拐の指示をしている相手って同じだと思うんだよね」
「……話が見えねぇが」
「私たちが追ってる相手は、『私の研究』を盗んだの。
それで、その研究で『作ったもの』の実験で、私たちに襲い掛かって来た」
「……ヴィオレッタの研究? 作ったモノ? 何だよ、もったい付けてないで教えろ」
『……術技と肉体の再構築。別物質同士の複合による共存。すなわち──』
◆ ◆ ◆
魔物とは、人類より遥かに力がある。
そして、魔族も、半人も、まるで人類の進化種のような顔をして跳梁跋扈っている。
だが、先の戦争で、人間族が勝利した要因は何か。
歴史から言わせれば──というか、誰が見ても答えは単純明快。
『数』だ。
先の戦争、人間の量が倍以上だった。
勿論、それだけで戦争は決まらなかった。
最後は、魔族魔物半人が束になっても敵わない『異常域の存在』たちが現れ、一気に戦局を傾けることに成功したのだ。
もし、『数が同じ』──いや、そこまで行かなくても『あと少し多ければ』。
『恋』と言う男は不気味に笑いながら商品紹介を行ってから、付け加えるように言った。
『魔族側に勝利があったんじゃないか? そう考えて作りました──』
そんなセリフを『12本の杖の席次八位』の男は思い出していた。
『究極の戦闘人形、『人造半人』。
──自分は彼女たちを美しく『完成少女』と名付けて呼んでおります。』
──王国領西部。ウノラ渓谷にて、勇者たちの悲鳴がこだました。
「な、何なんだよ、あのバケモノはぁああ!」「逃げろッ」
「た、助けっ──びゅ」
人体より巨大な──拳が振り下ろされた。
トマトソースをぶちまけたように、赤い液体が飛び散った。
ありとあらゆる肉片を撒き散らして。
「こ、こんなガキにぃ!!」
勇者は乱雑に炎の魔法を放った。
その魔法は、少女の巨大な手に受け止められる。
少女、といっても普通の少女ではない。
右腕は少女の身体より巨大で、黄金の鱗に包まれている。
その独特な矢じりの形の鱗と、感情に合わせて膨らむ腕。
魔物に詳しい者が見れば『剛膨魚』の腕だと分かる。
そして、少女の左腕は──長い鎌のようなもの。これは『将軍蟷螂』の腕。
少女の目は焦点が合っていなかった。
だが、それでも──まるで何かに操作されたように、勇者の首を鎌で斬り飛ばす。
「人造半人──こ、これほどの力とは」
席次八位。サングラスを掛けた魔族の男は額に一筋の汗を掻いていた。
眼下──勇者たちが虐殺されていくのを眺める。
たった一人の人造半人の少女の手によって、階級こそ低いであろうが、勇者の群れが殲滅されていく。
『通常の半人よりも好戦的であり、戦闘に長けた脳になっております』
『恋』はそう言っていた。
(脳に仕掛けってなぁ。聞けないが……恐ろしいもんだ)
と、『席次八位』の魔族は逃げる勇者たちの先──逆に近づいてくる少女と男の二人組を見て──更に額に汗を掻く。
(……やべぇのが出て来ちまったッ。あンの少女の方ッ! 『危険人物一覧』で見たぞッ!)
無精ひげを蓄えた男が呑気に腕を組んで首を傾げる。
「あれは、何だろうな」
男の隣、赤熱した赤の髪を一つ結いにした少女は、膝に付いた汚れを叩く。
(『危険人物一覧』の中でも最も悪名高い『正義狂い』……ッ!
魔族半人の民間人ごと殺す『虐殺正義』の)
「よく分からないであります。ですが何にしても、人類の敵。
『悪』であることは間違いないのであります。そして」
(ティス・J・オールスター……ッ!)
白いマントを靡かせ──『正義』と刻まれた鉄槌を構えた。
何もかも焼き尽くすような、うねり燃える炎の目で、ティスは目の前の半人を見る。
「全ての悪に、正義の鉄槌を」




