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【15】全部! 全部、空けておくッス!!【10】


 ◆ ◆ ◆



「ハルル。お前、最初に会った時さ、俺が作った目玉焼きで超喜んでたよな?」



「今でも最高に喜ぶッスよ! それが何かあったッスか??」

「……いや、俺はついてっきりさ。

目玉焼きで喜ぶんだからお前の料理の腕、大したことないんだって思ってたんだよ」


「いやいや、大したことないッスよ? 自分、姉妹の中でも料理は下手な方なので」

「……下手。これで、下手?」


 程よく照りの入った煮付けの魚。

 肉が崩れる寸前まで丁寧に煮込まれたほろほろの鶏肉。

 そして蒸されて鮮やかな彩りになった野菜たち。


「まるで旅館の料理だな」

「えへへ。一応、宿屋の娘ッスからね! 一通りの料理は仕込まれたッス!」

 そういやそうだったな。


 そう。先日、発覚したのだ。ハルルが料理上手であるということが。


「……だから食べやすいのか? ものすごく、こう、丁度いい味付けだ」


 香りが優しい。こう……ちょっと懐かしい気持ちになれる料理っていうんだろうか。

 食レポ出来る程の語彙力は無いのが悔やまれる。

 甘いし、塩気もあるし、まぁともかく、マジで美味い。


「えへへ。丁度いい味付けだったらよかったッス。師匠に合わせて作ったんで」

「合わせて?」


「はいッス! 今日は暑かったッスからね。

そんな中、師匠は夜まで動きっぱなしみたいだったので、気持ち塩気を多くしてあるんス!」

 お客さんの状態を見て料理を出すのが宿屋の基本なので! と鼻を鳴らしてハルルは微笑んだ。

「凄ぇな。そんな所まで考えて料理するなんて」

「えへへ。まぁ、お母さんの受け売りなんスけどね」

「ん。そうなのか?」

「はい! お母さんの料理は相手が喜ぶ物を出すというのがモットーだと言ってましたッス!  勇者の師匠は師匠ッスけど、料理の師匠はお母さんッスね!」

 師匠というワードの多さよ。


「いいお母さんだな。羨ましいよ」

 微笑んでそう言うと──しまった、俺の失言だったか。

 ハルルの顔が曇ってしまった。


 深い考えがあった台詞じゃなかったのだがな──俺には実の親はいない。


 ライヴェルグの時代から公言もしているから、勇者愛好家(ライヴェルグ・ヲタク)のハルルは当然知っていたのだろう。


「あ、その。師匠──」

「俺には親代わりの人がいてな」

「え? そ、そうなんッスか」


「ああ。公言していないがな。俺の剣の師匠だ。

天裂流ってやつのさ。師匠は、そりゃぁまぁ、飯作りが下手な人でな。

肉は赤身が少しでもあるのが嫌で、完全に焼けないと食わない人だったんだ」


「それは少し分かるかもッス。自分も生焼け肉はちょっと苦手ッスね」

「女性は多いのかもな。だとしても、完全に表面が炭化するまで焼かれた肉で歯が折れたことがあってだな」

「えええ!? 肉で歯が折れることあるんスか!?」

「あるよ。奥歯が粉砕された」

 戦闘訓練で顎に拳を受けた後だったからかもしれないが、肉を食って歯が割れたのは衝撃の思い出だ。


「まぁ。だから、料理上手なお母様が羨ましいなと思っただけだよ」

 笑って言うと──ハルルは口を少し尖らせていた。

 どういう顔だそれは。


「むぅ。なんか上手いこと謝らなくていい流れにされてしまったッス」

「そうだな。俺はお前に変な気を遣われて謝られるより……そうだな、寧ろ聞きたいな」

「え? 何をッスか?」


「家族の話。お前の家族はどういう家族なのか、聞きたいって思っただけだよ」


「えへへ。師匠は……ほんとに」

 ハルルは頬を少し赤くしてから俺を見て──優しく微笑んだ。


「なんだよ」

「なんでもないッスよー! えへへー。じゃぁ、家族の話するッスよー!

お父さんが滅茶苦茶優しいんッス! 

いつも物腰も柔らかくて、それでいてしっかりと筋が通ってる人なんス! 

尊敬するお父さんッス!」


「それは会ってみたいな」

「はい、是非……えへへ。会って貰いたい、ッス」

「そうだな。会ったら」「なんか挨拶みたい、ッスね」


「……そう、だな。みたい、だな」


 少し沈黙が流れた。

 お互い、少し目線を逸らしながら、食事をしていた。


「……挨拶になったらいいのに、ッス」


「え?」

「え、えへへ。なんでもないッスよ! そ、そうだ。それとお姉ちゃんが上に三人いるッス!」

「さ、三人もいるのか」

「はいッス! 滅茶苦茶怖いんスけどね! 滅茶苦茶好きッス!」

「怖いけど好きなのか」

「そうッスよー!」「姉妹って不思議だな」


 ハルルの家族は、きっと良い家族なんだろう。

 活き活きとしたハルルを見ていれば分かる。大切に育てられたんだろう。


 食事も終わり、食器を洗う最中──そういえば、と俺は言葉を出した。


「来週、開けておけるか?」

「え、来週ッスか」

「ああ。その……前話してた、お祭り。来週にあるからさ」


 終戦記念祭は、最大のお祭りだ。

 終戦記念日を起点にして、およそその前後一ヶ月に様々なお祭りが各地で催される。

 交易都市は再来週から始まり、終戦記念日が締めになるような期間で行われる。


 魔王の復活と討伐。世界の危機。誘拐事件に暗殺者に死体の謎。

 多くの事件が飛び交っている中、不謹慎と揶揄されるのも承知で言う。


 俺にとっては、このお祭りも、同じくらい重要な事件なのだ。


 改めて言う。

 俺は──この祭りで、ハルルに。

 真剣に。伝える、予定なのだ。



 だから。お祭りも、俺にとっては重要な事件だ。



「……ら、来週ッスね! そ、その。全部! 全部、空けておくッス!!」

「全部はやりすぎだ。その日取りを決めるから。三日、くらい」

「え、ちょっと遠出なんスか?」

「まぁ、ちょっとな。その。場所は──」


 と、部屋がノックされた。


 ……おい。こんな遅くに、ノックって。誰だ。

 というか、ノックやベルには嫌な思いでしかない……。

 次はベルが『ジジジジ』とセミのように鳴いた。


「あ、出るッスよ」「いや、俺が出る。夜分だしな」

 手に付いた泡をサッと流し、手を服で拭き扉を開ける。


 ──女性だ。

 ギルドの受付嬢で、名前はピーカさん。よくお世話になる人だ。

 そんな人が、少し血相を変えて、肩で息をしていた。焦っているようだ。


「どうしましたピーカさん」

「ヤオ、ちゃん、……見てない?」


「え? ヤオ? 下にいませんか?」

「いないの。昼に来て荷物を預けたっきりで……!」


「まさか」

「誘拐、されたんじゃないかって、ギルドで今少し騒ぎになってて!」


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