【15】ほんとに強いよ、お前は【12】
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ハルルは、一本の槍のように真っ直ぐな奴だ。
芯があるっていうんだろうな。
我が強いともいえるけどな。
そんなハルルは、時々だけど、とんでもない選択肢を選ぶことが出来る。
真っ直ぐだからこそなのかもしれない。
ハルルは……今、一番すべきことを選択できる。
その時に生ずる『莫大な代償にすら』怖気づかず、躊躇なく。
出会った時も、メーダを地竜の攻撃から身を挺して守り。
川に捨て身で飛び込んで人を助けて、蛇竜戦では己の左腕を犠牲にしてまで戦った。
パバトとの戦いでは実力差があったから仕方ないとはいえ、最早命すら危険にさらす自爆特攻に近い戦闘も行った。
「……師匠。……怒ってます?」
「怒る? 怒ってないぞ?」
俺は、馬車を操り、進んでいる。
荷台には、ハルル。両腕を一応、形だけ縛った姿で横になっている。
どうしてハルルが縛られていて、俺が馬車を動かしてるかって?
それが、ハルルの立案した作戦だからだ。
ルキはいない。先ほど捕まえた誘拐犯とヤオを連れて交易都市に戻っている。
──ヤオを誘拐した犯人は『雇われた実行犯』だった。
そして、捕らえた実行犯から引き出せるだけの情報を引き出し──この誘拐は組織的な物だと判明した。
情報を吐けば罪を軽減すると言ったら、実行犯はペラペラと総てを喋った。
自分の他にも誘拐を行っている実行犯がいること。
目的地はこの先にある『移動サーカス』だということ。
『誘拐した少女』を樽に詰めて、『サーカス』の裏手に置く。
そうすると明日、入荷品たちに紛れて納品されるらしい。
その先のことは何も知らないようだった。
サーカスは無自覚な運び人となっていたようだ。
もちろん、内部に協力者か、黒幕がいるのは間違いないが……ほぼ九割以上の人間が一般人であろう。
逆に、そうじゃないと意味がない。『身を守る盾』としての意味が。
やはり、この犯罪を指揮する人間は大胆だが用心深い。
……前と同じ犯罪のクセだ。
何かに隠れて行う犯罪──今回も、『サーカス』を隠れ蓑に使っている。
「……あの、師匠。やっぱり──」
「だーから。別に。怒ってないだろ。というか、どうして俺が怒るんだ?」
「それは、その……私が無茶な作戦、立てちゃったから、……ッス」
ハルルが気まずそうな声を上げる。
俺は、空を見上げてため息を吐く。
「あのなぁ。そりゃ、この作戦を立てたのがお前じゃなかったら思う所はもう少しあった……。
作戦自体はかなりいいと思うぞ。寧ろ、この事件全ての終止符を打つ為には最善だろう。
──お前をヤオの代わりに、誘拐されたことにして、引き渡す。
誘拐されたヤツらに紛れ込み、隙を見て全員助ける。
なるほど、いい作戦だよ」
ハルルは、犯人から情報を洗いざらい聞き出し終わってから、言ったのだ。
『師匠、ヤオちゃんの代わりに私が誘拐されるのどうッスか!』
『この人の話が本当なら、多分、もっと被害者がいると思うんス。
だから、このまま馬車を進めて、私を犯人グループに引き渡すんス!』
『待て待て! なんでそうなる。それなら俺らが総突撃した方がいいだろ!』
『でもそれで解決できるッスか? その場所以外にも誘拐された子が居たら?
そもそも、本当に顔を出していない本当の黒幕がいるなら、その首元まで近づけるッスよ!』
ハルルの指摘は、的確だった。的を射ていた。
内部に潜り込めれば、黒幕と接点を作れる可能性は上がる。
ルキも止めきれなかった。俺だって、止められないだろう。
「すみません、ッス……」
「本当に怒ってないぞ? ハルルになら任せられる作戦だろ。
今の実力なら中々の敵以外、戦闘で組み伏せられるだろ。それにルキから貰った位置を知らせる鍵もある。
何かあったらすぐにルキは転移魔法で駆け付けられる」
俺の言葉の後──会話が無くなった。
二人でいる時、会話が無くなる時はあったが──今みたいに辛い空気ではない。
今は、お互いが何も言えない。というだけの時間。
目的の『サーカス』が近い。大きな丸みの掛かった屋根が見えてきた。
「じゃぁどうして師匠は、何というか。妙な空気なんスか?」
「妙なって」
「なんというか……冷たいというか」
冷たくしたつもりは無いんだがな……。
まぁ。そうだな。
「ちょっと分からなくてさ」
「? 何がッスか?」
「……ハルル。どうして、そんな身を挺してまで、誰かを助けようって思うんだ?
……命の危険だって、あるんだぞ」
──樽で運ばれた先で、いきなり毒を掛けられて死ぬかもしれない。
──魔法で昏睡させられた後、解体されるかもしれない。
──もしかすると、人身売買の被害に遭うかもしれない。いや、もっと酷い目にだって。
「『最も辛くて厳しく、誰もがやりたがらないことを、笑顔を浮かべて真っ先に行う。それが勇者だ』」
ハルルの言葉に、俺はハッとし──唇を噛んだ。
「よく、覚えてるな。一言一句違わずになんて。流石、勇者熱狂者だな」
「えへへ。そうッス。師匠の言葉ッス。自分の、勇者のあるべき姿ッス!」
「……ただ、そうか。その言葉があるから」
「いえいえ。それだけじゃないッス」
「?」
「師匠。師匠は覚えてないかもしれないッスけど。
……10年前。出会った時、私を助けてくれたんスよ」
ハルルが笑っているのが、振り返らなくても分かる。
──それと、そのエピソードは覚えている。
ハルルが山で迷子になり、崖から落ちそうになった。その時、俺はハルルを抱きしめて落ちた。
ハルルには怪我が無かった。それが。
「師匠が、身を挺して守ってくれたおかげで、こんな強い子になったんス!」
「……ったく……。はぁ。分かったよ。ほんとに強いよ、お前は」
「えへ、えへへ」
「ハルル。出会った頃よりさらに強くなったな。戦闘、精神も強くなった。あ、いや、精神面は昔からか。
きっと誘拐された他の子の支えにもなるだろう。それに何かあっても俺もルキも近くに居る。お前の力を信頼しているんだよ」
「えへへ」
「だけどな」「はいッス?」
「……心配の一つくらいは、してる、ってだけだ」
俺が言うと──がたんっと音がした。
どうした!? と振り返ると──ハルルの大きな目があった。
綺麗な翠色の目があった。顔が近かった。馬の手綱がブレる。危ねぇ、と慌てて前を向く。
「……えへへ。ありがとうございます、師匠。
絶対に、無事に出てくるんで、安心してくださいッス」
俺は横目でハルルを見る。
天真爛漫であり、力強い安心感のある微笑み。
「……その言い方、マジで死亡徴候だから取り下げな??」
少なくとも無事に出てこれないフラグだから、止めてくれな??
「ええ、ではなんと言えば」
「おいおい。簡単だよ」
「はい?」
「行ってきます、でいいんだよ」
俺がカラッと笑って見せる。ハルルは、そうでしたッス、と笑った。
「じゃぁ、行ってきますッス!」
「おう。任せた」
さっきも発言したが、心配がないなんて言えば嘘になる。
だけど、信頼しているから──任せるんだ。
ハルル潜入開始だ。




