【15】俺のことをお兄ちゃんと呼べ【02】
交易都市では最近、花の香りが強い異国の花茶が流行っているらしい。
そんな話をハルルが前にしていたなどと思い出しながら、大家のヤオが出してくれた花茶を俺は飲む──鼻を抜ける花っぽい香り。
おおー……爽やかな。爽やかで……なんていうのか。
女の子は好きそう、だろうか。
「素敵な香りのお茶だね。ありがとう、ヤオちゃん」
ルキは少し楽しそうに言う。ヤオもにこにこ笑っていた。
「お兄ちゃん、おかわりいります?」
「あー、いや、遠慮しておこう」
「ふふ、ジンは苦手のようだね」
「いや、別に苦手って訳じゃないけど、今は喉乾いてないだけで」
「お兄ちゃん分かり易いからですからね!」
ほっとけ。とは突っ込まない。一応『目上』であるからして、だな。
「しかし、十歳なのに大家なんだね」
「ありがとうです! もう四年くらいお兄ちゃんのお世話とここの管理してるんですー!」
「へぇ、そうなのかい! 凄いねぇ」
ルキが優しく微笑んでいた。
「そういえば、何故、お兄ちゃんと彼のことを呼ぶんだい?」
「え? うーん。お兄ちゃんが『俺のことをお兄ちゃんと呼べ』って」
ぶふっ。
「へぇ」 ルキさん、俺を見た。
「『お兄ちゃん』。ちょっと外で話そうか」
「ちょっと待てって! 誤解だ誤解っ! 『兄と思って良いぞ』的なことは言ったけどさ!」
「……何。『ははは、冗談だよ』で済まそうと思ってたんだが、ちょっと本当に案件か?
逆にガチっぽいな」
「違う違うっ! 説明するって!」
話すと少しばかり長くなるが……十年前、勇者の称号と名前を失った後、すぐにここに来た訳じゃない。
そこから一年ほど師匠の故郷の方にいた。
で、色々あって、ジンとしてこの住宅棟の一室に住むことになった訳だ。
当時の大家夫婦には何かと助けられた。
で、ここに住み始めた当時に、丁度ヤオが産まれたんだ。
親は忙しい人で、俺は暇な人だったから時折、面倒を見ていただけ。
3・4年前か?
ヤオの両親が居なくなってから、俺は本格的にヤオの面倒を見たり、逆にヤオに面倒を見て貰ったりしていた。
たまに、家に料理を持ってきてもらったり。
こっちが、掃除や男手がいることはやってあげたり。
ときどき、買い物に行ったりといった感じだ。
その頃だったか?
俺はヤオに『家族みたいに接してくれて構わない』と伝えた。
そしたら、『お兄ちゃん』などと呼ばれ始めた訳だ。
「いつも家に引きこもってて、時々仕事してる無職のお兄ちゃんだと思ってました!」
「まぁ、あながち間違いではないんだけどさ」
「ふむ、なるほど。……しかしヤオちゃんの両親が居なくなった、というのは。まさか」
ルキが腕を組んで目線を落とす。
「あ、いや、ルキ。違うぞ。重い話じゃない」
「何?」
「ヤオの両親は曲芸師なんだ」
「曲芸師?」
「ああ。サーカス団の方。昔は交易都市を中心に活動していたんだけど、今は国外興行中なんだ」
人魔戦争中、多くの娯楽は行えなかった。歴史上、禁止されていた時代もあるらしいが、先の戦争はそういう訳じゃない。
だが、『禁止なんてしなくても誰も娯楽を行えない』。それくらい戦渦が凄まじかったらしい。
……らしいというのは、俺たちは最前線。内地の様子は驚く程に分かっていなかったのが当時の現実だ。
ともかく、終戦後、多くの娯楽が復活し、中でも『曲芸』、『賭博』、『演劇』。この三つは一番目に付く。
後は『音楽』、『漫才』、『小説』や『絵本』なども増加傾向。いずれ娯楽は進化するだろうが、それの分析は俺の領分ではないな。
「……何、サーカス団、なのか」
うん? なんだ、ルキの反応が悪い気がした。
「サーカス団だけど、何かあったのか?」
「あ……いや。気にしないでくれ。しかし、そのサーカス団は国外興行をしているのか。
結構大きなサーカス団なんじゃないかい?」
「はい! 国立中央サーカスのメンバーなんです!」
「そ、それは本当にすごいね。国立中央サーカス。そうか」
? ルキは笑っているが、なんだか、作ったような笑顔だな。
「そうだな。国内有数の大サーカスだ」
「じゃあ興行が多いだろうな……。両親にあまり会えなくて寂しいんじゃないかい?」
ルキがそう尋ねると、ヤオは頷いてから、とても誇らしそうに胸を張って、にぃっと笑った。
「会えないですけど、世界中の人を笑顔にしてるって思ったら、全然平気です!」
「そうか。偉いな、ヤオちゃん」
ヤオはにこにこ笑った。
「それに、もうすぐ会えるもんな」
俺が言うと、ヤオはぴょんぴょん跳ねて見せた。
「はい! 楽しみです!」
「ん? もうすぐ会えるのかい?」
「ああ。毎年な」
「はい! 毎年、交易都市の終戦記念祭には来てくれるのです!」
ぴょんぴょん跳ねながらヤオは笑った。
◆ ◆ ◆
ヤオの家を後にし──俺の家へ戻る。まぁ、二階へ上がるだけですがね。
扉を閉めてから、ルキはベッドに腰掛けた。
「で、ルキ。……どうしたんだ?」
「え?」
「何か『用件』があって来たんだろ? いや、まず先に、さっきどうして『サーカス』って言葉に反応したのか聞く方がいいか?」
「……その二つはどっちも同じさ。『用件』と『サーカス』は、同じなんだよ」
「はぁ?」
「砂漠妖精人の少女の話によると、彼女はサーカス団に誘拐されたらしい」
「……な」
「そして、泥棒と、誘拐の手伝いをさせられていた、とのことだ」
ルキは一拍置いた。そして、少し困ったような笑みを浮かべて笑う。
「なぁ、ジン。道化芸に興味は無いかな?」




