【15】絶対はない【04】
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勇者ギルドには複数の役割がある。
勇者ギルドの前身となった冒険者ギルドから続く役割として、冒険者たちの『登録』と『依頼の管理』、『宿食事等』。
そして、国営ギルドに変わったことにより増えた警兵の役割である『逮捕』と『保護』である。
ギルドのすぐそば、または地下には犯罪者を収容する檻があったり、犯罪に巻き込まれた人間を守る為の保護施設があったりする。
ただ、保護施設はデカデカと看板を掲げていない。
それは勿論安全の為だ。犯罪に巻き込まれた人間を一時保護する場所がバレていたら、その人間の生命に危機が及ぶ可能性が高い。
その為、保護施設は一定期間ごとに場所が変わり、『賢者』たちの力によって高次元の隠蔽の魔法や最高の防御魔法等で守られている。
「賢者ルキ様も、あの守備魔法をお掛けになった一人なんですよね」
夕陽が窓から差し込むギルドの二階の廊下。
キラキラと微笑む彼女──受付嬢のピーカは車椅子を押しながら、そう話しかけた。
車椅子に乗っている夜色の長い髪を持つ華奢な女性──ルキはにこりと微笑んでみせた。
「そうだね。といっても、ボクは魔法防御の陣だけしか携わってないよ。隠匿や認証の魔法はボクも勉強になるくらいだった」
「魔法防御の陣って、あの巨大な防御魔法ですよね? すごいです! 私も魔法は勉強しているんですけど、あの複雑な防御式描けないですよ」
「ふふ。そうかな? ありがとう」
「そう言えば、さっき一緒に居たのはジンさんですか?」
「ん? ああ、そうだよ。でも、どうして彼の名前を知っているんだい?」
「あ、ギルド職員の間では有名なんですよ、便利屋のジンさん。
ここ三年、週一くらいでギルドに薬品を納品してもらっていて。
あと採取系クエストの滞貨をこっそり消化してもらったりしてたんです」
内緒ですよ。勇者じゃない人にクエストを流してたなんてバレたらクビなので。
と悪戯な笑顔を浮かべる受付嬢ピーカに、ルキは「そうか」と呟いてから口元を笑ませて、内心で不思議と誇らしく喜んでいた。
(不思議と少し嬉しいものだね。我らが隊長殿が褒められるのは)
「でもルキ様とジンさんってお知り合いなんですか? とても仲がよさそうで」
「まぁ、そうだね。昔から頼りにしている相手だね」
「わぁ。賢者様に頼られるって。やっぱりジンさんは敏腕な便利屋さんなんですね」
「ふふ。そうだね」
「ジンさん、最近はギルドに来てもすぐいなくなっちゃうので久々に顔を見た気持ちです。でも、お元気そうでよかったです」
「ふふ。最近は何かと忙しいようだよ」
「あ、やっぱり弟子ちゃんと一緒だからですかね」
「おや。ギルドでもハルルは弟子として認識されているんだね」
「あはは。そうですよ。ギルドで聞こえる会話の半分以上が『師匠』って言葉が入ってますので」
「ふふ。ハルルらしいね」
「でも、さっきジンさんを久しぶりに見ましたが……弟子ちゃんのお陰ですかね。
ジンさん、変わりましたね。明るくなった気がします」
「……そうだね」
少し目線をずらしてルキは微笑み、車椅子は止まった。
「では今日はこちらの部屋をお使いください。ちなみにこのギルドハウスの防御魔法も、保護施設のモノと同様です!
絶対に安全ですのでお寛ぎくださいね!」
──絶対に、という発言にルキは一瞬だけ反応した。
だが微笑みの内に打ち消す。
「ふふ。そんな敵地の真ん中じゃないんだから防御魔法の有無なんていいのに」
「いえいえ! 伝説の賢者様の御身に何かあってはなりませんからね!
昨日は一般部屋でしたので、本日は高級でご案内させて頂きました!」
扉が開き、ルキは中に入る。
内装は深い茶色で統一されている。磨かれたフローリングに、品があるベッド。
(おお、元老舗の宿だっただけはあるね。変に派手過ぎず、落ち着いていて、いいじゃないか)
「妙な気遣いをさせてしまったね。でもご厚意はありがたく受けさせていただく。ありがとうね」
「いえ! では、明日は朝ご飯をお持ちしますので!」
受付嬢ピーカさんはにっこり笑って立ち去った。
ルキは指を振り、体を浮かせる。
ベッドの上に大の字になって寝そべり、天井を見た。
間接照明の灯りが優しい。
不意に、先ほどの受付嬢の言葉を思い出していた。
「ジンは、明るくなったね」
(言葉の端に真意は宿る。そして、第三者から見た客観的事実が真実)
ルキは目を閉じる。
(先に……ふ。いや、なんでもないよ。今日は少し早めに寝てもいいか。明日、一度、自宅に戻って『自宅を』持ってこなければならないし)
ルキは体を伸ばす。そして大きなベッドの上で猫のように体を曲げて大きく欠伸をし──ん、と目を開く。
「……? なんだ?」
◆ ◆ ◆
絶対に安全──その守備体勢に対して、ギルド職員は気兼ねなくそう言っていた。
あの時、ルキは反応しなかったが、実際に魔法を布いた者なら誰でも知っている。
絶対はない。
どんなに堅牢な防御の城砦も『絶対に』陥落しないことはあり得ないのだから。
──時刻は夕方も過ぎた頃。ルキがベッドで大の字になった直後くらい。
規則正しい生活をしている人間は夕飯を食べ終わっている頃合いだろう。
同時に、秋口で、まだ日も長い為、人の往来もある。
この交易都市の市にも人通りはまばらだがあるし、労働者も外に出ている。
夕陽の橙色で装飾された大鐘楼に、巨大なギルドハウス。遠くには城のような建物もある。
窓の外に広がる巨大な建築物。およそ砂漠の中でしか生きない砂漠妖精人にとって驚きしかない人間の国。
興味津々で窓の外を見ている少女は、特徴的な長く尖った耳をぴこぴこと動かしていた。
長い灰色の髪。僅かに見える肌の色は褐色。特徴的な尖った耳。
砂漠妖精人。──エルフと言えば多くの勇者に伝わりやすいのだが、様々な歴史的背景から彼らの種族はアルヴと呼ぶ。
こつんこつんと、廊下を歩く足音が響く。アルヴの少女はパッと振り返り革椅子の後ろに隠れた。
扉が開くと、にっこり微笑む女性がいた。
見慣れた受付嬢の姿に、少女はほっとしたのかにっこり笑う。
先ほど、ルキの車椅子を押していた受付嬢だ。
その女性は、ゆっくり少女に近づいてくる。
「あれ、ピーカさん。どうしたんですか、この後は別の人がく──」
アルヴの少女が目を見開いた。
違う。
「だ、誰っ! だ、だれ──」
受付嬢ピーカの姿をしたその人物は、一瞬で少女の口を左手で塞ぐ。
その人物は一切の声を発さない。
だが、何かの魔法を使ったのだろう。少女の意識が少しずつ遠のいていく。
アルヴの少女の足が暴れなくなり──くたっと脱力した。




