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【15】雷と炎【08】


 ◆ ◆ ◆


 ライヴェルグ。

 魔王討伐の勇者にして、最強の勇者と言われた男。

 常に獅子の兜を被り、彼の本当の顔は仲間たち以外には殆ど知られていない。

 仲間たちですら、彼の顔を見るのは食事と風呂の時くらいだろうか。


 そんな最強の勇者は、生まれた瞬間から最強だった──という訳ではない。


 ライヴェルグは旅の途中で成長した。

 確かに《雷の翼》結成当初の売り出し文句は『最強の勇者』ではあったが、旅の後期(おわりごろ)を比べれば……旅の初期(そのころ)はまだ最強とは言えないが『高次元の強さ』を持っていた。


 高次元の強さ──それは異彩。


 黄金の獅子の全覆兜(フルフェイス)を被った彼、ライヴェルグは自分の背丈ほどの大剣を振るう。

 まるで木の枝でも振り回すような軽やかさで、迫りくる魔物を薙ぎ払っていく。


 一騎当千。

 誰が見てもライヴェルグの戦いは、まさに一騎で千騎の価値があり、一騎で千を討てるほどだ。


 故に、一人で最前線の最も敵の攻撃が集中する箇所を守り切った。


「流石、魔王討伐隊の隊長……一人で兵士何百人分の働きもするな」

「ああ。あの人一人に任せておけば大丈夫だ」


 兵士たちはライヴェルグを敬礼で迎える。

 丘の上にある砦の防衛戦は、始まってからもう二日経っていた。

 連日、西方の深い森から、魔物と魔族が大量に押し寄せてくる。

 中にいる兵士たちと協力しながら砦で奮戦しているのだが──


「ボクはもう協力するのを止めたいんだが」

 星降る夜のような鮮やかな紺の髪を撫でる賢者ルキ。彼女は冷ややかな目で詰所に戻る兵士たちを見る。

「あの大群を相手にしながら、兵士を守るのはキツイ」

「……同一。右に同じく。この砦の兵士たちは俺たちを囮として扱っている」

顔に入れ墨を入れた銃士の男、ドゥールは腕を組んで帽子を目深に被った。

「それに……何が勇者なら一人で戦えるだ。ボクらは見世物か何かなのか?」

「まー、兵士の方々が負傷してるって言うから仕方ないんじゃないか?」

 緑色の髪の女性、サシャラが困ったように笑う。

 本当に負傷しているのかどうかは怪しい、とルキは不満を募らせていた。


「なぁ、隊長殿。ボクらで本陣を強襲するんじゃダメだろうか」


 ルキがそう言うと、ライヴェルグの隣に座った男が咳払いをした。

 赤い髪の赤い鋭い目。ナズクルである。

「本陣の場所がまだ分からない。霧の森に上手く溶け込まれている」

 ナズクルが答えると、ルキが眉を動かした。

「でも先手を打つ方がいい。隊長もそう思うだろう?」

 ルキに訊ねられ、ライヴェルグは兜の下で苦い顔をした。


 ルキの言葉もよく分かる。

 敵の総数も分からないまま、増援も無いままに続ける防衛戦は正直に言えば精神的に辛いだろう。

 それに……。

「まだ怒っているのか」

 ナズクルの問い掛けに、ルキは激しく頷いた。

「怒っているさ! 兵士(あいつ)ら、何て言ったと思う!? 『冒険者如きの力は借りない』って言っていた癖に、結局『流石、一騎当千の勇者様方だ』なんて掌返して! で、裏では『勇者ごっこは帝都でやってくれ』って言ってるんだぜ。あんな奴らを助ける必要なんてないだろ!」

 ルキは砦の兵士と揉めて、だいぶお冠だ。


「私情を挟むな。任務を全うしろ」

 ナズクルは、やれやれと肩を竦めてからルキに言い放った。

「はん。残念だがボクは兵士じゃないんでね。任務を全う? 冗談じゃないね」


「まぁまぁ。このままじゃ砦落ちちゃうしさ、流石に助けてやるべきだろう?」

 サシャラが苦笑いを浮かべてルキを窘めた。

しかしドゥールも腕を組む。

「……不服。やはり、あれだけの扱い。ここの兵士の質は悪い。長居はしたくない」


 ──言うまでもなく、《雷の翼》に所属している勇者たちの個性が強い。

 当時は統率も連携も取れていなかった。


 隊長であるライヴェルグはまだ14歳。

 実力はあり、この場の誰もがその高い戦闘能力を認めている。

 だが、彼自身、誰かを纏め上げることなどしたことは無い。

 年上しかいない現状でどう立ち回るのが正解か、正直分かっていなかった。

 

 それでも必死にまとめようと、意見をすり合わせていく。


 折衷案を、妥協案を。

 相手の話を聞き、考え、取りまとめる。


 ルキを宥めつつ、ドゥールにも頭を下げて。


 だが、根本的な解決にはならないことを、ライヴェルグは重々理解していた。


 ──そして、事態は急変した。

 深夜零時を超えた頃、砦の方から花火のような爆音が響く。


 ライヴェルグたちの行動は早かった。

 奇襲を仕掛けられた砦に向かった──当時はまだ慣例的に冒険者を砦内に駐留させることはなかったので、それが運よく働いた。


 現場に到着した時──魔族に調教された鵺竜(キメラドニク)と獰猛な魔獣毒獅猿(ヴェノンガ)が砦を越える寸前。

 すぐに合流し、砦の外に沸いた魔獣を討伐するが──キリが無かった。


 地獄絵図。魔竜、魔獣の見本市。

 魔族の攻勢はたっぷりと三時間続いていた。

 一瞬も途切れることのない攻撃。

 見上げれば全方位の毒矢に火矢。

 外周からは火炎魔法。

 多くの兵士たちは焼かれ発狂していた。

 東西南北に一人ずつ配置した勇者(なかま)たちの現状もライヴェルグは分かっていなかったが ──全員がギリギリ。傷だらけになっていた。


 絵図ではなく地獄なのかもしれない。


 見て分かる程の主力完全投入。敵はこの夜襲で戦闘を終わらせに来ていた。


 逆転する一手は、一つしか浮かんでいなかった。


「ナズクル。俺は、本陣を襲撃する」

 一番攻勢が強い西方面にはライヴェルグとナズクルが居た。

「……待て、一人で──」

「ここは任せる」

「おい、待て! 一人だと」


 ライヴェルグは森の中に特攻する。


 黒い体毛を蓄えた猿の魔物は武器を扱う。

 人間の倍ほどの大きさであるから普通の兵士にとっては脅威でしかない。


 そんな猿の首を、一薙ぎで三つ刎ねる。


 剣に血と腑のぬめりが付く。

 普通の剣ならこれで使い物にならないが──聖剣(それ)は特別だった。


 だが、それでも。


 血塗れの内臓を鼻と口に詰め込んだようだ。

 呼吸も出来ず、吐き気を催すような血の臭いに塗れ、ライヴェルグはそこにいた。

指揮官の本陣。


『数は力だ。なぁ、人間の剣士よ。我々は千の獣を操っている。対して、お前はどうだ?』


 霧の中。指揮官の背後。ライヴェルグの左右。

 現れた鵺竜(キメラドニク)の数に──ライヴェルグは荒くなった呼吸をどうにか落ち着けようとする。

 だが──


『英雄の如く貴様は強い。だが、どれほど強かろうが──貴様は、一人だ!!』


 一斉に向かって来た。その時に。



「一人ではない」



 炎の槍が一斉に竜の前に突き刺さり、足を止めさせた。

 真後ろ──振り返れば、傷だらけで血まみれのナズクルが居た。


「……ナズクル。悪い、来てく──」

「待てと言ったのが、聞こえなかったのか、ライ公……ッ」

「あ、え?」


 ナズクルはつかつかと近づいてきて──途中で割って入って来た猿の頭を拳でカチ割り──ライヴェルグの横っ腹に拳を入れる。


「がっ!?」


「……一人では無理でも、二人でなら無理ではない。数の力、いい言葉じゃないか」


『は、はは! 馬鹿か。千の魔物に対して、たかが二人! お前達は物量に押しつぶされて死ぬことに変わりはないだろう!』


 ナズクルが、ライヴェルグと背中を合わせる。


「やるぞ、ライ公」

「……ああ、ナズクル。やってやろう」


 ──圧倒的不利。絶望的状況。

 どの戦場も、そんな戦場ばかりだ。


 だけど、どんな死地でも。

 仲間が居た。背中を預けられる仲間が居て、乗り越えられた。


 ──明け方。

 二人ともボロボロ。

 お互いがお互いの肩を支えながら、二人三脚のように森から出てきた。

 今まさに森へ入ろうとしていた仲間たちの顔を見て、ナズクルは笑い──兜の下のライヴェルグも笑っていた。


 死線を越える度──《雷の翼》の仲間たちの絆は、深まっていた。


                 ◇ ◇ ◇


 ──……そう、馬車の中、目の前にいるのは。

 親友のナズクルだ。


「それと、騎士団しか持っていない崩魔術式の鎖も持っていた。どうしてだろうな」


 その親友に、俺は……ただ訊ねた。

 ナズクルは眉一つ動かさず、その真っ直ぐな目で、俺を見ていた。


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