【15】貴方は何しにサーカスに!?【13】
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国立中央サーカス団。
国内最大のサーカス団であり、曲芸のレベルも最高峰の評価を得ている。
10年もの間、ほとんど世俗と関わらないような生き方をしてきた俺ですら知ってるんだから、有名なサーカス団であることが分かる。
このサーカス団の歴史は古く四半世紀も前から活躍しているそうだ。
特徴的なのは『建物ごと移動する』サーカス団だということ。そして、サーカス団の建物はとても多く総てを建築し切れば『小さな村』みたいになるということ。
ルキが前に使って見せた収納魔法。あれの応用魔法を駆使しているんだろう。
ともかく、彼らは各地を旅しながら曲芸を披露している。
戦後は国外での公演が主流になっているらしい。前に行った『芸術の町』は良く公演に使われているそうだ。
そんな『サーカス村』の裏手側、俺は馬車の前で振り返り──一番大きな建物を見つめている。
樽に詰めたハルルは所定の場所に置いてきた。
待たせた馬の頬を撫で、荷車に乗り込む。
後は、サーカスの周辺で張り込む予定だ。
それは、中で何か異変があればすぐに中に突入する為に、だ。
何か起これば、その場に何が居ようが、何があろうが、排除する。
そして、最優先でハルルを救出する。
……ああ。うん。
『信頼しているから──任せるんだ。』とは言ったが。
心配は心配だ。当たり前だろ、心配にならない訳が無い。
確かに、ハルルが敵におめおめとやられる訳が無い。
旧魔族幹部クラスの敵と戦って生き残りることは出来たんだ。
……でも、ついて行けるならついて行きたかった。
潜入を一緒には出来ないのは分かっているんだ。
だけど、それでも。ハルルを、俺の手の届かない所に送るってのは……キツイものがある。
なんて、ハルルの前で言ったら、ハルルを信頼していないみたいで言えなかったし考えないようにしたけど。
それとこれとは別問題で……はぁ。俺は乙女かっ。
ともかく──今出来るのは、待つこと。
ルキは交易都市に戻っている。大港都市の方が近いが、交易都市で起きた事件だから対処が早いとのことで、犯人とヤオを連れて行った。
ルキが戻ってくるのは、朝になるだろう。それまでは、とにかく見張っておこう。
些細な変化も見逃さずに──何があっても──。
馬車が揺れた。なんだ。何が──。
「こんな夜分に! 貴方は何しにサーカスに!?」
「うぉぉお!?」
窓。べったりと顔を押し当てた初老の男性がそこには居た。
雫型飛空師用サングラスを掛けて、上から下まで真っ白な燕尾服に、白い紳士帽子。
派手過ぎる──サーカスの関係者か。
しまった。早く見つかりすぎた。
扉を開ける。
「えっと。すみません。ジロジロ見ていたつもりではなく」
何から話すべきか。勇者の身分を明かして捜査依頼……いや、駄目だ。こいつが犯人と繋がっていたら取り逃すことになる。
ここはひとまず相手の出方を伺うのが一番か。
「大丈夫大丈夫。貴方の考えてることなんて、吾輩には手に取る様に分かるよ!」
金の装飾が施された白い杖が俺の鼻先に向けられた。
棒を振り回すな、危ないな。
顔を少し逸らして避ける。
「……そう、なんですか?」
「ああ、吾輩には分かる! その『目』でピンッと来たよ。その身のこなし、その立ち居振る舞い、その顔立ち!」
──敵か? 一人、なら。ここで組み伏してしまった方がいいか。
左手の薬指と小指の間がパチッと火花が散った時、初老の男はにぃっと口を笑ませた。
「分かっているよ。貴方は、吾輩を待っていたんだねぇえ!」
……ん?
「あんなに真剣な目でサーカスを見つめるなんて……なるほど」
初老の男性がニィと笑い、
「貴方は入団希望だねぇ!!」
「はい?? いや、俺は」
「大丈夫、言わなくても分かる!! 今日の昼の入団試験だろう!?
うちの副団長に思う所があって今回の新規加入は無し……面接も行わないことになった。
集まってくれた50名、本当に残念だった……!」
えっと。何の話でしょうか?? いや、まぁ察しは付くけど。
俺、入団試験に落ちた人と勘違いされてる?
「でもね、吾輩は貴方に興味を持った!!
吾輩をこんな時間まで待っていたんだろう!? 夜には帰ると伝えていたからね!
団長である吾輩に直接会って、取り入ろう!
そう考える打算的な部分! 逆に素晴らしい!」
勝手に話が盛り上がってるなぁ、この方。
……え、今。
「団長、って? おま──貴方が、団長なんですか?」
「いかにも!! そうだね、顔は知られてないかもねぇ!
そう、吾輩はティバー・ラーナム! ここの団長さ!
ラーナムおじさんでも、ラーナム団長でも、好きに呼んでくれ!」
「団長……まじ、ですか」
「大マジだよ? さて。貴方の【星の確率】は……」
初老の男性が、少し屈む。彼の目がまるで猫の目のように、暗闇で薄緑色に発光していた。
これは、魔法じゃない。術技?
「星3.5! 素晴らしい輝きだ! 貴方はスター性がたっぷりだね!!」
──スター性? 星3.5? どういう意味だ?
「いいね。最近の若い子はスターが高い! 星4.1に続いて3.5とは!
ああ、気にしないでくれ! 星は2以上ならもう高すぎるくらいなんだから!!」
「いや、話がつかめてないから大丈夫──いっ!?」
頬を無理矢理掴まれた。
「ちょっと失礼!」
「お、おい、なんだよ」
俺の頬をべたべた触ってくる。何なんだこの人。
ただ、敵意とかはない……気がする。ただの変な人か?
「いい肌だ! それに顔もいいね! 貴方の顔は綺麗だ!」
「え、そうか??」
「ああ! 貴方、化粧はしたことあるかな?」
「い、いやないけど」
「似合うと思うな! 貴方の肌は綺麗で化粧が乗りやすいよ!
ちょっとやってみないかい!?」
「い、いや、いいよ別に」
ちょっと照れるわ。
「貴方。是非とも一緒に出演しないかい?
貴方ならサーカスのスターになれる!」
「いや、別に俺は……」
いや。待てよ。
俺、今、かなり幸運なんじゃないか?
サーカスの内部に潜入するチャンスが、今目の前にある。
……内部に入ってしまえば、誘拐された子も、それにハルルとも合流できる可能性が高くなる。
そうだな。ルキとの連絡は後で取ればいい。置手紙でもして、伝えればいいな。
しかし、俺、サーカスなんて出来るか?
そうだよな。いきなり、火の輪くぐりとか、空中ブランコなんて出来ないし。
ここは丁重に断ろう。
「あの。お誘いは嬉しいのですが」
──瞬間、団長さんがクラっと前のめりに倒れた。
俺は慌てて支える。
「ちょ、大丈夫ですか?」
「ああ、すまない。吾輩、ちょっと足が……」
「え、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ! ただ薬が吾輩の部屋にしかないんだ……。
すまないが、部屋まで付き添ってくれないか?」
「え、ああ。いい、ですけど」
「貴方はなんて優しいんだ……ありがとう。名前を聞いてもいいかな?」
「ジン。です」
「ジンか。すまない、今のご時世、名前で呼ぶと色々言われてねぇ。苗字の方は?」
「ああ、アルフィオンです。ジン・アルフィオン」
「そうか。アルフィオンくん。ありがとう……じゃぁ、その中央通りをまっすぐに──」
──にぃっ、と団長が小さく悪魔のように笑った気がした。




