【04】崩笑、叫笑、鳴り止まず【05-1】
勇者階級には一級より上がある。
A級。
勇者の中でも、特に秀でた熟練者に与えられる階級だ。
A級以上は、国としても重要な戦力だ。
A級五人もいれば、竜種も駆逐できる。
また、A級より上もある。AA級、AAA級。そして、実質の頂点であるS級と続く。
SS級はあるにはあるが、この国には四名だけだ。
もはや伝説級の働きをしたものだけに与えられている階級だ。
そのうちの一人は魔王討伐隊の元メンバーでもある。
A級。
上には上があるとはいえ、その階級まで辿り着く人間は一握りだ。
西方レンヴァータ地区。黒大樹の森の中。
夜の森の中に、彼らの姿はあった。
彼らは、五人組のA級勇者の集団だ。
先を行く一人が合図を出した。彼らは音を立てずに、頷いて、先を行く男の後に続く。
走る時、同じ歩幅で走る。
そして、前を行く仲間が作った足跡の上から、同じように足跡を乗せる。
もし、背後から敵が来たなら、一人で行動していると勘違いさせられる。
だが、その敵が、熟練者であれば、重なった足跡だと看破できるだろう。
そして、看破したならば分かるはずだ。
『俺たちは、足跡を重ねて不整地の森を走れる高い技術を持った熟練者の集団だ。だから喧嘩売ってくれるなよ』、という威嚇のメッセージにもなる。
そんな彼ら五人は、森の中を急ぎ走る。
それは、国より、あるクエストを受けたからだ。
『急ぎ、レンヴァータの森を探れ。人類種の敵となる存在が現れた可能性がある』
レンヴァータ地区の湖畔の町が、壊滅した。
それは、山賊たちによるものだ、と多くの人間は考えている。
だが、実際はよくわからない。その調査は遅々として進んでいないのだ。
何故、調査が進まない? 奇妙だと感じた人間がいた。
それが、王国参謀本部、専務だ。
この国の俊才の一人である専務は、僅かに違和感を覚えたのだ。
調査に赴いた勇者たち約十名が消息不明。
勇者たちが戦闘で死亡し、消息不明になるというのは稀にある。
それ故、ギルド本部に増援依頼が掛かっている。
と、現状を聞いた専務は呟いた。
『十名全員、消息不明になることなど、あるだろうか?』
勇者は、二名~五名のパーティーを組むのが昨今の主流だ。
それ以上はグループと呼び、未開の土地を探索するなどの時に組まれる。
そう。今回は、少なくとも二回以上の勇者たちが調査をし、失敗している。
そして、全員とも死亡している可能性が高い。
ここで、考えられる可能性は、大きく分けて三つ。
一つ。山賊の勢力が大きくなり、強大な力をつけている可能性。
一つ。水面下で動いている魔族の反政府組織が関与している可能性。
そして、最後に、そのどれでもない存在がいる可能性。
参謀専務は直感的に感じていた。
『山賊でも反政府組織でもない存在』が居て、強大な力をつける前触れなのではないか、と。
そして、彼ら、五名に依頼を出した。
元軍属。騎士団に所属していた現A級勇者たち。
魔王戦争時、勇者たちの影に隠れてしまってはいたが、彼らは砦の死守も行い、多くの戦場を生き残ってきた猛者である。
そんな彼らだからこそ。
嫌な感覚を肌で感じ取っていた。
夜鳥たちの声もなく、静か過ぎだ。そして、生き物の気配が無さ過ぎる。
全部死んでいる、という意味ではない。動物たちが、昼のうちに逃げているということだ。
何故? 簡単だ。本能が、危険だと判断したからだ。
そして、全員が一斉に立ち止まった。
腰にあるナイフ形の『術技簡略装置』を抜く。
木々の切れ間から、決して音を立てず、その先を見た。
五人ともが、固唾を呑む。異様な光景がそこにはあった。
少女が、踊っていた。素足で。そして、殆ど裸のような姿で。
ぴったりと張り付く黒いタイツに、黒い毛皮をマントのように羽織って。
まだ膨らみかけの胸も露わに、美しくも妖しい姿で、少女は体を縦横無尽に捻る。
片脚立ちで二回転──ピルエット──、足元の花を踏み拉き、花弁を蹴り上げ、両脚で飛び、片脚で立つのを繰り替えす──シソンヌ──。
そして、片脚で立ち、片手を前へ、もう片手を後ろへ、足をまっすぐに延ばす──アラベスク──。
それは、舞曲だ。
美しい。そう感じたのと同時に、歴戦の勇士である彼らは、全員が直感した。
この少女は──殺すべきだ。
この少女は、血の匂いが染みている。
何かしらの殺しに関与している。
山賊のリーダーか。それか、何かしらの特殊術技ユーザーか。
行くぞ。と合図を出した瞬間。
声も上げずに、二人の男の首が宙に跳んだ。
「くっ!?」
背後を取られた。そんなわけがない。ずっと警戒していたのに、どうやって。
瞬間的に考えた直後、彼は──いや、生き残った三名全員が、背中に張り付くような冷たい汗を掻いた。
そして、三名ともが、自分たちが失態を犯したことに気付く。
あの少女から目を離したという事実を。
そして、今、振り返らなくても分かる。
少女が自分の真後ろで、微笑んでいることが。




