【15】ちょっとした日々【03】
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友達は、いなかったと思うッス。
ずっと宿兼農家で、手伝いしてたッスから。
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交易都市に来たなら中央通りを少し西側に行けば、勇者ギルドが見えてくる。
老舗の宿屋を改装したギルドは三階建てとこの辺りの建物の中では一番大きい。
どこのギルドも同一に一階は酒場。慣れない者を排他するような少し薄汚く、繁雑とした裏路地感は拭いきれないが、これでも勇者ギルドとしては綺麗な方だ。
多くの勇者が昼間から酒を浴びる中、シラフなのに出来上がっている人間がそこにいた。
「くっそー!! やってられるかーっ!
やっぱり時代は低身長で白髪のくりくりな目の女の子だったんだなーっ! 羨ましいぞおおお!」
メーダ・モーリム。黒髪黒目の薄い顔の少女。真夏でも長い袖のフード付きローブ、所謂『魔法使いのローブ』を羽織っている。
金がないのに新調したローブは真夏に不適切な真っ黒で、理由を聞けば汚れてもそのまま着れるからというズボラっぷりである。
いつもはダルダルとしていて割と穏やかな性質の彼女だが、今日は生き生きと──いや、随分と気性を荒くしていた。
「ちょっと、メーダ、落ち着きなさいよ!」
それを諫めるのは長い金髪をストレートに下ろした少女ラブトル。
先日、ティスとの揉め事があってから、一つ結いを止めたようだ。
「これがー、落ち着いてられるかー!」
メーダは間延びした喋りで絶叫する。
「まぁ──確かに緊急事態よね」
その目が鋭く光る。
二人の視線の先──銀白色の髪の少女が照れ臭そうに顔を隠して机に突っ伏していた。
「ううっ……誘導尋問というか、言葉引き出させる技術が高すぎるッス……」
「ふはっはっはー、これが女子の共感性からの引き出させ会話技であるー!
夜嬢様たちが使うやつさー!」
「あんた行ったことないでしょ」
「ふはっはーでもも技の心得くらいはあるのさァ~!
会話のオウム返しから場を盛り上げー、口を円滑に動かさせるー!
持ち物を褒める~! おすすめを聞くー! はっはー!」
「勇者じゃなくてそういう仕事のが向いてそうね」
「ううっ……ここから一切喋らないッス。置き物と化すッス」
「いやいや、後学のために聞かせてよ、ハルルっちー。いや、間違えた──『ハルルぱいせん』」
「だね。ハルルちゃん。詳しく聞かせてもらえるかな」
「な、なにも」
「「ジンさんと寝ちゃったんだろう??」」
「いやぁ、大事件をハルルっちは投下してくれたねぇ」
「一線は守りそうな人だったけども、理性持たなかったかぁ」
「まぁ意外とハルルっちはあるからねぇー……」
「……ある? って?」
「純真風ぶるなぁああ! おらぁ! この私の二倍近くある脂肪分のことだオラァ!」
「ちょっ! あぅ!? 何揉んでるんスかっ!! オッサンッスかっ!!」
「2割でいいから分けて欲しいー……あーもー、何故、天は二物を与えたのかーっ……」
「実際、どうだったの?」
「え、ええ。実際って」
「ど、どどど、どうって?」
「いや、ほら。感想?」
「えっと、……硬かった、とか、そういう」
「「ほう」」
「ま、まぁ師匠は、その。鍛錬とかしてますしね」
「ほうほうほう」
「ほほうほうほう」
「筋肉質、な部分が多いッスから」
「海綿体もかー」「だね」
「??」
「でも、初めてだったみたいで。その、痛くさせてしまったりして」
「男が痛かったのか」「それは中々にハルルちゃん。中々に、中々だね」
「はい。肘の上に頭を乗せてしまったらしくて。それで、腕枕、上手く行かずに」
ハルルの言葉に、ラブトルとメーダが目を合わせる。
「……?」「ん? 流れ変わったな」
「え、何スか?」
「まさかとは思うけど……いえ。ハルルちゃん。寝るってどういう意味か、分かってる?」
「え? 睡眠? 横になる、ッスよね?」
「……っ! こんなベタな手に引っかかるとはっ」
「え?」
「ちょっとハルルちゃん。耳、貸してね」
◇ ◇ ◇
「こ……言葉の意味、ちゃんと知るようにするッス」
「そうね。そうしないと──」
「ハルルっちに弄ばれたぁあああ」
「──ああいう変なのに絡まれるから」
「そ、そうッスね」
「ま。でも、ちょっと安心した。一応健全な感じなのね」
「け、健全ッスよ! ま、まだ付き合ってもないですし」
「へぇ、まだ、ねぇ」
ラブトルがニヤリと笑い、ハルルが目を泳がせる。
「前話してくれたデートだよねえ? どこかの町の『終戦記念祭』に行くんでしょ?
あ、そういえば、あの時は話がうやむやになっちゃったけど」
──先日のティスの騒動の日。ハルルはラブトルにデートの話を打ち明けていた。ややあって話は途切れてしまったが。
「白髪はやりようがたくさんあるからね。是非、遊ばせてもらいたいわ。
もちろんデート用の服も一緒に選ぶけど」
「そういえば前回も髪の色の話してたッスけど、何で白だとやりようがあるんスか?」
「『髪染』を入れやすいのよ。青とか黄色とかは、白髪が抜群に綺麗に入る。
黒髪や他種色の髪色だと色が入り難いのよね」
「えぇ、染めないッスよ」
「えー! 勿体ないよ! 白だと何色でも行けるんだよ?」
「他の色で足すと混ざるんだよね~。金髪の人が赤く染めたら、『赤金髪』に。赤髪の人が黒く染めたら、『黒赤髪』にみたいなねぇ~」
「へぇそうなんスか。って、いやいや! 染めないッス!
髪の毛を染めると毛先から毒が入って死ぬと聞いたッス!」
「それは流石に迷信」
「時々ハルルっちは田舎娘だよなぁー」
「そうね。だから今から改造するんだけどね」
ラブトルとメーダは立ち上がる。ハルルはきょとんと顔を上げた。
「あれ、クエスト行くんじゃ」
「今日は違うわよ」「そーそー。最初から別件別件~」
「え?」
「ガチバトルも大切ですが」
「私ら的には割とリアルにハルルちゃんの恋愛成就を願ってるわけで~」
「ハルルちゃん乙女化計画よ!」
「まー、たまには普通に遊ぼうーって話だよー」
「そー、友達同士、遊ぼうってね」
「友達……」
「ん? どうしたのハルルちゃん」
「いえ、その。……私、今まで友達というものが居なかったので」
「ええ!?」
「あ、姉妹はいたんッスけどね。ただ、その。ずっと宿の手伝いとか農業とか旅とかしてましたし」
「旅?」
「え? 旅はしてないッスね」
「?? ハルルちゃんの謎ジョークかな?」
「だから……その。友達って言って貰えて。かなり嬉しくて」
その言葉に、ラブトルとメーダは素直に笑顔になっていた。
仕方ない奴だなあ! とメーダがハルルに襲い掛かり、髪をくしゃくしゃに撫でしだく。
「ちょっ、何するんスかぁあ」「スキンシップだよぉー」
「とりあえず動こうか。買い物なら中央街かな」「その前にスイーツだねー」
「まだ食うんスかー!」「お腹いっぱいの時に試着した方がさ、ウェスト周りが良い感じになる」「それは迷信……というか謎理論すぎない??」
その普通のやり取りに、ハルルは微笑んだ。
それから、ふと、振り返る。
何か忘れ物でもしたような──そんな気持ちで座席を見た。
空になった座席は、すぐに別のグループが座る。
まるで、穴の開いた地面に砂が入り込むように、自然な力で席は埋まっていた。




